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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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知っているのに聞き覚えのない声

『そんなに全面的に()()()()()()()()()()()()()()


 オレと兄貴が話し込んでいると、不意に、そんな高い声が聞こえた。


 明らかに女の声であるが、それは耳に馴染んだ栞とは違う種類の声だった。

 オレが聞き覚えのない声だと思う。


 だが、何故か、はっきりと聞いたことがないと言い切れないのは何故だろう?


 オレの中では、この声は知っている人間の声だと告げている。

 だが、この時点では、その理由がオレには分からなかった。


 この場には、今、夢を見ているはずの栞の姿はない。


 彼女の夢に侵入してきたオレと兄貴の二人だけであるため、そのどちらかに話しかけてきたのだと思う。


 あるいは、両方ともに……か。


 だが、それはおかしな話だった。


 兄貴が言ったことが本当ならば、この白っぽい世界は、栞の夢の中なのだろう。


 だから、その夢に入った兄貴と、それに巻き込まれたオレ以外の人間の声がするはずがない。


 仮に栞が見ている夢の登場人物だとしても、それが、栞のいない場所でオレたちに話しかけてくることはありえないのだ。


 夢は、それを見ている当人を中心に広がっている世界である。


 その当人から離れた別の場所でオレたちがこうして会話できているのは、オレたちが外部からの侵入者だからなのだ。


 つまり……。


「侵入者か!?」


 兄貴が誰かの夢に入れるように、適性があり、その魔法を契約することができれば、他者の夢に入ることはできるらしい。


 実際、あの紅い髪も、兄貴と同じか、似たような魔法を使うことができると聞いている。


 改めて、そのことを兄貴に確認しようとして、その様子がおかしいことに気付いた。


 兄貴の顔が、何故か、蒼褪めていたのだ。


「まさか、そんな……?」


 そう呟く声も、微かに震えている。


「兄貴……?」


 オレが思わずそう声をかけると……。


「見るな!!」


 兄貴がそう叫んで、思いっきり顔をそむけた。


 ここまで動揺している姿をオレに見せるのは、かなり珍しい。


 苛立ちや侮蔑、嘲笑とも違う種類の感情によって、目を逸らされることも。


 弟相手にいつもあるはずの余裕が全く感じられなくなっている。


 栞によると、情報国家の国王陛下との対面時にも体調を悪化させるほどだったと聞いているが、その時のことをオレは知らないので判断できない。


 あの時のオレは、情報国家の国王陛下によって意識を奪われた上、袋詰めにされていたらしいからな。


 今の兄貴と似たような状態を思い出すならば、中学に入る直前ぐらいに、兄貴の体内魔気がかなり不安定な時期が続いていた時になんとなく、似ている気がした。


 その理由について、尋ねたことはない。

 そして、今後、オレから確認することもないだろう。


 後から、その理由に気付いたとしても。


 オレが話したくないことを兄貴が無理に聞き出そうとしないように、オレも兄貴が話したがらないことを無理矢理、吐き出させるつもりはない。


 オレたちは確かに兄弟であり、師弟であり、部下と上司のような関係ではあるが、その全てを共有しなければならない義務もないのだ。


 だが、先ほどの声の女の件は別の話である。

 兄貴がそれだけ動揺するような相手だ。


 確認はしておきたい。

 だが、オレにはますます心当たりがなかった。


 オレが知る限り、兄貴をこれだけ困惑させそうな女といえば、主人である栞と、その母親である千歳さんぐらいだろう。


 男まで範囲を広げればもう少しいるような気がするが、先ほどの声で男だとは思えなかった。


 それ以外で、栞の夢に出てきそうな女と言えば、オレたちの師であるミヤドリードぐらいだが、その声ならば、オレも忘れるはずもない。


 既にミヤドリードは一度、栞の中で会っているのだ。


 だから、今更、兄貴がそれぐらいで揺らぐとも思えなかった。

 その兄貴はオレに背を向けたままで、それ以上の反応がない。


 そして、声の主もどこにいるのか、分からなかった。


 せめて、その姿を見れば分かる気がして、周囲を見回す。


 今までに何度か入った栞の夢の中は、白いことが多い。

 そして、その白さは濃い霧のようにどこまでも広がり、遠くが見えない。


 自分が普段、見ている夢と違って外から入り込んでいるためか、自分の感覚がなくなっているわけではないのだが、傍にいる兄貴の気配すらまともに掴めず、栞がどこにいるのかも分からない。


 つまりは、声の主の居場所すら掴めないわけだが、オレはどうするべきだろうか?


 声が聞こえたのは始めだけ。

 その声が何かしてくる様子もない。


 その相手について心当たりがありそうな兄貴の様子はおかしいままだ。


 ぶん殴って、正気に返すという手も考えたが、ここは栞の夢の中だというのなら、あまり暴力的なことはさけたい。


 魔法ならともかく、物理的な暴力行為に顔を顰める女だ。

 普通に考えれば、魔法の方が、やっていることは酷いんだがな。


 それでも、彼女が不快な思いをすることが分かっていて、行動に出る意味はない。


 当人がこの場にいなくても、見ている可能性はあるし、栞は睡眠学習に似た能力を持っている。


 本人の記憶に残らなくても、どこかに記憶されているため、不意に思い出す可能性があるのだ。


 そんな能力があるから、あの「盲いた占術師」と呼ばれる存在すら、本人に聞かせたくない話の時は、その魂を身体から引っこ抜くという荒業を使ったのだから。


「兄貴……」


 改めて、呼びかけてみる。

 兄貴は、少しだけ顔を上げて、オレを見た。


 その顔にあるのは困惑だけではない。

 怯えに近い感情も見え隠れしている。


 この兄貴が取り繕えないほどの相手ということか。


 確実に先ほどの声の主は格上なのだろう。

 いや、夢の中ではある意味、誰もが無防備となる。


 それは、侵入者であるオレたちも同じなのかもしれない。


「お前は、先ほどの声を……、ああ、覚えているはずもないのか」


 兄貴はそう言いながら、大きく溜息を吐いた。

 いや、これは深呼吸か。


「俺の記憶違いだと思いたい。だが、先ほどの声を忘れたことなどない」


 そんな意味深な言葉と共に、何度もその息は吸って吐かれる。


「それでも、まさか、栞ちゃんの夢に現れるとは……。いや、彼女の能力を考えれば、それすら可能だという点が、心底恐ろしい話だ」


 そんな独白と大きな息を交互に吐く。

 この場合の「彼女」は、栞のことを差しているのだろうか?


 それとも……?


「分からないって顔をしているな」

「分からないからな」

「では、いくつかヒントをくれてやろう。自力で辿り着け」


 そう言うと、兄貴は不敵に笑う。

 まだ本調子には戻り切っていないようだが、少しはマシなツラになった。


「あ?」

「相手は()()()()()()()だ。尤も、()()()()()()()だろうがな」

「それのどこがヒントなんだ?」


 単なる知人ってだけなら、この世界にも人間界にもそれなりの数になるだろう。


 だが、覚えていない可能性があるという時点で、そこまで深入りしていない相手ということになる。


 まあ、オレが深く関わった人間ならば、声ぐらい覚えているはずだけどな。


「その女性と出会ったのは、俺もお前もこの国……、セントポーリアだ」


 その時点で、人間界で出会った人間のほとんどが振り落とされた。


 例外は、栞や水尾さん、若宮のようにもともとこの世界で生まれた人間ということになるが、それでもやはり心当たりはない。


「それ以外では、そうだな。お前との付き合いは一月(ひとつき)ほどだ」


 一月(ひとつき)とさらりと口にされたが、そこまで短い期間ではない。


 だが、一月(ひとつき)という長さの付き合いだというのに、オレには本当に心当たりがないのだ。


 そして、兄貴はそれも仕方がないと許容している気がする。

 その点がかなり不思議だった。


「そうだな。それ以外では、その女性は()()だ」

「あ?」

「先ほどの声の主は、もう十数年も昔に亡くなっている」


 その言葉で急速に情報が整理されていく。


 オレが知る女で十数年前に亡くなっているといえば、その筆頭は間違いなく師であるミヤドリードが出てくる。


 そして、それ以外で、そんな昔から関わっているような女はほぼいない。


 いや、違うな。

 オレは昔、栞と千歳さん、ミヤドリード以外の女とまともに接していなかった。


 その必要性もなかったからだ。


 それでも、どの世界にも例外は存在する。


 関わったのはオレの意思はほとんどなかった。

 だが、その関りがなければ、今のオレの存在そのものがあり得ない。


 オレの表情で、正解に行きついたことを知ったのだろう。

 兄貴がまた口角を上げて告げる。


「『ラビア=ツェモン=テネグロ』。俺の記憶違いでなければ、先ほどの声はその女性だ」


 オレが知っているその名前を。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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