幻想的な場面だというのに
この光景をどう言い表したら良いのだろうか?
目の前で起こっているこの現象は魔法と呼ばれるものが日常的なこの世界にあっても、奇跡と呼べるほどのものだと思う。
それだけのものを眼前に見せつけられていた。
だけど同時に、彼ら視点からすれば、わたしが何かしでかした時の心境は、毎回、こんな感じだったのだろうかとも思う。
九十九が、人間界の歌を歌った。
それはわたしたちが生まれる前に作られたほど古い歌ではあったが、わたしたちの世代でも知られているようなフォークソングでもある。
人によっていろいろな妄想……、もとい、解釈が分かれそうな歌ではあるが、メッセージ性が強いものだったためだろうか?
それだけ、彼が感情を込めて歌ったのだろうか?
それとも、単純に相性の問題だったのだろうか?
その辺のことはわたしにはよく分からない。
ただ、はっきりと理解できたことは、その歌が、酷くわたしの心を強く揺さぶり、そのことに自分の意識を持っていかれる前に、湖を中心に、この広場に咲く花がある現象を引き起こしたことだけだった。
人の想いを吸って咲くというミタマレイルの花。
その花は、夜になると光ることが特徴らしい。
九十九が歌い始めて暫く、一番では花が咲くだけだったのだが、二番以降になると、いくつかの花が大きく揺れはじめ、さらに、光の玉が空中に放出された。
だが、それだけでも十分な現象だと思うのに、その花から放出された光の玉に、どうやら何かが映し出されているように見えたのだ。
それははっきりと見えないため、目の錯覚を疑うようなうっすらとしたものだった。
それに気付いてから、注意深く光の玉を見れば、薄い映像の上、光の中にあるためにかなり見えにくくはあるものの、確かに薄く何かが視える気がする。
だが、それをさらにはっきり見ようと思って近づくと、その光が消えて、その場から何もなくなってしまうのだ。
酷い話である。
それでは、確認のしようがないではないか。
落ちては融ける雪なら、その場に痕跡だけは残るため見ていることもできるが、近付くと何事もなかったかのように、その場から完全に消えてしまう光をもっとしっかり見るにはどうすれば良い?
本来なら、好みの声で歌ってくれている好みの顔した殿方がいれば、そちらに意識が割かれるはずなのに、一度、その光に気づいてしまうと、それどころではなかった。
しかも、夜の森の中で、光の花に囲まれる状況というファンタジー好きの心をこれでもかと擽る幻想的な場面だというのに!
我ながら惜しいとも思う。
だけど、九十九なら頼めばもっと歌ってくれる気もしているので、今は光の方に集中する。
当人も、自分ではなく、周囲を見ろと言っていたから、何も問題はない。
そう何かに対して言い訳していたら、不意に、ミタマレイルの花から光の玉は出なくなった。
そして、ミタマレイルの花たちは今も光っているけど、その光の数は少し変わっている気がする。
「どうした?」
九十九の声がする。
どうやら、歌い終わったらしい。
その顔はやや紅潮しているように見えるのは、照れとかではなく、単純にそれだけ力を入れて歌ったのだろう。
「何から話せば良いものか……」
始めは選曲の理由を聞こうと思っていた。
九十九が歌った歌は、好意を持っている幼馴染との別れを惜しんでいると解釈することができるものだった。
ちょっと自惚れているかもしれないけれど、それって、自分と九十九のことにも置き換えられる気がしたのだ。
わたしと九十九は主人と護衛の関係であるため、そう遠くない未来に離れることになるだろう。
配偶者となる人が異性の護衛を認めてくれるような心の広い人でない限り、九十九と雄也さんとはずっと一緒にいることが難しいと思う。
彼らは有能だからその能力を買われて雇うことは許されるかもしれないけれど、今のように四六時中すぐ傍にいるというのは多分、体裁的に良くないことは自分でも分かっている。
今のように、わたしに護衛が付くことになったとしても、見張りの意味を兼ねてその配偶者から任命される人となるはずだ。
紹介があったとしても、会ってすぐに、相手から信用を得られるとは思っていない。
最近、わたしの方が特にそのことを意識しているから、先ほど九十九が選んだ歌を、自分たちに重ねてしまった感がある。
九十九も、それを意識しているんじゃないかとどこかで期待して。
まあ、そんなはずもないのだけど。
だが、それらの乙女チックな感情はすぐに吹っ飛んだ。
もうちょっと少女漫画の主人公のような気分に浸らせていただきたかったが、そうはいかなかった。
どこまでもわたしは少女漫画の主人公にはなれないらしい。
「何があった?」
九十九自身はやはり先ほどの現象は見ていないようだ。
「九十九が言った現象に近い……、もの?」
九十九が言うように、早送りしているようには見えなかった。
単純に、ミタマレイルの花から光が抜け出た後、それが宙に浮いて丸い玉のようになっただけだと思う。
わたしが光の玉の方に意識が行ったせいかもしれない。
「なんで疑問形なんだ?」
「いや、あれをどう説明したものか……と」
そう思いながらも、さっき自分が見たままを説明することにした。
九十九の歌によって、花から光が抜け出た後、それが宙に浮いて丸い光の玉になったこと。
その光の中に何かの映像が視えたこと。
それは近付くと消えてしまったこと。
そして、そちらを意識していたために、光らなくなった花が、種子になったかどうかまでは確認していないこと。
「…………」
そんなわたしの説明に、九十九が絶句していることが分かる。
多分、これはあれだね。
どうしてそうなった!? ってやつだ。
しかも、自分ではその原因がはっきりと分からないのだ。
きっとモヤモヤだけが積もりに積もって……。
「保留だな」
積もっていなかった。
「へ?」
「今、無理に考えても分からん。今日だけ、いや、今だけの現象かもしれないし、別の要因が絡んでいる可能性もある。深く考えるだけ無駄だな」
九十九はあっさりと、考えることを止めたらしい。
「そこはもっと検証心を出していこうよ」
「判断材料が少なすぎる状況で無闇矢鱈と考えても空回りするだけで、時間の無駄だ」
好奇心と探求心がないわけでもないのに、九十九はそう割り切った。
「うぬう……」
わたしとしては、さっきの光景が目に焼き付いている。
そのためか、九十九のように簡単に切り替えることはできない。
「時間が今日だけってわけでもねえ。だから、今日のところはこれまでだ。時間も、もう遅いからな」
その言い方だと完全に諦めたわけでもないようだ。
それに、確かに九十九が言うように、もう遅い時間となっている。
城下で食事をしてから、この森を歩き、この広場で結構な時間を過ごした。
もうそろそろ寝る時間でもおかしくない。
だが、すぐに眠れる気はしなかった。
「戻るぞ」
そう言って、九十九がまた手を差し出した。
「うん」
その手に自分の手を載せると、そのまま手を引かれ、抱き抱えられる。
向かう先は、この場所よりももっとずっと低い位置にあった。
わたしは自分の力で空中浮遊することができないのだから、九十九に頼るしかないのは仕方ないことだ。
空を飛びたいとか、空中で浮きたいと願っても、どうしても、自分の身体が空中静止するイメージが湧かない。
「しっかりつかまっとけよ」
「うん」
九十九の両腕に力が込められる。
わたしも、九十九の服をしっかりと掴んだ。
彼の身体に張り付くよりもこちらの方が手に力も入りやすいし、緊張も少なくて済む。
そんな風にセントポーリア城下に来た初日は終わる……、はずだった。
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