この世界には、ないはずなのに
「フラテスさまの本当の目的はなんでしょうか?」
わざわざ過去の母や、九十九たちの母親のことを伝えてわたしの疲労感を増すためだけに、夢の中に現れたとは思っていない。
やはり、何か明確な目的があると思っている。
『何故、そう思う?』
にっこりと笑顔でそう返された。
やはり、この方は情報国家の人間だ。
相手に答えさせて、自分の口からは決して言わないという性質がそれっぽい。
「情報国家の人間が一方的に情報を押し付けるってことはないと思いまして」
これは、わたしが少なからず、情報国家の人間と関わっているからこそ、そう感じるものだ。
情報国家の国王陛下と……、雄也さん。
九十九はちょっと違う。
彼は、結構、わたしの質問には無条件で答えてくれるから。
『そうかい? 善意とは考えない?』
「考えません。情報には相応の対価が必要でしょう?」
これは割と雄也さんがよく口にすることだ。
情報に対して釣り合う対価を渡さないと、痛い目を見ると。
等価交換というやつだろう。
なんとなく、心がときめくような言葉である。
ただ、その価値は人によって異なるとも聞いている。
だから、状況や相手によって、見極めることが大事らしい。
『ここでシオリと話していること自体が、俺にとっては価値があるものなんだけどな』
ぐっ!?
流石は美形な元王子さま。
情報国家の国王陛下もそうだったけれど、女性を口説き慣れている感が凄い。
しかも、この顔が自分にとって好みだし、年代も情報国家の国王陛下よりも近しく感じるから余計に破壊力がある。
「それでは、わたしは何も考えずにここでただフラテスさまと話すだけでも問題ないと?」
『そうだね。問題ないよ』
やはり、簡単に本心を引き出せないか。
そして、思考を誘導されている感がある。
わたしとの会話も、この人にとっては情報なのだろう。
既に亡くなっているのに情報が必要なのかはよく分からない。
だが、ミヤドリードさんが言うには、亡くなった後でも、情報は更新されていくという話だった。
死して尚、生前の世界の情報を求めてしまうのは、情報国家の王族たちの性質なのだろうか?
「何の話をお望みですか?」
そうは言っても、わたしが知ることなんてそう多くない。
恐らくは、目の前にいる金髪の御仁の方が、いろいろと知っていることだろう。
それでも、良いと言うのなら、お付き合いしましょう。
美形と話すのは緊張するが、この方なら見慣れた系統の顔ではあるので、そこまで気を張る必要もない。
寧ろ、話しやすく思える。
『そうだね。シオリの趣味とか、好みとか?』
「…………」
『その顔。シオリは俺のこと、おっさんだと思っている?』
「いえ、それを知ってどうするのかと思っただけです」
わたしの趣味や好みを聞いたところで、「おっさん」だとは思わない。
何故、そんな発想になったのだろうか?
『単に興味だよ。シオリの行動は、見ていてもよく分からない部分が多いから』
わたしはそんなに小難しいことを考えて生きているわけではない。
いや、難しいことを考えている人たちにとっては、考えるよりも先に身体が動いてしまう人間のことが逆に分からないのかもしれない。
「そうですね。趣味は読書と絵を描くこと……ですかね」
わたしの趣味となると、昔から変わらない。
昔は、読書の中に漫画が多く含まれていただけだ。
『ユーヤと魔法で面白い勝負をやっていたけど、アレは人間界の遊びなのか?』
それは恐らく「ゆめの郷」での魔法勝負のことだと思う。
あの時、わたしと雄也さんがやったことは……、確かにこの世界の人たちには理解が及ばないかもしれない。
「ああ、アレは人間界のスポーツと言って……、えっと、なんて言えば良いんだろ? ルール化された娯楽? いや、運動?」
この世界にはスポーツと呼ばれる娯楽がないのだ。
それを説明するのはちょっと難しい。
『「baseball」とは違うもの?』
「ああ、それに近いです」
野球を知っているなら、話は早い。
でも、見たことがあるのかな?
この世界にはないはずなのに?
『最近、情報国家で流行り出したものの中に入っていた覚えがある』
「ふえっ!?」
野球が?
情報国家で!?
しかも、最近!?
『九人編成の二つのチームが、攻撃と守備を交替しながら得点を競い合う、白い球と長い棒を使ったもので間違いはない?』
「ありません!!」
ルールとか細かいのは違うかもしれないけど、その説明だけを聞くと、確かに野球っぽい。
人間界で野球を経験した雄也さんが知ったら喜……、いや、情報国家からだから、素直に喜べないか。
ああ、でも、この気持ちを分かち合いたい!!
『数年前から、人間界と呼ばれる世界の情報が流れ込んでいるせいか、あの国では、いろいろなものが作られているんだよ』
流石、情報国家だ。
得られた情報から、いろいろなことをやっているらしい。
『他には医療かな。この世界とは人体の構造にそこまで大差があるわけではないからね。薬を作ることはやはり難しいみたいだけど、応急処置や基本的な治療方法は取り入られ始めている』
「ふわっ!?」
それは、是非、九十九に伝えたいことだ。
薬師を目指す彼のやり方とはちょっと違うかもしれないけれど、それでも参考にはなるかもしれない。
『その人間界と呼ばれる場所が、チトセが産まれ育った世界ということで間違いない?』
「……はい」
なるほど、その情報が知りたかったのか。
『そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。それは本人からも聞いている。チトセは「置換暦」という暦を見て、動揺したからね』
「置換暦?」
暦って、カレンダーのことだよね?
見事に自動翻訳されている。
そして、あの母が動揺!?
『この世界と人間界は一年の長さがやや違うらしい。それは知っているかい?』
「はい」
この世界は、一月31日で十二カ月ある。
だから、一年は372日。
必然的に人間界の365日よりも一週間長くなるのだ。
閏年のような調整日はない。
さらに人間界……、日本と同じように十二カ月を四季で分けている。
尤も、これまでに行ったことがある大陸はそこまで四季に寒暖の差があるわけではないので、日本のような肌で感じるようなものではない。
それでも、九十九曰く、動物や植物には大きく変化があるらしいので、それらはわたしよりは敏感なのだろう。
『そのためというわけではないのだけど、人間界の暦とこの星の暦を合わせるために作られた暦が、「置換歴」。分かりやすく言えば、確か、新月宮12日が、人間界では一月一日だったはずだよ』
「なんで、その『置換歴』というものが作られたのですか?」
わたしたちのように人間界に行った者にとっては大変、助かるものだ。
具体的には、この世界では生誕の日と呼ばれ、人間界では誕生日と呼ばれる日付に迷いがなくなる。
だが、その世界を知らない人間にとっては、無駄なものでしかない。
そして、人間界はその存在を知る人間はいたけれど、少し前まで安全だと思われていなかったらしい。
だが、十数年前に情報国家が人間界は地域によって安全だと公表されてからは、そちらに向かう人間も増えたとは聞いている。
だから、ワカや恭哉兄ちゃん、楓夜兄ちゃんも好奇心や知識欲から人間界へ向かったのだ。
でも、この方と母の交流があったのは、それよりもちょっとだけ前。
そうなると、その「置換歴」というのはもっと昔から存在することになる。
これは一体……?
『「置換歴」が作られたのは、今よりもずっと昔。「救いの神子」と呼ばれた聖女たちがこの世界に降り立った頃だと聞いている。なんでも、「それがないと不都合」だったらしい』
「ああ……」
妙に納得できてしまった。
「救いの神子」と呼ばれた聖女たちは人間界の、それも、現代日本に近い場所から召喚された疑惑がある。
神子文字と呼ばれる言葉の表記が、現代日本の言葉にあまりにも似すぎているらしいのだ。
いや、そんな疑惑を持っているのは、「神子文字」を理解できてしまう恭哉兄ちゃんとわたし、そして、恐らくは雄也さんぐらいだろうけど。
『その礎となったものが、風の神子であり、知識の神子とも言われる「ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン」が作った暦だと言われている』
フラテスさまは悠然と、そんなことを口にしたのだった。
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