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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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母親

『あらあら。今代の聖女は随分と愛されているみたいね』


 オレの母親だと思われる女性は、頬に手を当てて嬉しそうに笑った。


 尤も、その言葉を否定する気もない。

 オレは言うまでもないし、兄貴も栞のことをかなり気に入っている。


 兄貴の中にある栞に対する感情が、オレと同じ種類のものかはまだ分からないのだが。


「母上」

『はい』

「母上は、昔から心が読めたのですか?」


 それまで自分から話しかけようとしなかった兄貴が問いかける。

 それだけ気になることだったらしい。


 オレは、「発情期」の時期ならともかく、今は他人に読まれて困るようなことを考えてはいないから何も問題はなかった。


 栞に対する想いなんて、口にしなくてもだだ漏れているらしいからな。

 肝心の相手は、全く気付いてもいないけど。


 他人が勝手にオレの心を読んで、そのせいで不快な気分になっても、それは相手の自業自得というものだ。


 オレ自身がその相手に面と向かって口にしてないだけ気遣いしていると思って欲しい。


 だが、兄貴は違う。

 隠し事の多い兄貴からすれば、重大な問題ということなのだろう。


 難儀なことだ。


『ええ、勿論』


 そして、黒髪の女性……、オレたちの母と思われる人間は隠すこともなく、そう答える。


 まあ、オレたちに隠すつもりはなかったのだろう。

 本気で隠すつもりならば、オレたちに話す理由はないから。


『尤も、読みにくい人はいるわ。私の血を引いているためか、貴方たちは、読みにくい方よ』


 長耳族の血を引くリヒトも心の声が読みにくい人間はいると言っていた。


 あの迷いの森にいた時、集落にいた長耳族たちの悪意は肌に伝わっていたが、心の声そのものは読みにくいものだったらしい。


 読めなくはないが、言葉が通じていなかったために、その意味が分からなかったことも一因だろう。


 つまり、同じ血が流れている人間は読みにくいのか。


 だが、その割にはかなり読まれている気がするのは気のせいか?


『貴方たちの心の声は強すぎるから、普通の人間よりは聞こえやすいわね』


 読みにくいけど、聞こえやすい。

 不思議である。


『今代の聖女の声は凄くよく通ると言えば納得できるかしら?』


 それはどこでも聞く言葉だ。

 それだけ、栞の心の声は強すぎるらしい。


 リヒトがカルセオラリア城の「時砲」並だと言っていたぐらいだからな。


『もう少し分かりやすく言わせてもらうと、普通の人の心の声は、扉を開けっぱなしの状態に似ているわ。でも、血縁となれば、その扉が閉まっているような感じね』


 一言、一言丁寧に話すその声は聞きとりやすく、はっきりしている。

 活舌も良い。


 まるで、若宮の言葉を聞いているような気分になる。


 あの女は人間界にいた頃、演劇をやっていたらしく、話す声もかなり聞き取りやすいのだ。


 栞も聞き取りやすい声質ではあるが、少しばかり活舌が怪しくなる時があるし、何より奇声が多い。


『そして、心の強さが心の声の大きさと言えば、その聞こえ方に違いがあることも納得はできる?』

「はい」


 兄貴も納得したのか、素直に答えた。


「母上、オレからもよろしいでしょうか?」


 母と呼ぶのに抵抗はないが、少しだけ、何か不思議な感覚がある。


 この言葉を自分が使える日が来るとは思っていなかったからだろう。


『ええ、勿論よ』


 オレが母と呼んだ女性は、微笑みながら答えた。


「母上は、精霊族の血を引いているのですか?」


 人の心を読めるというのはその可能性が高い。


 リヒトだけでなく、あの盲いた占術師もそうだし、栞が「心を読まれている気がする」と言った大神官も、精霊族の血を引いていることになる。


()()()()()わ』


 誤魔化しもせず、静かに母はそう言った。

 その言葉に嘘はない。


『私は、孤児だったから』


 その言葉にオレは息を呑んだ。

 それは予想外だったからだ。


 何の疑問も持たず、このふわふわとよく笑う女性は両親に愛されて育った人間だと思っていた。


 だが、違った。


「し、失礼しました!!」


 憶測で物事を計ってはいけないと教えられていたのに。


『親がいないぐらい、大したことじゃないわ。貴方もそうでしょう? ツクモ』


 それが今のオレには、皮肉しか聞こえない。


『それにフラテスも話していないことでしょう? 父親であるあの人が教えてくれなかったのだもの。貴方やユーヤが知らないのは当然よ』


 どうやら、父は知っていたらしいが、兄貴は知らない話だったらしい。


 だけど、自分の不注意で、うっかり聞き出してしまったのは良いことだったとは思えなかった。


『あらあら? 随分、ツクモは真面目に育っちゃったみたいね。ユーヤ、貴方の教育かしら?』

「父上が基礎を作り、師やその友人に指導され、俺……、いえ、私とともに研鑽して参りました。尤も、弟の固さは生来のものだと愚考します」


 どこか固い兄貴の返答に母は苦笑する。


『でも、この生真面目さは、絶対、フラテスの血でもないわね。それなら、やっぱりユーヤに似たのよ』


 オレのこの性格は、父には似ていないらしい。


 でも、オレが覚えている父は、真面目だったと思う。


 オレが生まれたことで、この母親は寿命を縮めた可能性が高いというのに、兄弟間で差をつけることなく、平等に接してくれていたと記憶している。


 年齢的に早かったとは思うが、オレたちに字や計算を教えてくれたし、記録の付け方を最初に教えてくれたのは確か、父だった。


『先ほどの話に戻るわね。私は、物心が付いた時には既に国にあった聖堂の「教護の間」で育てられていたわ。話し方や読み書きはそこで学んだの』


 教護の間……。

 孤児院とその教育施設が併設されたような場所だ。


 主に身寄りのない子供たちが集められ、15歳になる(成人する)まで、育てられ、教育を受けられる社会福祉施設に当たる。


 その子供たちの面倒や教育については、その聖堂にいる神官たちに一任されるため、どうしても、差は出来てしまうと大神官が言っていた。


 それでも、食うものに困ることがないだけ、そいつらは恵まれていると言えるだろう。


『だから、両親のことは何も知らない。生きているか、死んでいるのか、それすらも』


 それを聞けば、オレもある意味、恵まれていると言えなくもないのか。

 母と父が亡くなったことだけでなく、その葬送場所も知っている。


 しかも、記憶に残っている父親との思い出も、そんなに悪いものではない。


『だから、私が家族と言えるのは、フラテスと、血の繋がった貴方たちだけということになるわ』


 そう微笑まれるとむず痒いものを感じる。


 母は、父と一緒になることで、家族を得たのか。

 そして、その中に自分が含まれているというのは少し不思議だった。


 オレの血縁は、もう兄貴だけだと思っていた。


 だが、この先に、オレも家族を増やせる可能性はあるのだ。


 一瞬、思い浮かんだ黒髪、黒い瞳の女のことは気にしないようにしよう。


 そして、数年前から彼女に感じていた気持ちはずっと家族愛だと思いこんでいたが、どう考えても、異性愛だった。


 それは、今ならはっきりと分かる。


 今、目の前にいる女性に対して、好意を覚えても、栞に対する感情とは全く違う種類のものだ。


 笑って良いか?


 栞に対する感情の中には、この人に抱くような温かさや優しさも確かにあるが、それ以上に最近感じているのは熱さと渇きと激しさだ。


 全然、違う。

 同じであるはずがない。


『あらあら? ツクモはすっかり大人になっているのね』


 そこでオレの思考に対してはっきりと口にしないで欲しい。

 かなり気恥ずかしいものがある。


 そして、ある意味、大人になり切れていない感情だと自分では思う。

 少なくとも、余裕はない。


『誰でも良いわけではなく、特別な異性(ひと)に対して愛したい、愛されたいと渇望するのは、大人になったということでしょう?』


 改めて、そう言われるといろいろと複雑な気持ちになる。


 オレは応えて欲しいと願っているわけではないのだから。


『そして、そんな相手がいることは、幸せなことよ。だから、その相手を大事になさいね』

「はい」


 言われなくても、それだけは分かっている。


『だけど、その相手を自分の人生の指針に、自分が生きる理由にはしないこと』


 だが、それには頷けない。

 オレは既に、栞のために生きると決めている。


 こればかりは誰の指図も受ける気はなかった。


『自分の人生を他人に預けると、共倒れするだけよ。相手にとっても迷惑でしかない想いだわ』


 なんとなく、栞の言葉が重なる。


 ―――― わたしを庇って命を無駄にすることだけは絶対にしないでね


 オレが「ゆめの郷」でオレが「護魂の誓い」を告げた時、栞はそう答えた。


 その後、何度もそれとなく、似たようなことを言われている。


『今代の聖女を命懸けで護るのは貴方たちが決めたことだから、反対はしない。でも、命を軽々しく扱うのは絶対に違う。何より、貴方たちが本当に先に死んでしまったら、その後の聖女の護りは他の人間に押し付ける気?』


 そこには、既に、先ほどまでの穏やかな女性の姿はなく……。


『何より、共に生きることができなかった私たちは、貴方たちの将来(さき)を手の届かない悔しさを抱きながら見ているしかないのだから』


 聞き分けのない息子を落ち着いて諭そうとする普通の母親しかいなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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