全力で体当たり
「ミタマレイルの花は人の想いを吸って咲くと言われている」
「人の想いを?」
オレの言葉に、栞はきょとんとした顔を向けた。
「だからその光は、人の想いの結果なんだろうな」
「人の想いは光るのか」
栞はオレの言葉を素直に受け止めたようだ。
「大気魔気とかが作用しているんだと思うぞ」
オレはこの場所以外でミタマレイルの花を見たことがない。
だから、風属性の大気魔気が何かをしていると考えられる。
「人の想いが光るって不思議だね」
「そうだな」
まあ、残留思念……、残留魔気の例もある。
魔力を伴ったものは暗い場所では光りやすくなるから、夜になると周囲が暗いために光って見えているだけという可能性は否定できない。
そこに夢はないが。
「この花がこれだけ一斉に咲いたというのは、それだけ、誰かの想いを吸ったってこと?」
「ああ、そういうことか」
ミタマレイルの花が本当に人の想いを吸っているかどうかは分からないが、誰かの想い……、魔力を吸っているのは間違いないだろう。
そして、この森には今、無駄に想いも魔力も強い人間が存在する。
やはり、その影響が大きいということだ。
「この花が、人の想いを吸う現象まで細かく確認したことはないが、その結論は分かりやすいな」
尤も、単純に滲み出ている体内魔気……、魔力を吸っているだけなら、オレたちがここに滞在している間、それなりの数の花が開花する気がしてきた。
「いやいやいや! そこで、納得しないで? 頼むから、否定して?」
何故か、自分が言ったことなのに、栞はそんなことを懇願する。
「そう言われても、それ以外で一斉に咲く理由は分からんぞ」
少なくとも、これまでに見たことがない現象ではある。
まあ、この花をずっと観察し続けていたわけではないから、本当に一度もなかったとは言い切れないのだが。
それでも、この花が咲くところも、光るところも、種子になるところも、新たに芽吹くところも何度も見てきた。
だから、これまで見たことがないほど大量の花が光っている現状を、偶然の一言で片付けたくもないのだ。
「もっと、ほら! いろいろあるかもしれない」
「例えば?」
だが、この慌てている栞はちょっと可愛いので、もう少し見ていたい。
「一斉にこの森に様々な思惑が流れ込んだとか! いろいろな人がこの森に想いを馳せたとか!!」
「城や城下にいる人間でもこの森のことなんかそこまで深く考えねえよ」
寧ろ、この森はないものとして扱っている気がする。
城にいる人間は移動魔法で城下まで行くことの方が多いし、城下にいる人間たちは森の近くに立ち寄ることすらしない。
「そうなると、お前以外でこの森にいるオレが原因と言いたいのか?」
確かにオレの魔力も弱くはないと思っている。
それでも、栞ほどではない。
どんなに努力したところで、オレ以上に努力し続けている中心国の直系王族に勝てるものか。
勿論、負けたままでいるつもりはないし、護るべき人間に勝てないからと言って、自分が努力しない理由にはならない。
何より、オレが勝たなければいけないのは、この主人ではなく、その主人を害する相手だ。
そいつらに負けなければ、問題ない。
「ああ、九十九の想いは強そうだね」
納得しやがった。
しかも、魔力ではなく、想いの強さの方で。
「お前ほどじゃないよ」
それこそ勝てる気がしないものだ。
この女の想いの強さに関しては、本人以外の人間が認めている。
魔法国家の王女殿下たちだけでなく、我の強すぎる法力国家の王女殿下や、あの大神官ですら。
それに心が読める精霊族すら具体的にその想いの強さを表現していた。
「いやいや、そんな謙遜なさらずとも……」
謙遜じゃない。
事実だ。
「オレが歌っても、ここまで花を咲かせることができるとは思えないからな」
「歌から離れて!!」
どうも、この様子だと、栞は自分のしでかしたことを認めたくないらしい。
強さは凄さだ。
オレにとっては、羨ましいことだし、尊敬すべき点なのに。
でも、当人が納得できないなら、それを納得できるよう理解させるのもオレの役目なのだろう。
「じゃあ、試しにオレもこの場で歌ってみるか?」
「ほげ?」
オレの提案に栞は不思議そうに首を傾げた。
口から出てきた言葉さえなければ、とても愛らしい仕草だ。
いや、それがセットだからこそ、とても栞らしくはあるのだけど。
「お前の歌とオレの歌。どちらが花を咲かせると思う?」
さらにそう問いかけると、栞は暫く考え込んだ。
突き出された桜色の唇に、思わず目が行きそうになるのを我慢する。
「よし! 乗った!!」
それまで思い悩んでいた様子を自分自身でふっ飛ばすかのような良い笑顔で。
「お前は素直だよな」
「ぬ?」
オレの提案に疑いなく乗ってくれるのは素直に嬉しい。
だが、素直過ぎて心配になる。
「オレが手を抜くとか考えてないよな?」
今回の場合、オレの歌が、栞以上に花を咲かせるかが焦点となる。
そして、その対象となるミタマレイルの花は、人の想いを吸うことで開花するとも言われているような花だ。
自分の歌と花の開花を何故か結び付けたくない栞にしてみれば、オレに手を抜くことだけはして欲しくないはずだ。
「抜くの?」
「抜かねえよ」
「だよね?」
全面的な信頼にむず痒くなる。
本当に何も疑っていない。
一度は裏切った相手なのに。
「逆に、九十九だって、考えてないでしょう? わたしが九十九に勝たせるために手を抜くって……」
「考えられねえな」
そちらについては迷うまでもない。
「お前は勝負事に関して、オレ以上にムキになるし、基本的に何かやる時は全力で体当たりしていくからな」
「体当たりをしている気はないんだけど……」
いや、あれは体当たりという表現で間違いない。
常に全身全霊でぶつかっていく。
だから、誰もが栞の想いの強さを認めるのだ。
あそこまではできない……、と。
「それじゃあ、一勝負といこうか」
オレが勝っても、栞が勝ってもどちらに転んでも悪くはない話だ。
兄貴へ渡す報告書が数枚増えることにはなるが、向こうに送る伝書はそれなりに準備している。
検証結果の種類が増える分には、喜ぶだろう。
「どちらから歌う?」
栞もどこか楽しそうだ。
可愛い顔して、意外に勝負事、好きだよな。
「オレが先で良いぞ。お前が後から歌え」
その方が結果も分かりやすい。
既に、栞は離れていても、この場所に歌を届けているのだ。
先ほどよりももっと近くで歌うのだから、ここの花たちがソレに応えないとは思えなかった。
「勝負の判定基準は?」
「まず、オレが花を咲かせられるかどうかだな。お前の方が咲かせる可能性が高いことは否定しないだろ?」
オレの言葉に不承不承といった様子で頷いた。
これだけの花を咲かせたのは、栞の歌である可能性が高いことは当人も認めているらしい。
それが、魔力か神力かは分からないだけの話だ。
神力ならオレには分からないが、栞の魔力については、誰よりもよく知っている。
これだけは、兄貴に負ける気もしない。
だから、この場で栞が歌うなら、その判定もできる。
ここまで多くの花を開かせたのは、栞の神力か?
それとも魔力によるものか?
だが、その前に、オレでもできるかどうかを確かめることが先だった。
「何を歌うかな? 感情を込めやすくて、できればちゃんと歌詞を覚えている歌で……」
感情を込めやすいとなれば、ある程度盛り上がって歌いやすい歌が良いだろう。
ここで、音を外したり、歌詞を忘れてしまえば、いろいろ途切れて台無しとなってしまう。
想いを込める以前に、単純にかっこわるい。
それならば、繰り返し何度も歌ったことがある歌に限られてくる。
そして、歌詞に物語があって、ちゃんと繋がっているものが良い。
そうなると、近年のJ-POPと呼ばれる種類の歌は駄目だ。
印象的な言葉をくっつけてはいるが、そこに想いを込めるのは難しい。
単純に「好きだ」、「愛している」と言いたいだけならそれでも良いが、今回は栞に聞かせるためのものではない。
そして、いくら好きでも、植物相手に「好きだ」「愛している」など言えるレベルにオレはない。
少し考えて、歌を決めた。
ずっと長い時を休むことなく、主人が生まれてから亡くなるその日まで、共に動き続けた忠義者の歌を。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




