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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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ひよっこ扱い

『今代の聖女に会いたければ、かかってきなさい、ひよっこども』


 オレたちに向かって、片手を差し出しながら笑みを浮かべながら挑発する黒髪の神女(みこ)


 ああ、うん。


 相手の見た目は、兄貴と変わらない年齢に見える。

 背が低いし、童顔であるため、オレよりも幼く見えるぐらいだ。


 母親がいくつで死んだかは聞いたことがないが、それでも二十代なのは間違いないと思う。


 オレよりも二年前に兄貴を産んでいるのだから、十代ってことはねえよな?


 この世界ではありえるけど。


 そんな相手から、「ひよっこ」と言われる日が来るなんて思ってもいなかったが、その構や表情から、相当な自信があるのだろう。


 そもそも、この世界は、栞の夢の中という特殊な状況だ。


 ここでは、オレたちは魔法を使うことができないという制限がある。

 自分に対する身体強化すら、眠っている栞にどんな影響を与えるか分からない。


 それに対して、相手は元正神女だ。

 しかも、本当の意味でこの世のモノではない。


 まともに相手をしても勝ち目はないことだけは確かだった。


「兄貴……。母上は強いか?」

「知らん」


 それもそうだ。


 兄貴だって、母が死んだ時はまだ2歳である。

 その年代の子どもから見れば、大半の大人は強く見えることだろう。


 それならば、「分からない」、「知らない」というのは正しい。


 だが、元正神女というだけで、法力の使い手としてはかなり優秀であることは理解できる。


 準神女や下神女と違って、主神を選ぶことを許された本物の神女だ。


 ごく稀に港町で遭遇した()神官のようなヤツもいるが、原則として法力が既定のラインまで達していなければ、正神官にはなれない。


 だから、愚劣な手段を使ってまで、法力を底上げしようとする輩も現れてしまうわけだが。


「だが、母上は身体が弱い。そこを突けば、あるいは……」

「いや、何、言ってんだよ?」


 あまりにも阿呆なことを言う兄貴に対して、思わず、そう口にしていた。


 いくら、死んだ母親が予告もなく目の前に現れた上、オレたちを相手取ろうとしていることに対してかなり混乱をしていたとしても、そこまで錯乱されるのは困る。


「死んだ人間に対して、生きていた頃の肉体強度なんか当てになるわけねえだろ?」

「それもそうだな」


 相手は既に肉体がなく、思念……のみの存在だ。


 そうなると、頑丈さなどを含めた力というのは、現世の心残りとかを含めた(想い)の強さだろう。


 そして、それが弱い人間には見えなかった。

 少なくとも、どこか腑抜けて見える今の兄貴よりは絶対に手強い。


 まともにやり合えば、確実に負ける気がする。

 だが、幸いにして、すぐに仕掛けてくる様子はなかった。


 兄貴が言った通りならば、仮に戦ったとしても、時間稼ぎのためにできるだけ引き延ばそうとされるだろう。


 最悪、オレたちがこの場所で魔法が使えないことをいいことに、一方的に甚振られる可能性も頭に入れておきたいが……。


「兄貴、考えがある」

「言ってみろ」


 少なくとも、単純な物理攻撃よりはマシなことを提案してみる。


 正神女まで上がった女なら、確実に、物理攻撃にも耐性があるはずだ。


 神官の中には、他者の神位が上がるのを妬み、それを妨害しようとする人間は少なくないらしい。


 それが、筋力で劣る女に対してなら尚のことだ。


 力尽くで向かって来る神官(おとこ)たちに対して、それ以上の法力(ちから)をもって、神女(おんな)たちは、迎撃しなければならない。


 本当に腐った世界だと思うが、それによって、より強い者が上に立つと言われては、誰も何も言えなくなるだろう。


「本気か?」


 オレの提案は意外だったらしい。

 分かりやすく兄貴が眉を顰めている。


「本気だ」


 兄貴にしては、随分、余裕のないツラしてやがる。

 それだけの相手だと思うなら、もっと気を引き締めた顔を見せてやれ。


 今のままじゃ、「ひよっこ」扱いを肯定するしかねえぞ?


「何も考えずに向かって行くよりは、ずっと勝率が高いだろ?」


 魔法が使えない場所で、力量を計れない相手と何の策もなしに戦おうとするのは愚行だろう。


 昔、人間界で耳にしたことがある自爆覚悟の特攻と同じようなものだ。


 まあ、負けても死ぬわけではないが、敗北がこの夢を見ている人間に全く影響がないとも言い切れない。


 勝つことは容易ではなく、負けることは許されない時点で、オレたちが取るべき手段は限られてくる。


 そして、最良だと思われるのは、()()()()


 早い話が相手から逃げることではあるが、それを許してくれるかどうかも分からないし、逃亡したところで得られるのは母親から逃げ出した息子たちという不名誉ぐらいだ。


 それよりは、()()()()()()だろう。


 それでも、オレの申し出は賭けに近い手段ではある。

 だが、手応えは得られると信じ込むしかない。


「随分、お前らしくない提案だな。主人のことは気にならないのか?」

「気にはなるが、気が(そぞ)ろになるほどでもない」


 母親は先ほどから栞のことを「今代の聖女」と呼んでいる。


 神女にとって、神子や聖女は特殊な位置づけにあるからこそ、そんな言葉を口にしているのだと思う。


 だから、オレはこの勝負に勝っても負けても、主人に対して大きな害に繋がるとは思っていなかった。


 そうなると、中途半端な意思で立ち向かって、オレたちが無意識にうっかり魔法を暴発させてしまうよりはずっと良いはずだ。


「何を考えている?」

「兄貴ほどあくどいことは考えられねえよ」


 オレが考えるべきは、栞の安全と安寧だ。


 それをオレは、情報国家の国王陛下から教わった。


 あの国王陛下との勝負を優先してしまったために、オレは最後まで主人を護ることができず、袋詰めなんかされてしまったのだ。


 文字通り、粉を掛けられた栞に不快な思いをさせたし、動けなかった兄貴も危険に晒すことにもなったことは本当に反省すべき点だった。


 二度と、あんな阿呆なことはしない!!


 そして、今、この場に栞の姿はないが、この世界が彼女の夢である以上、どこかで意識が繋がっているはずだ。


 だから、今、この場所に栞がいなくても、彼女を護るために、オレはどんな無謀だと思われるような手段を取ることだって厭わない。


 それぐらいの覚悟はしている。


 だから、相手が自分を産んでくれた母親の魂だったとしても、やれるだけの手段をとるだけだ。


 いや、母親だからこそ、手を抜くなんて許されないのかもしれないとも思うけどな。


「まあ、オレの作戦なんて、心を読める相手には通じないだろうけどな」

「いや、提案としては十分面白い」


 兄貴が不敵な笑みを浮かべる。


「お前が土壇場で臆するのを見るのも、一興だ」

「……そんな(きょう)など醒ましてしまえ」


 この時点で割と緊張しているのに、酷いことを言うなよ。

 心を読める相手に対して、意表を突くのは相当難しいんだぞ?


 相手の心の準備を上回るほどの衝撃を与えるしかないんだ。


 そして、それは、兄貴よりもオレの方が適任だろう。


 自惚れているわけではない。

 単純に、慣れの問題だ。


 兄貴とオレでは、当然ながら、オレと接している時間の方が圧倒的に短い。


 母親からすれば、産んで一ヶ月かそこらの赤ん坊がいきなり、15歳以上(成人)になっているのだ。


 例の「聖霊界」とやらから覗いていたとして、それを知識として知っていても、それが目の前にあれば、記憶の齟齬からくる混乱が全くないとは思えない。


『さあ、準備はできたかしら?』


 状況は分かっているくせに、黒髪の神女はあえて尋ねてきた。


 見た目よりもいい性格をしているようだ。


 兄貴の捻じ曲がった性格はミヤドリードの教育によるものだと思っていたが、遺伝もあるのかもしれない。


「はい。オレが貴女のお相手をいたします」


 兄貴の前にオレが立つ。


『あら? 二人掛かりではないの?』

「はい。兄貴は必要ありません」


 いつまでも、兄貴の背を追っているガキだと思われても困る。


「オレ一人で十分ですから」


 そう言いながら、オレは、母親へと距離を詰めたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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