血の繋がりを感じる
どこまでも、どこまでも、見渡す限り真っ白な世界。
わたしはここに覚えがあった。
「ふむ……」
舌をペロリと出す。
「無味無臭」
分かっていても試さずにはいられない。
この周囲の白い霧のようなモノが、人体に有害なものであれば、ここに来るたびにわたしは状態異常に悩まされることになるだろう。
だが、この世界には何度招待されても慣れるものではない。
何もないのだ。
いや、白い霧はある。
訂正しよう。
白い霧しかないのだ。
どこまで見ても、霧! 霧! 霧!
そして、そんな世界にいてもすることもない。
これが夢だと分かっているから猶の事だ。
誰も現れないなら仕方がないから……。
「寝よう……」
今日はいろいろあって、疲れたから、夢の中で寝ても問題ないはずだ。
そのまま、目を閉じても誰も文句を言うこともない。
夢の中に現れてまでわたしに苦情を言おうとするのは、黒髪の青年か、紅い髪の青年ぐらいのものだ。
そう思って目を閉じたのだが……?
何かの気配を、いや、この世界では気配は分からない。
でも、視線を感じた気がした。
不思議だ。
夢の中では視覚以外の感覚が失われるはずなのに。
いや、視覚だけは残るのだから、逆に視線を感じるのも……?
そう考えて目を開けると……。
「ぬ?」
目の前にキラキラしい御方がいた。
そう目の前だ。
わたしの顔の目の前に輝かしい顔がある。
今のわたしは眠ろうと横になった体勢だった。
それなのに、似たような角度でそんなお顔が見えるのだから、相手もこの世界で寝そべっているということになる。
うん、夢だ。
本当に何でもありだね。
誰も来ないような場所で、どこかで見たことある整ったお顔の殿方が、わたしと同じように寝る姿勢になっているなんていろいろおかしい。
ただ、どうしても気になったので……。
「その姿勢は、首に良くないと思いますよ」
そう口にしていた。
目の前にいた美形の殿方の目が丸くなったことが分かるが、どうしても言いたくなったのだから、仕方ない。
状況的にも、無視できなかった。
この美形の殿方は、あろうことか、大仏様の涅槃のポーズ……、いや、肘枕をしていたのだ。
わたしも地面に直接ごろ寝の状態だが、腕を枕にはしていなかった。
仰向けから、そのまま横に顔を向けただけだ。
角度的にその全身は見えていないのだけど、それでも、視界に入っている上半身だけでもはっきりと分かった。
これは良くない!
だけど、長時間この肘枕の姿勢になっていると、頚椎がずれたり、血の巡りが悪くなったりすると聞いたことがある。
わたしはやったこともないけど、漫画でよく見る体勢だった。
確かに美形がするのは絵になるし、是非、全身をしっかり観察させていただいて、描き留めておきたいところではあるが、それで身体に負担がかかるのはよろしくない!!
『まさか、開口一番に首の心配をされるとは思わなかったよ』
美形の殿方は苦笑しながら、身体を起こした。
少し癖のある金髪がさらりと揺れる。
金髪、碧眼の整った容姿と、その表情にはどこか覚えがある気がした。
でも、わたしが知っているその人よりも、もっとずっと若い。
どちらかというと、わたしの傍にいる黒髪の兄弟の方がよく似ている気がする。
そして、開かれた口から聞こえた声も、わたしが知る黒髪の兄弟によく似ていて、かなり混乱する。
いやいや、落ち着け?
ここは夢の中。
夢の中なら何でもありだ。
普通は起きない奇跡だって起きることをわたしはもう何度も体験している。
そう、死んだ人間と会話することだって、夢の中なら可能なのだ。
「九十九と雄也のお父さん?」
わたしが自分の身体を起こしながらも、そう呟くと……。
『そうだよ』
金髪の美形は笑いながら肯定してくれた。
その顔はわたしのよく知る黒髪の青年にとてもよく似ていて……。
『久しぶりだね、シオリ』
「……久しぶり?」
その笑顔に見惚れている間に言われた言葉が、自分の頭の中に到達するまでに随分、時間がかかった。
『ああ、そうか。記憶が……。いや、ツクモだって、チトセのことを覚えていなかったのだ。仮に記憶が封印されていなくても、もっと小さかったシオリが俺のことを覚えているはずもないか』
そう口にされて、いろいろと繋がっていく。
自分の母親が九十九の乳母をやっていた期間があったことを、モレナさまによって、強制的に連れて行かれたあの本棚の世界で流れる文字で知ることとなった。
―――― La madre divenne la tata di Tsukumo.(母親はツクモの乳母となった)
様々な文章の中に、そんな文字が流れているのを見てしまったから。
その時の衝撃は計り知れないだろう。
互いに覚えてもいないような小さな頃から、わたしたちは出会っていたのだ。
そのことは、雄也さんに確認して、確証できた。
当時、まだ2歳だったはずなのに、雄也さんはそのことをよく覚えていたもんだと感心しながら。
そして、その時期なら、まだこの方は存命だったはずだ。
九十九の話では、父親が亡くなったのは、彼が3歳になっていたと聞いている。
それならば、乳母をしていた母の娘であるわたしと、彼の父親が面識あるのも不思議ではなかった。
「覚えてなくて、申し訳ありません」
わたしは頭を下げる。
『いや、無理もない。それだけ、シオリも幼かったからな』
そう優しく笑うその人の表情は、九十九の顔にも雄也さんの顔にも見えるから変な気分になる。
でも、双子の弟であるはずの情報国家の国王陛下とはあまり似ている気がしない。
いや、確かに顔はかなり似ているのだけど、年代の違いだろうか?
あの情報国家の国王陛下はもう少し大人の色気みたいなのが溢れていて、それは、雄也さんもそうだな。
この方はどちらかと言えば、笑顔の似合う爽やか系?
あんな色気だだ漏れ系な感じには見えない。
でも、九十九の父親でもあるから、油断すると一撃必殺!! と、言わんばかりに強烈な色気が漏れ出す可能性はあるのか。
気を付けよう。
『今回、わたしを呼んだのはその……』
なんて呼ぶべきだろう?
わたしの立場では、名前を呼ぶのはちょっとおかしい気がした。
でも、九十九と雄也さんのお父さんと呼び続けるのもちょっと変。
「王兄殿下でしょうか?」
現情報国家の国王陛下の兄上ではあるのだから、これかな?
『王兄? ああ、そうか。グリスは即位したんだったな。だが、既に俺は国を捨てた身だ。だから、それ以外でお願いしたい』
ご不満だったらしい。
そして、その表情は、情報国家の国王陛下よりも、やっぱり九十九の印象の方が強い。
でも、それ以外の呼び名?
ミヤドリードさんのお兄さん?
いや、やはり九十九と雄也さんのお父さん?
『まさか、呼び名でそこまで悩まれるとは……』
「大事なことですよ?」
特に、名前はこの世界では重要らしいから。
『では、フラテスと』
わたしが悩んでいたためか、そう提案してくれた。
だが、呼び捨てはできない。
そして、殿下などの敬称は止めた方が良さそうだ。
でも、「さん」付けもちょっと違う。
そうなると……、これかな?
「フラテスさま?」
わたしがそう口にすると、フラテスさまは、暫く停止し、下を向き、上を向き、さらに前を向いて……。
『……抱き締めても良いか?』
「何故に!?」
両手を広げながら、真顔で、そんなことを言われてしまった。
美形の冗談はタチが悪い。
『いや、あの頃のチトセによく似た顔で、そんな可愛らしい呼ばれ方をされたら、男として抱き締めたくなるのも道理だろう?』
しかも、冗談ではなかったらしい。
「どんな道理ですか!?」
そう突っ込みながらも、心のどこかでは、この方はやはり、あの情報国家の国王陛下ともしっかり血の繋がりがあると妙に納得してしまっている自分がいたのだった。
訳に付いてはいつものようにこの世界の言葉と言うことで。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




