人の想いは光るのか
「それにしても、このミタマレイルの花って、先が光っているわけじゃないんだね」
改めて見ると、本当に不思議な花である。
近くで見ると綿毛の……なんだっけ? パラシュートの紐部分に当たるところが、光っていて、綿毛の部分が光っているわけではなかった。
「ああ、確かに冠毛ではなく、蒲公英で言うところの冠毛柄の部分が光っているな」
「……かんもう?」
「お前が言う綿の部分だ。ミタマレイルの場合は、冠毛が花弁……、花びらだな。冠毛柄は花冠筒に当たる……か? この世界はそこまで用語に拘らないからよく分からん」
意味の分からない単語を聞き返したら、もっと謎が増えただけだった。
恐らくは植物用語だと思うけれど、それらのほとんどは中学生の知識ではないと思うのはわたしだけですか?
花弁は聞き覚えがある。
でも、普通は花びら、がく、おしべやめしべ、子房とかではないですかね?
それ以外だと被子植物や裸子植物とかそんな分類?
「それだけ知っていれば十分だと思うよ」
「そうか? まだ勉強不足だぞ。人間界の植物図鑑はこの世界とは違うからな。なんにでも名前を付けている辺りは凄いと思う」
それだけ知っていて、まだ勉強不足とか。
わたしの護衛は本当に勤勉だと感心するしかない。
「この花はなんで光るの? 光合成?」
「光合成は光を集める炭酸同化作用のことであり、蓄光現象とは違うな」
わたしの言葉を馬鹿にしたわけでもなく、九十九は応える。
「人間界の蓄光原理を考えると、紫外線を含んだ光を蓄えて……」
さらに難しい補足が来ましたよ?
多分、噛み砕いて説明してくれているのは分かるけど、わたしは化学がやや苦手なのだ。
紫外線って、日焼けの素だっけ?
その程度の知識しかないですよ?
「だが、ミタマレイルの花が光るのは、そんな科学的な話ではないだろう」
「ほへ?」
九十九の説明はほぼトンネル状態だったために、その結論だけが耳に届く。
「どこまで詳しく調査した結果かは分からないが、ミタマレイルの花は人の想いを吸って咲くと言われている」
「人の想いを?」
「だからその光は、人の想いの結果なんだろうな」
科学的な話からの非科学的な結論。
それを瞬時に切り替えることができるのが、人間界で知識を得た魔界人の特徴だろう。
「人の想いは光るのか」
「大気魔気とかが作用しているんだと思うぞ」
大気魔気……、つまりは源精霊や微精霊たちが何かしているということか。
そんな大雑把な結論だというのに、小難しい理論が並んだ科学的な話よりも、逆に理解しやすくなるのはなぜだろう?
自分には理解できない用語を含めた小難しい理論が並べられていないからだね。
自分には理解できない何かによるものだから仕方ない! と、考えるだけで良い。
この世界の植物図鑑とかに用語とか詳しく書かれていないのって、そんな結論で満足する人が多いせいじゃないのかな?
まあ、魔法とかも人間界で言われていたように、細かな計算や突き詰められた理論ではないことが多いからね。
どちらかというと、感情論?
この世界は理系より文系の方が生きやすい気がする。
「人の想いが光るって不思議だね」
「そうだな」
ぬ?
人の想いを吸って咲くと言うことは……。
「この花がこれだけ一斉に咲いたというのは、それだけ、誰かの想いを吸ったってこと?」
そういうことではないだろうか?
そして、この場合の誰かとは考えるまでもなく、この森で歌ったわたしということになる。
「ああ、そういうことか」
しかも、九十九から納得されてしまった。
「この花が、人の想いを吸う現象まで細かく確認したことはないが、その結論は分かりやすいな」
「いやいやいや! そこで、納得しないで? 頼むから、否定して?」
そうなると神力とは関係ない現象だったことに安心するべきなのだろうけど、それだけ、わたしが歌に想いを込めているということになる。
「そう言われても、それ以外で一斉に咲く理由は分からんぞ」
「もっと、ほら! いろいろあるかもしれない」
「例えば?」
「一斉にこの森に様々な思惑が流れ込んだとか! いろいろな人がこの森に想いを馳せたとか!!」
自分でも言っていて苦しいとは思う。
だが、自分一人の想いでここまで変化したとは認めたくない。
いつか、九十九が言った「わたしの思い込みはこの世界で一番」を体現されてしまうことになるからだ。
こんな形で証明されるのは複雑である。
「城や城下にいる人間でもこの森のことなんかそこまで深く考えねえよ。そうなると、お前以外でこの森にいるオレが原因と言いたいのか?」
「ああ、九十九の想いは強そうだね」
あの「ゆめの郷」での「重い誓い」からもそれはよく分かる。
わたしは自分ではない誰かのために、あそこまで重い誓いは立てられない。
「お前ほどじゃないよ」
だが、笑顔でそんなことを言われた。
「いやいや、そんな謙遜なさらずとも……」
遠回しに否定しようとしたが……。
「オレが歌っても、ここまで花を咲かせることができるとは思えないからな」
「歌から離れて!!」
そして、わたしの歌と結びつけないで!!
「じゃあ、試しにオレもこの場で歌ってみるか?」
「ほげ?」
「お前の歌とオレの歌。どちらが花を咲かせると思う?」
「…………」
なるほど。
ミタマレイルの花が本当に人の想いを吸って咲くというのなら、誰が歌っても想いを込めれば咲かせることができるということか。
そして、この場で歌っても変化がなければ、歌では花を咲かすことができない、と証明もできる。
いろいろと白黒はっきりできそうな気がした。
「よし! 乗った!!」
「お前は、素直だよな」
「ぬ?」
だが、わたしのノリに対して、九十九は呆れたように溜息を吐いた。
「オレが手を抜くとか考えてないよな?」
「抜くの?」
「……抜かねえよ」
「だよね?」
阿呆な勝負だとは思うけれど、それでも、九十九が手を抜くなんて考えられなかった。
特にこれは一種の検証……、仮説の証明である。
こういったことに、九十九や雄也さんのような人間が、手を抜くなんてことは想像もできない。
「逆に、九十九だって、考えてないでしょう? わたしが九十九に勝たせるために手を抜くって……」
「考えられねえな」
即答だった。
「お前は勝負事に関して、オレ以上にムキになるし、基本的に何かやる時は全力で体当たりしていくからな」
「体当たりをしている気はないんだけど……」
始めから手を抜くなんて考えていなかったのは本当のことだし、それを九十九から信じられているのは素直に嬉しいとは思う。
「それじゃあ、一勝負といこうか」
九十九がニッと笑った。
「どちらから歌う?」
「オレが先で良いぞ。お前が後から歌え」
「勝負の判定基準は?」
「まず、オレが花を咲かせられるかどうかだな。お前の方が咲かせる可能性が高いことは否定しないだろ?」
そう言われたら頷くしかない。
神力だけでなく。うっかり魔法が漏れる可能性とかを含めて、わたしの方がやらかす率は格段にあるのだ。
「何を歌うかな……?」
九十九はそう呟いた。
「感情を込めやすくて、できればちゃんと歌詞を覚えている歌で……」
以前、歌われたように、こんな場所で甘いラブソングを歌われたらどうしようかと思ったけれど、今回はそれを選ばないらしい。
それは助かった。
でも、それってあのラブソングメドレーはそこまで感情が籠っていなかったと言うことになるのだろうか?
それで、あの脳を溶かしそうなほどの破壊力!?
え?
愛を本気で込めた九十九の歌って、どうなっちゃうの!?
そんな混乱しているわたしの前で九十九は歌い始めた。
そして、選ばれたのは……、例の公共放送で流されるような古く大きな振り子時計を歌った歌でした。
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