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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~
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【第10章― 始めの一歩、末の千里 ―】追っ手が城下にやってきた

ここから第10章となります。

 日が昇りきった頃、城の親衛兵が数名ほど、城下の森の中を走っていた。


 彼らはこの国の王妃の私兵と呼べる立場にいる者たちだ。


 ここで手柄を立て、親衛兵団より抜け出て、さらに上位扱いの親衛騎士団へと上がろうと野心を抱くものが中心であった。


 そんな彼らは基本的に城住まいであるため、明確なイメージを必要とする移動系の魔法で確実に城下に行くことができない者が多い。


 その上、複雑に入り組んだこの森の中を何の案内もなしに進むことも困難だったりする。


 自然結界と言われる木々は立ち入るもの全てを受け入れはするが、容易に抜け出ようとすることを許さないのだ。


 城下に住んでいるものたちは、そんなこの森のことを「迷いの森」、口の悪いものなどは「狂いの森」とも呼び、自ら進んで中に入ろうとはしなかった。


 出入りするものはその場所に慣れた一部の兵と商魂逞しい商人たちのみ。


 そうなると、必然的に迷わず案内できる人間というのは限られてしまう。

 特に秘密裏に事を運ぼうとするのなら尚の事だ。


 今回、その森の案内人に選ばれたのは、「ユーヤ」と呼ばれる国王の従僕であった。


 彼は何故か、この森の道について明るい。


 いくつもの道順を迷うことなく様々な場所から抜け出ることが可能としているが、そのことについて彼は多くを語ることはしない。


 そんな彼が先導しているために、一行は少しも迷うことなく、森の中を結構な速度で進んでいけた。


 彼についての全く疑念がないわけではない。

 今回の行動によっては、それが深まることも晴れることもあるだろう。


 兵たちの足を引っ張るような行動を見せれば、すぐに処罰の対象とすれば良いし、兵たちに力添えをし、目的を達成する足がかりとなるのであればそれは好都合だった。


 命令を出した王妃にとっては、どう転んでも損はない話である。


 それに、商人たちのような外部の人間を引き入れて封じる口を増やすよりは、彼の口の堅さに賭け、利用した方が良いということだろう。


「森を抜けます」


 ユーヤがそう口にすると同時に、木々によって閉じられていた空間が終わり、明るい空が急速に広がっていく。


 緑と茶色しか見えなかった視界が一気に光や色に彩られ、兵たちは眩しさのあまり目を細めた。


「ここからが城下です。私は、ここで目的の娘と別れました」


 いつものように感情の読めない顔で、黒髪の青年はそう兵たちに告げた。


「では、住居までは分からないのか……」

「……王妃殿下も何故、このような命を……」


 兵たちが口々に呟くのも無理もない。


 あまりにも与えられた情報が少なすぎるのだ。


「いや、これはチャンスだ! 俺こそがその娘を見つけ出してみせるぞ!」


 一人の兵が大声で鼓舞をする。


「なんだと? 抜け駆けは許さん!」

「そうだ! その娘を見つけるのはこの俺様だ!!」

「その娘さえいれば、将来も安泰だ!!」


 それに応えるかのように次々と、兵たちは大きな声を上げた。


 その様子を見て、ユーヤは大きく溜息を吐く。


「王妃殿下の命では、国民に怪しまれないように密やかに行うこと……ということではありませんでしたか?」

「なぁに、王妃は民草の話など聞かん。ここで我らがどんな手を使おうとも分かりはしないさ」


 兵の一人が、さも当然のように言う。


 確かにこの国の王妃は城下に住んでいる国民たちの話すら聞くことはないだろう。

 貴族ではない者たちを、下賎な生まれと見下し、城から出てその姿を見せることもない。


 お膝元ともいえる城下ですらそんな扱いだ。

 郊外の者たちに対する扱いも言わずと知れたものだろう。


 だが、それは王妃に限った話である。

 城下で暮らす者たちの進言を受け入れる者が、城にいないわけではないのだ。


「陛下の耳には届きますよ」


 そのユーヤの一言で、兵たちは立ち竦む。


 彼らは確かに王妃の支配下にあるが、表立って王に逆らう気など一切ないのだ。


 寧ろ、王にこそ認めていただきたいのだから、そのユーヤの言葉の威力は絶大だった。


 ユーヤとしては、城下で兵たちが無茶なことをして、その結果、王妃の評判が下がることに対してはそこまで問題視はしない。


 今まで低空飛行していたものが、地を滑走することになるだけの話だ。


 それについてはこれまでずっと放置してきたこの国の問題であり、それを軌道修正するほどの義理を彼は持ち合わせてはいなかった。


 現に何度も見て見ぬ振りをしている。


 しかし、今回に限って言えば、それを阻む必要があった。

 王妃がはっきりと彼女を狙っている以上、その存在は浮き彫りになりやすい。


 そして、それを()()()()()()()()()()が見逃してくれるとは思っていないのだ。


「目立たないことが前提の命令ならば、それに従うべきでしょう。脅迫、乱暴な行いはもってのほか。貴方たちと違い、城下の人間は無力なのですから」


 厳密に言えば、城下の人間だって魔界人だ。

 多少の抵抗する力は持ち合わせてはいる。


 だが、相手が城からの遣いだ。

 そうなると、実力ではなく権力的な意味で抵抗はしがたいのである。


「面倒だな~、一発ぐらい魔法を放っても良いんじゃないか?」


 だが、兵たちは城下の人間の事情など深く考えない。


「精神系に限ります。怪我をさせる恐れのある魔法は慎んでください。不信を買うような行いは王妃殿下の価値を下げ、陛下に進言される確率が上がります」

「馬鹿たちにそんな脳があるか~? 力で支配したほうが楽だろ?」


 そんな兵たちの言葉に……。


「ずっと城下に滞在なさりたいのならどうぞ。兵よりも国民の数の方が当然ながら多い。常に監視の目を光らせ続けることができないのなら、力で支配などできはしませんよ」


 ユーヤはにこやかに笑って答える。


 勿論、兵たちが普通の手段でこの場を何とかできるはずがないことを彼も知っている。


 そんな才があるのなら、王妃の私兵をしているはずなどないのだ。


 この国では王の身辺を守る近衛兵は当然ながら、おかしな話だが、王族の周囲を守る親衛兵より城内外を守護する守護兵の方が優れた者が多いことをユーヤは確認していた。


 つまり、この場にいるのは王妃に気に入られただけの無能ばかりだということも。


「ふん。陛下や妃殿下に目をかけられているからって……、たかが使用人風情が偉そうに」

「おい、よせよ」


 そんなやっかみもユーヤにとっては日常的なことであった。


 王妃や王子の信頼を得たところで、彼らのように誇りに思うことはない。


 確かに多少なりとも情報を得ることもできるが、このように余計な敵が増えてしまい、邪魔にしかならないことも多いのだ。


「大方、その整ったお顔で王妃をたらしこんだんだろ? 良いね~、色男は」

「おい! やめろって!」


 ユーヤにとって、そんな下世話な言葉を言われることも日常の一部ではあるのだが……。


「……今の発言は、私だけではなく、王妃殿下に対しても無礼な言葉ですよ?」


 それまで絡んできた兵に対し、沈黙を続けていた彼が、珍しく反論の言葉を吐く。


「は! 構うものか。どうせ、あの色欲狂いの年増女に俺は従うつもりなんかない! 陛下の妃としてしか価値がなく、その陛下からも背を向けられている始末。今回の事だって、どうせあの乳離れできていない王子の愛人探しだろ?」

「そうですか……。それでは、ご自由に……」


 ユーヤはその兵に微笑みを向けた。


 兵はユーヤのそんな態度も気に食わないのか、周りが止めるのも聞かずに次々に口汚い罵り言葉を放つ。


 その言葉はユーヤだけではなく、王妃や王子にも向けられていた。


 彼は王妃の支配下にある城から離れた城下なら、自分に賛同する人間もいると思っているのだろう。


 その饒舌さは留まることを知らない。


 それだけ、日頃からストレスの多い職場でもあるということか。

 気の毒な話だ。


 さて、突然ではあるが、王妃はあまり他人を信じる人間ではない。


 だからこそ、自室に城内を覗き……いや、監視するための手段を持っているのだ。

 そして、その疑心暗鬼は当然ながら自分の使う私兵でも例外ではない。


 恐らくは自分が信じられそうな兵に通信珠を渡し、全ての会話を聞いていることだろう。


 ユーヤ自身はその役目を請け負ったことはないが、彼は元々迂闊な言葉を公言するような人間ではない。


 だが、周りの雰囲気や王妃の言動から、それとなく、兵たちの日常会話までも盗聴しているのだろうと察していた。


 今回は、あの口の悪い兵を最後まで諌めようとした兵がその役目を仰せつかっていたのだろう。


 だから、分かる。

 あの口が悪く粗暴な兵に明日がなくなったことも。


「ゆ、ユーヤ……。キミの考えを聞かせてくれないか?」


 場の雰囲気を変えるべく、一人の若い兵がユーヤに声をかける。


 先ほどの兵の軽い口を止めることは諦めたようだ。


「そうですね……。私のような若輩者の意見でよろしければ……」


 そう言いながら、ユーヤは自分の考えを述べ始めるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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