母との関係
「えっと、わたしをここに呼んだのはフラテスさまということでよろしいでしょうか?」
白い世界の中で、なんとなくわたしは正座をして、この金髪碧眼の美形な男性と向き合っていた。
金髪の美形、フラテスさまは勿論、正座はしていないけど。
これまで、多くの美形を見てきたが、この方はかなり完成度が高い。
いや、正しくは自分の好み顔だ。
流石、あの雄也さんと九十九の父親だけある。
これで、銀髪なら完全に、わたしの理想のキャラクターがここに爆誕したことだろう。
明るい金髪で良かった。
『呼んだと言うならそうかもしれないな。俺がまたシオリに会いたいと思ったのは事実だからね』
フラテスさまはそう微笑んだ。
見た目年齢、二十代前半。
年齢不詳が多すぎるこの世界であっても、これまでの話から多分、若いことは間違いないと確信している。
「どんな御用でしょうか?」
『特別な用事は何もないかな。単純に、今のシオリと話をしたかっただけだよ』
ぬ?
でも、これまで、わたしをこの世界に呼んだ人たちは、必ず、何か用があった気がする。
だけど、この美形な殿方は、特別な用はないとおっしゃった。
これは一体?
『俺が覚えているシオリは、小さかったからね』
「小さいって……」
『チトセが俺たちの前から去ったのは、ユーヤが3歳になる直前ぐらいだったかな。アイツにも散々、泣かれたよ』
泣く雄也さん。
想像ができない。
いや、3歳なら泣いてもおかしくはないのだけど。
「母との関係を伺ってもよろしいでしょうか?」
『友人だよ。残念ながらね』
残念ではないです。
寧ろ、ホッとしています。
これで、それ以外の関係があっても困る。
『俺が迷っている時に、聖女のように現れたのがチトセ』
「……母が、聖女?」
似合わない。
いや、自分が「聖女の卵」っていうのもどうなのかって話なんだけど。
『聖女だよ。少なくとも、俺にとっては』
気障な台詞も、見事にハマる。
美形はお得だ。
『大雑把に説明するとね。俺たちが国から出てきた後、いろいろ迷っていた時に、チトセに出会ったんだ。それ以降、いろいろ、手を貸してもらっていたのだから、まあ、恩人だね』
「手を?」
この世界に来た母は、城からほとんど出ない生活をしていたと聞いていた。
それは今も変わっていないが、その当時の母にできることは今以上に少なかったはずだ。
そして、フラテスさまたちも、例の城下の森に隠れ住んでいたらしい。
そうなると、手を貸す以前の話で、どうやって母とフラテスさまは出会ったのだろう?
『生活に必要な物の手配とかをしてくれたんだよ。俺も城下には出たけれど、独り身に見える男が手に入れるには不自然だし目立つものも少なくはないから』
ああ、女性用の衣服とかの購入を、男性がするのは、変に目立つかもしれない。
それは、隠れ住んでいる人間にとっては、あまり望まない状況だろう。
だけど、それ以前に、このフラテスさまは立ち振る舞いが既に庶民していない気がする。
地面に直接座った状態だというのに、どこか気品があるように見えているのだ。
勿論、情報国家の王兄殿下だというわたしの先入観も多少あるとは思う。
それでも、店に自ら買いに行くよりは、商人自体を自分のもとに呼び寄せる方が想像しやすい。
そんな人が、城下のお店に使いっ走りしている姿を見たら、店員さんも不自然に思うだろう。
『チトセが出歩けるのは、翼馬族の世話をしている時だけだった。だが、言い換えれば、彼女の世話をしている時間帯ならば、外に出られたんだ』
「彼女?」
『翼馬族のことだよ。最初の名は確か、「グレナダル」と言ったかな』
「ぐ?」
ああ、そう言えば、セントポーリア国王陛下からもそんな話を聞いた覚えがある。
でも、昔、母が世話をしていたことは知らなかった。
セントポーリア国王陛下と兄弟同然の馬だったと。
『彼女とは親友だったらしいよ。チトセはそう言っていた』
「親友……」
翼馬族って……、確か、精霊族で……、天馬のことだ。
翼の生えた不思議な馬。
以前、わたしもダルエスラーム王子殿下に乗せてもらったことがある。
その二代前の天馬が、その「グレナダル」という名前だったとセントポーリア国王陛下からも聞いていた。
母はその名を引き継いでくれたのだと。
あれは……、ストレリチア城でのことだったか。
でも、精霊族とはいえ、母が馬のお世話をしていたなんて、想像もできない。
馬って、この世界に来てから何度か近くで見る機会があったけれど、結構、大きくて怖いよね?
母だって、この世界に来るまで、そんなものに触れたことがあったとは思えない。
それを思えば、母も、この世界に馴染むために必死で生きてきたということはよく分かった。
「なるほど……」
だから、その頃の母の心の支えとなっていたのがその翼馬族であっても驚くことはない。
傍目には世話をしているように見えても、実は、母もその存在に助けられていたのだと思う。
『馬と母親が「親友」という言葉に疑問を持たないんだね』
「え? 馬でも、魔獣でも、その人が親友だと思えばそうなのでしょう?」
相手がそう思ってくれるとは限らないが、自分が親友だと思えば、それは親友で問題ないと思う。
それに、馬相手でも「親友だ」と他者に言えるほど、母はその翼馬族のことを信頼していたのだと思う。
なんとなく、亜麻色の髪、翡翠の瞳を持つ友人を思い出した。
最近、会ってないから、リプテラに戻る時に、一度くらいは会えないかな。
『シオリはチトセによく似ているな』
「そうでしょうか?」
よく言われるけど、わたしにその自覚はない。
個人的にはあまり似たくもないのだ。
母はいろいろぶっ飛び過ぎているから。
どこをどうすれば、この世界に来て、三年にも満たない時期に国王陛下の秘書的な位置に収まってしまうのか?
それまでの下準備があったとしても、いろいろおかしいよね?
『うん。あの頃のチトセによく似ているよ』
昔の母に似ている?
それなら、まあ? 若かった分、今よりは大人しかったのだろう。
そう思おう。
そう思うしかない。
そう思わせて!!
頼むから!!
『無謀で無鉄砲、自分の行いを顧みず、周囲を振り回しているところなど、本当に懐かしくも微笑ましい』
「ふぐぅっ!?」
ああっ!?
よりによって、そんなところが似ているとか!!
しかも、九十九によく似た顔で言われているから、余計に胸に突き刺さるものを感じてしまった。
「親子そろって、ごめんなさい」
居たたまれなくって、思わず頭を下げる。
『何故、謝る?』
「親子二代でご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」
とにかく、頭を下げる以外に考えられなかった。
『ツクモやユーヤがどう思っているかは分からないが、俺は退屈しなかったよ』
それは喜んではいけないやつですね。
情報国家の元第一王子殿下が退屈しなかったなんて、わたしの母は一体、何、やらかしてたんだ!?
『それに、とても、楽しかったよ』
それも喜んではいけない種類の話ですね。
『あれだけ無自覚に他者を振り回す女なんて、ラビアぐらいだと思っていたからね』
「…………ラビア……、さま?」
誰のことだろう?
『ああ、シオリは知らないのか。「ラビア=ツェモン=テネグロ」は、俺の唯一の妻であり、ユーヤとツクモの母でもある』
ああ、九十九と雄也さんのお母さんのことだったのか。
そう言えば、父親の名は雄也さんから聞いたことがあったけれど、母親の方は聞いた覚えがなかった。
「元神女だったと伺いましたが……」
雄也さんに子守歌として聖歌を聞かせていたらしいから、間違いないとは思う。
『ああ、ユーヤから聞いたんだったね。ラビアは、アストロメリア出身で、かつては、イースターカクタス城内にある聖堂で正神女を務めていたよ』
元正神女!?
聖歌が歌えるのだから、下神女以上だとは思っていたけど、想像よりも上の神位だったらしい。
しかも……。
「イースターカクタスは城内に聖堂があるのですか?」
そっちも気になってしまった。
まるで、ストレリチア城だ。
あの国は大本であるためか、「大」が付くけど。
『そうだよ。法力を持つ神官たちを野放しにはできないからね。同じく魔力を持つ王族たちの監視下に置かれているんだ』
その言葉に少しだけ身震いする。
彼らの国イースターカクタスは、情報国家と呼ばれるほど、情報を重要視している。
そんな人たちが、昨今、起こっていた神官たちの腐敗に気付いていないなんてありえるだろうか?
知っていて野放しにしているとしたら?
いや、それ以上に、それを利用している可能性もある?
『まあ、大聖堂も情報国家を警戒しているからお互い様なんだけどね』
そっちは考えていなかった。
でも、情報国家の国王陛下に対して、大神官である恭哉兄ちゃんにしては珍しい態度だった気がする。
ちょっと刺々しさを感じると言うか……。
つまりは、お互い、見張り見張られる仲?
『今も昔もいろいろあるんだよ』
フラテスさまは笑いながら、そんなごく普通のことを口にする。
『ラビアがイースターカクタスに来ることになったのも、そんな理由からかな』
だけど、その後に続いた言葉には、疑問しか湧かないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




