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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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光に包まれた男

「このままでは終われない!!」


 わたしはそう言いながら、筆を執った。


 文章を書くのではない。

 勿論、絵を描くために!!


 先ほど目の前に広がった夢のように幻想的な光景を、この紙面に描き付けるのだ!!


 ああ、筆が進む!!

 本当に好きなものを描く時は筆が止まらない!!


 近くで何かが鳴っている気がするけれど、それがどこか遠い世界の音のように思えた。


 本を読む時も、絵を描く時も、歌っている時も、わたしが集中しているといつもこうなってしまう。


 その一点のみ集中してしまって、何も聞こえなくなるのだ。

 視界もかなり狭くなっている。


 お腹もすかなくなるし、眠くもなくなる。


 まあ、この集中力が切れた瞬間に、睡魔や食欲は容赦なく一気に襲い掛かってくるのだけど。


 だが……。


「おいこら」


 そんなわたしでも、無視できない(こえ)が頭上から降り注ぐ。


「ほえ?」

「『ほえ? 』じゃねえ!! なんでお前は、通信珠の呼び掛けに反応しないんだ!?」

「なんで、今、九十九がここにいるの?」


 時間は既に真夜中、深夜、夜更けだ。


 いくら護衛でも、異性の主人の部屋に許可なく訪れる時間ではないだろう。


「通信珠は四回鳴らした」

「ああ、わたしが聞こえなかったんだね」


 それでも、納得いかない。


 どんなに移動魔法が使えても、いきなり侵入するのはおかしいだろう。


「その部屋の扉は見てのとおりだ」

「ほげ?」


 そう言われてわたしの部屋の入り口を見ると……。


「ほげえええええええええええっ!?」


 ()()()()()()は吹っ飛んでいた。


 一応、接着していた部分が辛うじて残っているために、そこに扉があったということは分かるけど、扉そのものはなくなっていた。


「壊しちゃったの!?」

「オレが何百回と連続で扉を叩けば、流石に壊れる」

「…………」


 いや、それでも普通は壊れないと思う。

 どこの世界の扉も、何十年単位でノックに耐えられるように作っているはずだ。


 ノックのない文化もあるかもしれないが、少なくとも、この世界はどこの国に行っても入室の合図としてノックをすることは多いし、ノッカーがある扉だってあった。


 でも、壊す気で叩けば、九十九なら壊してしまうとも思える。


 つまり、九十九のノックに気づかずに無視し続けていたことで、彼がブチ切れたのかもしれない。


 そして、扉は、入り口周辺に粉や欠片が散らばっている辺り、破壊というより、粉砕したのだと予想される。


 その時点で、ノックのせいじゃないのはよく分かった。


 さらに、それでも気付かないわたしという人間も。


「えっと、部屋の扉、なくなっちゃったんだけど?」


 流石に、それは困る。

 風通しが良いのは悪いことではないが、今は九十九と二人きりなのだ。


 いろいろと緊張してしまう。


 それでなくても、このコンテナハウスは彼の気配が強すぎて、ちょっと落ち着かないのに。


 いや、それだけではなく、着替えとかいろいろな問題もあるだろう。


「明日、直すから今日はオレの部屋で寝ろ」

「……いや、それはない」


 九十九の部屋で……って、寝台は一つしかないことは知っている。

 既に何度か一緒の布団に収まっていたりもするけれど、アレは特殊な事情があったためだ。


 流石に! この状況で! そんなことをすれば、いろいろと誤解してしまうではないか。


「交換するだけだ。オレがこっちで寝る」

「…………」


 わたしの顔から何かを察したらしく、九十九は呆れたようにそう言った。


 わたしの考えすぎだったらしい。

 既にいろいろと私物を置いているけど、まあ、寝るだけなら問題ないか。


「分かった」


 明日には直るってことだから、荷物は明日の着替え分だけ持っていけば良い。


「ところで、何の用だったの?」


 九十九の呼びかけを無視したことは何度かある気がするけれど、扉を壊されるほどの怒りは初めてだと思う。


「……早く寝ろ」

「了解」


 どうやら、わたしが寝ていないことにイライラしたらしい。


 気付けば、結構な時間が経っていた。


 それはいつものことだが、今日は、いや、昨日は既にいろいろあって、自覚はないが、わたしの身体はかなり疲れているはずだ。


 それを意識したら、どっと押し寄せてくる魔物の姿を見た気がした。


 巷で言われる「睡魔」という魔物だ。


 わたしは、これに勝てた試しがない。


「九十九、ごめん」


 それだけ口にして、わたしは自分の意識を手放すことにしたのだった。


****


「九十九、ごめん」


 たったそれだけの言葉を口にして、主人は眠りに落ちた。


 それは予想していたので驚きはない。


 あの広場から戻って、その後、ずっと絵を描き続けていたのだ。

 普通に考えなくても、疲労が蓄積されているのは当然だろう。


 崩れ落ちたその身体を抱きとめる。

 今回は、眠るタイミングが分かっていたために、心の準備ができたことは幸いだった。


 そのまま、目の前にある寝台に寝かせた。


 オレの部屋を使わせることを提案したが、栞が眠ったなら、別にそこへ連れて行く必要もない。


 栞の寝台を使える機会を逃したのは少しだけ残念だが、まだほとんど使用していない寝台だから、オレの部屋にあるものと変わらないだろう。


 そのまま、扉を修復する。


 このコンテナハウスにはもともと修復機能が付いていた。


 家具はともかく、備え付けの施設が壊れても、契約者(所持者)であるオレの魔力を通すだけで自動修復されるものだ。


 この世界の人間の全てが魔力や魔法を制御できるわけではない。

 魔力の暴走や魔法の暴発はたまに起こる事態だ。


 だから、多少の金を出せばこんな機能が付いている物も少なからず存在する。


 まさか、こんなに早く使うことになるとは思ってもいなかったけどな。


 早く寝ない栞にイライラしたのだから、仕方ない。

 オレだって疲れているんだ。


 そんな時に、存在感を放出し続けられたら、いろいろ困るのだ。


 魔力の登録はオレがしているため、このコンテナハウスからはオレの気配がするだろうが、それは内部だけの話で、外部には漏れない造りとなっている。


 やはり、様々な物を購入するにはカルセオラリア製に限る。


 何気なく、机に広げられている絵を見た。


 銀色、青い目の男が光に包まれている絵が何枚もあった。

 これは、オレだろうな。


 さっきの広場での光景を絵にしたかったらしい。


 すっげ~、綺麗な絵なのだが、少し照れる。

 栞の目からはオレがこんな風に見えるらしい。


 歌っている自分なんて、客観的に見る機会がないから、かなり不思議な感じがした。


 光に包まれる光景なんて、光属性の魔法が好きな人間ならよくある話だ。


 兄貴なんか、これ以上の光に包まれて平然と笑う。

 そして、次の瞬間、弟に向けて大量に光弾魔法を浴びせるまでがセットだ。


 そう言えば、オレたちの父親も、光属性魔法を好んでいたな。

 夜に浮かぶ優しい光を思い出す。


 暗い夜の闇も、あの魔法があれば怖くなかった。


 この場所が、その地だからだろうか?

 ふとそんなことを思い出した。


 あの兄貴にそっくりな顔をした父親。

 そして、顔すら覚えていない母親。


 この世界に残留思念と呼ばれている、死んでも残る想いがあるのなら、この場所にもまだその気配は残っているのだろうか?


「父上、母上……」


 なんとなく、口にしてみる。


「この人の気苦労も知らずに暢気な顔で眠っているのが、オレの大事な主人です」


 そして、オレが心底惚れている女です。


 そう強く思った。

 それは口に出せない。


 意識がなくても、本人の前で口にすることが駄目である可能性が高いから。


 だけど、この地で、二人が眠る墓の前ではなく、オレたちが過ごしたこの地で、そう伝えたくなった。


 ただの自己満足だ。


 それをここに残っているかもしれない残留思念に伝えたところで、死んだ人間が生き返るわけではなく、死んだ人間の時間は止まったままだ。


 オレを育てた父親に伝わるはずもなく、オレを産んだ母親に届くはずもない。


 それでも、伝えたかったし届けたくなったのだ。

 オレらしくもない。


 墓参りすら、栞がいなければすることもできなかったのに。


「寝るか」


 栞の絵を一枚だけ忍ばせて、部屋から出る。


 今、栞の体内魔気はかなり安定している。


 ここが、シルヴァーレン大陸だからだろう。

 やはり、彼女はこの大陸出身者だということだ。


 それに対して、オレの体内魔気は、いつもより制御が不安定だ。

 具体的に言えば、やや暴走気味。


 そうでなければ、少し苛立ったぐらいで扉を壊すなんてことはしない。


 栞のことだ。


 作業中であっても、部屋の鍵はかかっていなかっただろうから、普通に扉を開けるだけで良かっただろう。


 だが、この体内魔気の状態は、久しぶりにセントポーリア城下で過ごしているために、感情が落ち着いていないせいだと思う。


 もしくは、単純に栞と二人きりであることを喜んで浮ついているだけか。

 そっちの方が大きそうだ。


 何もしなくてもニヤけようとするこの口が憎い。


 だが、確実に誰の邪魔も入らない距離なのだ。

 流石の兄貴も、これほど距離があれば、夢に侵入もできない。


 特に何も起こらないと分かっていても、完全に上司の監視下から外れるのだから、嬉しく思うのは普通だよな?

 

 オレは油断していた。

 そう本当に油断していたのだ。

この話で95章が終わります。

次話から第96章「過去から始まる物語」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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