この世界の人類史
『これは知っているかい?』
金髪の美形、フラテスさまは妖艶な笑みを浮かべながらわたしに問いかける。
それは甘い罠だと知っていても、その顔から目を逸らすことなどできるはずもない。
『「救いの神子」たちの肉体は、その時代の人間が神の手を借りて創り上げられたものらしい』
「へ……?」
今、なんと?
救いの神子たちの肉体が、誰かによって作られた?
『かつて、神が人間を創り上げたように、後に神子たちとなったその肉体は、人間たちと寸分違わぬものが出来上がったと聞いている』
「ず、随分、斬新な解釈ですね」
救いの神子たちは未来の異世界から召喚された説がひっくり返ってしまう。
そして、その考え方だと「神子文字」の存在や先ほどの「置換暦」だっけ? それの存在も、偶然ということになってしまうのではないか?
『少なくとも、人口衰退に気付いた当時の「光の大陸」の人間が、その知識を駆使して、女性の肉体を作ったという記録が残っているんだ』
「え?」
しかも、記録に残っている?
『だが、それはうまくいかなかった。肉体はできても、そこに魂を込めることはできなかったのだ』
よくある人造人間みたいな話だね。
造られた人間に魂がなく、作った人が様々な苦労をしたり、何かの弾みで偶然、心が宿ったりする話は小説や漫画でもたまに見る設定だ。
『それでも、諦めないのが知識人の厄介な所だ。魔力もあり、知識もあり、生まれも複雑だったその人間は、様々な手段をもってその肉体を動かそうとした結果……、天啓を受けたそうだ』
天啓……、神の教えってやつか。
その時点で嫌な予感がひしひしと!!
「神さまが降臨したと言うことでしょうか?」
『いや、夢の中で神に会ったらしい』
「…………」
そのフラテスさまの言葉に、わたしは、思わず黙ってしまった。
『その神は、銀色の長い髪に神秘的な雰囲気の銀色の瞳を持ち、少女にも少年にも見える不思議な容姿をしていたと記録されている』
「創造神さま!?」
その言葉だけで、あの本屋の上にあった彫像を思い出した。
しかし、銀髪に銀の瞳とな!?
それでは、着る服を暗い色にしないと、絵にした時、白すぎるなと、どこか明後日な方向に思考を飛ばしたくなる。
『さらにはその背に白い大きな翼とあるから、恐らくは間違いないな』
確定。
その光の大陸の頭の良い人の夢に出てきた神は、本物の創造神なのだろう。
だから、その人も天啓だとはっきり分かったのかもしれない。
『創造神は言った。「後、6体作れ」と。さらに、「そうすれば、それらの肉体に見合った強い魂を宿らせてやる」とも』
その言葉で衝撃を受けない人間がいるだろうか?
「そ、それで……?」
わたしはそれでも先を促す。
『神から天啓を受けたその人間は、全部で7体の人間の身体を作り上げた。それは人形のようであったが、眠っている人間のようでもあったそうだ』
なんだろう?
わたしはその事実を知らなかったはずなのに、何故か、その7体の少女たちを想像できてしまう気がした。
金色の髪と紅い瞳の平均的な少女。
黒い髪と黒い瞳の小柄な少女。
紅い髪に茶色の瞳の背の高い少女。
緑の髪に翡翠の瞳の胸の大きな少女。
水色の髪に黒い瞳の太……、いや、ぽっちゃりな少女。
焦げ茶色の髪に蒼い瞳の胸のな……、上半身が細く、下半身は普通の少女。
そして、銀髪に紫の瞳をした細身の少女。
そんな7人の少女たちの姿を幻視する。
何故、タイプを分けたのかと考えれば、作り手が全く同じものを作るだけで満足できるはずはないと理解できてしまう。
どうせなら、いろいろ種類を作りたいよね?
わたしがいろいろな絵を描きたくなるようなものだ。
だが、理解はしたくなかった!!
『その身体が完成して、間もなく、その肉体に魂が宿った。そして、神々の手によって、その肉体に魂が定着されるまで管理されたそうだ』
「そんな……」
それは命を弄んでいるわけではないと分かっている。
どちらかと言えば、人類を救済しようとする意思すら感じられるものだ。
それでも、どこか気持ちの悪さを覚える。
ウィルクス王子殿下が作ろうとした人工生命体とは考え方そのものが違うが、それとどこか似たような意識が見え隠れしているからだろうか?
『それから、数十年後。いつの間にか、人類は衰退期から、人口が増加していた。それは「救いの神子」と呼ばれる神の遣いたちによるものだと神官たちは声高に叫んでいたが、その人間だけは、知っていた。その肉体を作ったのは自分で、そこに魂を込めたのは創造神だと』
「その人は何も言わなかったのですか?」
自分の手柄を横取り、ではないけど、自分の成果が正しく認められないのだ。
知識を持つ人間が、それを我慢できただろうか?
『言えなかった……、が正しいだろうね。人類史の始めから、生殖行為以外の方法で、人間を作ることを試みること自体、禁止されている。つまり、その人間は人類を衰退から救うためと称して、禁を犯していたんだ』
「そういうことですか」
始めから悪いことをしていたなら、それをやっていたと言い出せないのは当然だ。
だが、そんな人に創造神は手を貸したと言うことになる。
それでも、罪は罪ということになるのかな?
『人間のルールと神の禁止事項は異なる。神に人間の法は通じないし、神の禁止事項を人間が知る機会もない』
「確かに」
しかも創造神だ。
ルールなんて、あって、ないようなものとなるだろう。
あの方、本当に我儘なんだから。
……。
…………。
………………。
ぬ?
我儘?
どちらかというと無気力だと聞いているけど、どうして、わたしはそう思ったのだろうか?
『だが、「救いの神子」たちの話についてはここまでにしておこうか』
「ふえ!?」
ここから、壮大な神話の世界へと話が飛ぶのではないの?
『昔の話をしてもつまらないからな』
あっさりとそんなことを言い切る美形の元王子殿下。
『それに、シオリはある程度、神々の話については知っている』
「でも、『救いの神子』たちについてはほとんど知りませんよ?」
知っているのは名前とちょっとした話だけ。
だから、わたしは先ほどのようなとんでもない話は、恭哉兄ちゃんから聞かされていない。
『「救いの神子」について話の続きをしたければ、グリスの方が詳しい』
「うぐっ!?」
ここでその名前が出ましたか。
グリス=ナトリア=イースターカクタス……、情報国家の現国王陛下の名前だ。
そして、そんな存在を呼び捨てることができるのは、この方が兄だったからと言うことに他ならない。
『グリスは昔から、古文書を見るのが好きだった。特に他者から隠されている歴史を掘り起こすことがね』
歴史の裏側を探すのが好きってことかな。
歴史は強者が作るものと言ったのは誰だったか。
時の権力者によって都合の悪いことは消され、書き換えられてしまうのもまた歴史の一部だ。
だが、その全てを完全に消すことは難しい。
多くの人間の目に触れてしまったことは、それらの口を封じようとしても綻びはできてしまうから。
そんな矛盾を探して突き止めることが好きなのだろう。
ちょっと意外だった。
『「救いの神子」の詳細は大聖堂がひた隠しにしている。神が関わったこととして偽ることはできないため、その時代の記録は全て大聖堂が厳重に管理しているはずだ』
わたしが知る「救いの神子」についての話は全て、恭哉兄ちゃんから話を聞いたものばかりだ。
日本語そっくりな「神子文字」の話さえ、現物を見たことはなかった。
確か機密だと言っていたのだ。
そして、雄也さんは見る機会があった。
法力国家の機密書庫にもその資料の一部が隠されていたらしいから。
大聖堂の厳重な管理とは一体……。
いろいろ思うところはあるものの、雄也さんはそれに触れる機会があったのだ。
もしかしたら、わたしが知らない「救いの神子」たちを知っているのかもしれない。
『ああ、でも、今代の大神官なら、「聖女の卵」であるシオリには見せてくれるかもしれないね。閲覧権限は大神官にしかないが、シオリは無関係でもないから』
でも、これまで恭哉兄ちゃんは、それ以上のことを言わなかった。
つまり、わたしはそれ以上知らない方が良いと判断したのだ。
これ以上、深入りさせないように。
「いいえ、そこまで大神官さまに我儘を押し通す気はありません」
わたしは「聖女の卵」であって、「聖女」ではない。
恭哉兄ちゃんは折に触れて、「これ以上は駄目です」と言う。
だから、わたしはそこの線引きはしっかりしておきたかった。
『それならば、グリスに聞くか? シオリになら嬉々として自分の成果を語り尽くすと思うぞ』
「遠慮しておきます」
明らかに揶揄うような笑みを寄こした美形の王さまに向かって、わたしは笑顔でそう答えたのだった。
この話を読んで、またも「ん? 」となった方。
ありがとうございます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




