不可解すぎる現象
「それで、花は?」
栞はそう言いながら、周囲を見回す。
だが、少し見たぐらいでは、その違いは絶対に分からないだろう。
「咲いたよ」
だから、オレは聞かれたことについては、素直に答えた。
「どれぐらい!?」
やはり、咲くことは予想していたようで、さらに栞から強く確認が入る。
オレは大きく息を吐き、その場所を指差した。
この結果が栞にとって、どんな感情を持つことになるのか、予想もできないが、それを見た時にオレとしては、頭を抱えたいぐらいだった。
なんで、この女は規格内で収まらないのだろう?
「そこらの花だ」
「ほ?」
オレの言葉に栞はきょとんとした顔を見せる。
やはりこの言葉だけでは理解ができなかったらしい。
「生え替わった」
「へ?」
仕方なく、さらに補足すると、栞は目をぱちくりとさせた。
それでも分からなかったらしいので、オレが見たものを誇張なく伝えることにする。
「お前が歌い出してから、光っていたミタマレイルの花々から光が飛び出して、一斉に種子に変わった上、さらに芽吹いた」
余計な情報は加えない。
オレの目に入ったものだけを口にする。
花が咲くことはオレも予想していた。
オレの歌でも咲いたのだ。
もともと、深く考えないままに奇跡を起こしやすい栞にはその確率が高いと予想するのは当然だろう。
だが、それ以上のものを見せつけられてしまった。
そんなものを見せられなければ、もっと栞の歌だけに集中できたというのに。
「ちょっ!?」
そして、見開かれる目。
ある意味、予想通りの反応ではある。
「そのまま、急成長して、再び咲いたってわけだ」
「どうなってるの!?」
それはオレも聞きたい。
一体、何が起きたというのだろうか?
「ミタマレイルの花は本来、咲いた後、一週間ほど夜に光り続け、七夜目の夜明け前に冠毛が落ち、子房だった部分が種子に変わって、再び芽吹くんだが、それをまさか早送りされるとはな」
「早送り!?」
アレを見た限り、そうとしか言いようがなかった。
栞が歌い出してから、一番目の盛り上がりに入る前に、既にその変化が表れた。
光っていたミタマレイルの花から光の玉が吐き出され、その光は宙に浮き、花は光らなくなったのだ。
そして、光を失った花はその花弁を散らし、種子へと変化していく。
ミタマレイルの花が光を放出して、種子に変わっていく状態を見たのは初めてではないのだが、その変化があまりにも早すぎて、まるで理科の教材にあるような植物の成長していく姿を早送りした映像を見ている気分になった。
「それだけ、想いを吸ったってこと……、なのか?」
それにしたって、不可解すぎる現象である。
できればもう一度見たいと思ってしまうほどに。
「二回戦もやるか?」
だから、オレがそう呼びかけるのは当然のことだろう。
「やらない!!」
だが、思った以上に激しく拒絶されてしまった。
基本的に栞は暢気なのだが、この世界ですら不思議だと言いたくなる現象が、こうも何度も続いてしまうとショックが大きいらしい。
別に誰かの罠とかではないのだから、そこまで気にしなくても良いと思うのだが、そう単純には割り切れないのだろう。
オレが歌ったことで、ミタマレイルの花はいくつか咲いたことは栞の言葉からも分かっている。
オレ自身は歌うことに集中していたために、その状態を見ていないのだが。
そして、「聖女の卵」であり、これまでに既に何度か奇跡のようなものを引き起こしてきた栞の歌は、案の定、それ以上の効果を出した。
それが、「聖女の卵」の神力なのか、セントポーリアの王族の血を引くことによる魔力のためなのか、本当に判断がつかない。
そうなると、オレとしてはもう少し、いろいろと試したくなる。
「じゃあ、もう一度、オレが歌う」
「ほ?」
「最初はオレの方が自由過ぎたからな」
栞に制限を課したせいで、起きた現象である可能性でもある。
やはり、本人には歌いたいように歌わせるべきだったようだ。
「今度は歌わなくて良いよ」
ここに滞在する期間はまだまだある。
今日はまだ初日だ。
その間に一度も、この場所で歌わないと言うことはないだろう。
この場所に慣れるまで、本当に何もさせる気はなかったのだが、オレが頼まなくても、初日からいきなり歌ってくれたのだ。
それだけ歌が好きなのだから、またすぐに歌いたくなると思っている。
だから、今は、無理に歌わせる理由もその必要もなかった。
「但し、今度はもう少し離れた場所から全体を見ろ」
「ふほ?」
オレがそう言うと、栞は奇妙な顔をした。
「オレの歌でも咲くってことは分かったからな。それなら、お前の歌でなくても、確認はできる」
オレは栞の手をとってもっと全体を見やすい場所へと誘導する。
「ここから、湖の方を見てろ。オレの方じゃねえぞ」
ミタマレイルの花は何故だか分からないが、この湖を中心に咲くことが多い。
この湖自体に何かあるのかもしれないが、オレにそこまでは分からない。
だが、何か変化があるとすれば、ここが中心になる気がした。
「お前の歌に対抗してやる」
「ま、まさかの演歌?」
残念ながら、演歌については知っている歌が少ないというのもあるが、歌詞カードも歌詞が表示されるモニターもなしにオレたちの年代で演歌というのは普通、歌えないと思う。
兄貴は歌えそうだがな。
「違う。でも、似たような歌だ」
栞の歌を聴いて、思い出した歌があった。
多分、「冬の雨」から……、思い出したのだろう。
こちらは「春の雪」だが。
中学時代、音楽を選択したオレは、その歌を何度も歌う機会があった。
音楽の教科書ではなく、プリントアウトされた楽譜だったので、恐らく、音楽の教科担当が好きだったのだと思われる。
だから、歌詞はしっかり覚えていたのだ。
歌っている時は、よく分からなかったが、今なら、この歌の気持ちはよく分かる気がした。
だから、あの頃よりはずっと心が込めやすくもなったことだろう。
だが、それを歌う姿は、できれば、見て欲しくはない。
そして、栞を見る気もなかった。
反応を知りたくもないというのもあるが、あまりにも、オレ自身がその歌に感情移入してしまう気がして。
ずっと見守っていた幼い頃を知る相手が、大人になって自分から離れ、旅立つ姿を見送る歌だ。
だが、その相手からの別れの言葉すら素直に受け取ることができず、俯くだけという女々しさもあって、苛立つ歌でもある。
昔は本当に分からなかった。
相手の旅立ちを、親兄弟でもないのに、たった一人で見送れるほど近くにいることが許されているのだ。
それなのに、何故、何も言わないのかと。
そこにどんな事情があっても、相手からの言葉ぐらいちゃんと目を見て受け取ってやれと。
そんなに人の心が単純で分かりやすいはずがないのに。
分からないよな?
幼い頃からずっと近くにいる人間が、いつかは自分から離れてしまうなんて。
一緒にいることが当たり前すぎて、その成長すら気付くことができなかったなんて。
去年より?
いやいや、本当はもっと昔から気付いていたはずなのに、気付かないふりをしていただけだろ?
日々、綺麗になっていく幼馴染を見守るだけなんて、苦痛でしかないよな?
子供扱いして自分の気持ちを誤魔化すしかないよな?
嫌われたくないというよりは、今の居心地の良い関係を崩したくないだけなんだ。
だけどさ……、その気になれば、言葉を伝えられるだけマシじゃね?
オレなんか、想いを告げることだけは絶対に許されねえんだ。
ああ、本当に魅力的な女になった。
年月を重ねるほど大事な存在になった。
三年前よりも、六年前よりも、十年以上昔よりも、いや、初めて会った時よりもずっと、心を奪われる相手となった。
今も昔も、記憶があってもなくても、栞がとても大切な主人であることには微塵も変わりはないのに、オレの心だけが変わってしまったのだ。
護りたい気持ちに嘘はない。
だが、それ以外の想いが邪魔をする。
傷つけたくない。
傷つけたい。
癒したい。
壊したい。
死んでも良い。
死にたくない。
それはなんて、身勝手な想いなのだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




