追っ手が城下に放たれた
「目的の娘の特徴は、この場にいる誰もが聞き及んでいると思われます。それならば、それを周囲の人間たちに心当たりがないか尋ね回ることが、一番問題は少ないのではないでしょうか」
実に単純な話である。
人間界での聞き込み捜査というやつだ。
地道な仕事となるが、相手から信用を得られていれば、情報を集めやすいだろう。
日本人が警察の捜査に協力するのは単純に相手が権限を持っているというだけではない。
ある程度の信用が土台としてあるのだ。
「だが、それでは結局、目立つだろ?」
「王妃殿下や王子殿下の遣いであることが知れ渡るのが問題なのであって、城の兵士たちが集団で人を探すこと自体は珍しいことではありませんよ。城下に逃げた罪人を探すことも珍しくはありませんから」
「確かにそれは一理あるな」
一人がユーヤの言葉にそう返事すると、周囲にいた兵たちもそれぞれ頷き、各々、作戦を立て始める。
気の早い者は既にその場から走り出していた。
だが、兵たちは知らない。
国民たちの目の鋭さを。
彼らが身に纏っている兵装は、守護兵団や近衛兵団と異なることぐらい城下に住んでいる者なら誰でも知っている。
そもそも所属が一目で分からなければ、有事の際に混乱を招く基となるのだ。
それを避けるため、常日頃からある程度の区別をすることとされている。
しかし、その規則を王妃の私兵たちはあまり意識していなかった。
加えて彼らは周囲のこと、自分以外の人間など興味がない者が多いのだ。
そのために本来、揃えるべき兵装も妙に自己流のものになっていたりするなど、酷くばらつきがあった。
それを個性と言い張り、自由に振舞っているため、整然とした他の兵団と比べても悪い意味で目立ってしまうのだ。
そして、人は身を守るために自分にとって害のあるものを覚え、忌避しようとする。
早い話、目立たぬようにという王妃の命令は、計画の第一段階から頓挫しているのであった。
「ふぅ……」
誰もいなくなったその場でユーヤは一人、溜息を吐く。
今更、説明するまでもないと思うが、兵たちに「ユーヤ」と呼ばれていたこの青年は、栞から「雄也先輩」と呼ばれている男のことである。
想像を絶するとはこのことを言うのだろう。
下の者を見れば、上の者が分かるというが、ここまで酷いと呆れることしかできない。
暫くしてあちこちから聞こえてくる喧騒。
元々、賑やかな城下ではあるが、叫び声や怒鳴り声が聞こえてくることはあまりない。
王妃や王子に仕える親衛兵は、王を護る近衛兵や城内外を警備する守護兵のように鎧や兵装を統一していない。
お互いの信頼関係も薄く、自分の利益だけを追求している辺り、まるで傭兵の集団のようであった。
それ故、城下に住まう者たちは、その違いは分かってくれている。
だが、いつまでも野放しにしておけば、結局は国王の名声の低下を避けることはできないだろう。
国王は一番身近な存在であるはずの王妃を抑えることができていないのだ。
そんな惰弱な国王に、いつまでも国を任せたくはないと思うようになることは避けられない。
雄也はいずれここから離れる予定がある。
そして、その状況によっては二度とこの国へ帰ることもできなくなるかもしれないとも考えていた。
だから、この国の行く末をそこまで案じる必要もないはずなのだが、だからと言ってこのまま荒れ続けることを望んでもいない。
とりあえず、城下にはそれなりの手回しをしておくことにした。
根本的な解決には至らず、焼け石に水となる可能性もあるが、城下の商人にたちに口添えをすれば、多少の悪評を濁すことはできるだろう。
彼らも穏やかに商売をしたいはずだ。
悪い噂が流れ、それによって客足が落ちることは当然望まない。
パソコンやテレビ、ラジオ等のマスメディアもなく、人間界のように娯楽が多くはない魔界では、商人からの話は身近な楽しみの一つである。
多少の尾ひれや背びれはつくものの、ちょっとした噂として周囲に広まるのも早いのだ。
だが、行動を起こそうとしたとき、雄也はあることに気付いた。
―――― 見られている?
賑やかな城下で、突き刺さるような鋭い視線を感じたのだ。
雄也は元々、敵意や好意を向けられやすい人間だ。
本人も自覚しているが、ある程度見目が整っているからだろう。
だから、観察されるような視線には慣れていた。
今、彼が感じているのは兵たちが持っている猜疑心や嫉妬心、憎悪から来るような負の感情を伴っているわけではない。
だが、強い。今までに感じたことがないほどに。
不自然ではない程度に周囲の様子を窺う。
そして――――。
明らかな違和感がそこにあった。
通りの向こうから歩いてくる一見、商人風な若い男が、こちらに視線を向けているのが目に映ったのだ。
その格好は、城下にいる商人たちと並べても大した違いはない。
だが、その男が纏っている雰囲気は明らかに異質だった。
雄也は自分の記憶を掘り起こしてみるが、少なくとも面識はないと思われる。
―――― 誘われたか。
これほどの鋭い目を持つ人間だが、その逆に完全に城下の空気に溶け込むこともできる可能性はあるだろう。
だが、気配を隠さず、あえて、強い視線を送ることで自分の注意を引き付ける理由はあまり考えられない。
視線に気付かぬ振りをして、このまま無視をするのも一つの手ではある。
声を掛けられたわけではないのだ。鈍い人間を装うこと自体はそう難しいことではない。
しかし、このまま素性も目的も分からぬ者を野放しにするのも躊躇われた。
それでなくても、アリッサムの例があるのだ。
何者かがこの国まで狙う可能性は否定できない。
国が荒れることはともかく、国そのものがなくなることは雄也も望んでいないのだ。
「ふむ……」
だからと言って、このまま無策で接触するのも考えものだった。
接したことにより、相手から何らかの情報は引き出せるだろうが、自分に目線を向けている理由が分からない状態で接するのは危険な行為だと思われる。
さらに城の兵たちと共にいた時ではなく、バラバラになった後に、自分だけが誘い出されているのも気になる点ではあるのだが。
男は雄也から視線を外さないままの状態で、まっすぐこちらに向かってきた。
―――― 接触は避けられんな。
仕方なく応じる心構えをする。
ここまで分かりやすく挑発されて、逃げる理由も今のところはなかった。
「こんにちは、今日の城下はいつも以上に賑やかですね」
商人風の男は不思議な笑みを浮かべたまま、雄也に声をかけてきた。
「こんにちは。あの騒ぎが、貴方がたの仕事のお邪魔になっていなければ良いのですが」
とりあえずは無難な言葉を返す。
「あの方々はどなたか、お探しみたいですね」
「人を探しているようです。年は12,3歳ぐらいで亜麻色の髪、紫の瞳をした少女らしいのですが、貴方もお心当たりはありませんか?」
雄也は隠しもせずにそう答えた。
当人が聞いたら、確実に不機嫌になるだろうが、依頼人がそう口にした以上、誰に対してもそう告げるしかない。
何より……、あの少女は魔界人としても日本人としても、15歳に見えないことは確かなのだから。
「12、3歳……?」
商人風の男は口元に手をやって考え込む。
これはポーズだ。
雄也はそう確信した。
「昨夜、聖堂に向かった3人組の中にそんな感じの娘さんがいたような……。遠目だった上、暗闇だったので、髪色や瞳までは少々自信はありませんが……」
「聖堂に……?」
雄也はじっと見るが、この男が嘘を言っている様子はない。
やはり、目撃していたのは間違いなさそうだ。
そして、だからこそ、自分に声をかけてきた可能性が高い。
明らかに乱暴そうな兵よりは一見無害に見える雄也に声をかけようと考えるのは流れとしてもおかしくはない気がする。
それ以外の目的もありそうだが、そこは追及しても答えは得られないだろう。
弟には周囲に気を配って移動しろと言い含めていた。
だが、この男相手にそれが通じるとは思えない。
「かなりお急ぎのようでしたね。周囲を見回しながら移動していた辺り、何かを警戒しているようにも感じられました」
そう言いながら、笑顔で答える男に雄也は寒気を覚えるしかなかった。
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