事件か? 事故か?
「きゃあああああああああああああああああああっ!?」
夜の森の中に響き渡る女の悲鳴。
それは事件か?
それとも事故か?
「事故だな」
「事件だよ!!」
わたしの身体を支えてくれていている九十九の言葉に、思わず突っ込むしかなかった。
「オレとしては、お前のその悲鳴がかなり珍しくて、正直、驚きを隠せない」
「うっさい!!」
そう、冒頭の悲鳴は、わたしの口から出たモノだったのだ。
いつも、九十九から奇声と称されるわたしの悲鳴だが、今回に限り、一般的な女性らしいものだったと言えるだろう。
自分でもびっくりだ。
いや、そんなことはどうでも良い。
「どうしてこうなった!?」
毎度、おなじみとなってしまった疑問の言葉を口にする。
「お前が歌ったからだろう?」
「歌っただけでこうなるなんて、誰が予想できる!?」
さっきもそう思った。
でも、今回はそれ以上だ。
「それは、お前だからな」
「解せぬ!!」
わたしは本当に歌っただけだった。
それも、先ほど、森の中に光の道を作った原因となった歌を。
そうしたら、一斉に、周囲の光に襲われた……、いや、覆われたのだ。
一つ一つは大した光量ではなくても、数が集まれば、ちょっとしたものになる。
しかも、それらの全てが意思を持ったかのように、自分に向かって来るのだ。
眼前に迫る光の集まりに、自分の視界が眩しさを覚えた時には、それらは全て消え、ミタマレイルの花の光だけが残っていた。
これを事故とは言いにくいだろう。
事件……、怪奇現象だと思う。
「今更、お前のやったことの結果を理解しようとしても無駄なのは分かってるけど、これはまた反応に困る現象だな」
先ほどまであったこの広場まで続いていた光の道はもうなくなっている。
いや、あの道を形作っていた光が一斉に自分に向かってきて、そして、それらは何事もなかったかのように消えてしまったのだ。
「目は大丈夫か?」
「チカチカする」
それでも、九十九が咄嗟に庇ってくれただけマシだろう。
光がわたしに向かって来ると気付いた瞬間、いつものように、彼はわたしの前に立ってくれた。
ただ、九十九にとっても誤算だったのは、その光は彼の身体を貫いた……、というより、素通りして、わたしに向かったことだとは思う。
そして、いつものような「魔気の護り」は働かなかった。
それは、あの光がわたしに害意を持っていなかったと言うことになるし、わたし自身も、脅威を覚えなかったことになる。
いや、結構、怖かったんだけど、それ以上に九十九の行動の方に意識がいったのだから仕方がない。
いつもの黒髪の青年ではなく、銀髪の青年が庇うというのは、かなり自分の中で混乱したらしい。
その背中に違和感しかなかったのだ。
それで冒頭の悲鳴に繋がったのだと思う。
つまり、わたしはかなり混乱しなければ、あんな甲高い声が出ないということか?
「とりあえず、目を閉じておけ」
言われるまま目を閉じると、そのまま温かいものが被される。
「ぬ?」
「ホットタオルだ。まず、目を休めろ」
ああ、この状態って、眼精疲労みたいなものか。
そう理解して、素直に温かいタオルを目に当てて座り込む。
だけど、いつ、準備したんだろう?
「ホットタオルぐらいは、割とすぐ作れる。少し熱めのお湯に浸して絞るだけだからな」
「蒸しタオルは、電子レンジで作っていた気がする」
母が保育行事などで、目を使い過ぎた時、よく作っていた覚えがある。
「この世界に電子レンジなんてものがないから、仕方ないだろう?」
「魔法の方が早そうだね」
「魔法の方が熱持ちも良いからな」
確かにレンジで作った蒸しタオルは温くなるのも早かった。
そうして、温かなタオルを目に当てて数分。
ようやく、落ち着いたわたしは、まだ自分の肩が九十九の腕に支えられていることに気付いた。
あれ?
これって、座っているけど、何気に肩を抱かれていませんかね?
いや、光から庇われてそのままの姿勢だったのだから、そんな形になるのは仕方ないし、今までに何度もそんな状態になっているのだから、それこそ、今更な話ではあるのだけど。
だが、問題は、いつもと九十九の姿が違うことにある。
本来、黒髪、黒目の彼は今、銀髪碧眼の姿だ。
ファンタジー好きな人間の何かを擽るような色なのである。
今日一日、その姿で一緒にいたのだけど、それを息がかかるほどの至近距離となれば、破壊力が違うだろう。
勿論、いつもの九十九の方が好きなのだ。
……落ち着く意味で。
黒髪、黒目の見慣れた姿は、何度も至近距離で拝ませていただいている。
記憶だけで、絵がある程度描けるほどに。
だけど、銀髪碧眼は見慣れないのだ。
ちょっとした別人疑惑なのだ。
間違いなく九十九だけど、一瞬、誰!? と思ってしまう。
しかも、セントポーリアに来てから、九十九はいつも以上に優しく笑ってくれている気がするのだ。
これは、良くない。
具体的には心臓に悪い!!
自分の心臓が無駄に早く動いて、自分の余り長くないと思われる寿命を削りに削っている気配すらある。
「お前もあんな声、出せたんだな」
「…………」
それなのに、この残念な護衛は変わらない。
いや、変化があるのは見た目だけで、その中身が変わっているわけではないのだから、当然なのだけど。
「わたしの悲鳴など、どうでも良いでしょう? それより、さっきの現象はなんだと思う?」
「オレの考えで良いか?」
「この場で、九十九以外の考えがある方がビックリするよ」
低い声は視界を塞いでいるせいか、いつもよりも耳に響く。
距離のせいもあるだろう。
この蒸しタオルを外すだけで、もう一度、九十九が言う珍しい悲鳴を上げられる気がする。
「多分、お前が神扉を開いた」
「ほげ!?」
九十九の言葉に、いつもの奇妙な言葉の方が先に出た。
「だから、小精霊たちが一斉に、その神扉の隙間へと殺到したんじゃないか?」
「隙間って……」
言いたいことは分かるけど、他に表現はなかったものだろうか?
わたしは歌うことで神力を発揮することがある。
勿論、毎回ではない。
でも、この場所のように精霊たちの影響が強い所で発揮しやすいことは、あの「音を聞く島」で知らされた。
そして、わたしは歌うことで少しだけ「神扉」という神や精霊たちが出入りするような扉を微かに開けることがあるらしい。
それも、毎回ではないし、精霊族と呼ばれるほど誰の目にも見えるような中級精霊たちを出入りさせられるほどは大きくは開かない。
人間であるわたしには分からないけれど、下級精霊たちにとって、「神扉」を通るというのは幸せなことだと聞いている。
それが、いきなり目の前で開いたのだから、僅かに開いたその「神扉」に向かって殺到するというのは理解できなくもない。
基本的に長い時間、開くものでもない、短時間限定の機会なのだから猶更だろう。
わたしは自分が光たちに襲われた気がしていたけど、実際は、その背後で開いたと思われる「神扉」に下級精霊たちが突進していたらしい。
「ますます歌えなくなる」
そんなものをいちいち開いてこんな現象を引き起こしていれば、目立ってしまう。
ここはたまたま結界がある場所で、外には大気魔気の流れすら伝わらないらしいから大丈夫だけど、他の場所はそうでもないのだ。
歌うだけで大気魔気……、源精霊や微精霊を動かしてしまうならば、いろいろ隠し切れない気がする。
具体的には、わたしがセントポーリアの王族の血を引いていることや、「聖女の卵」であることだ。
どちらか一つだけならともかく、どちらも同時に露見してしまうことは避けたい。
「気にするな。お前の歌に精霊たちが反応するのは、特殊な条件下にある時だけだ。普段は、ある程度抑えられている」
九十九は問題ないというが……。
「その特殊な条件下が最近、頻発しているでしょう?」
それだけ、自分の神力が強まったのかもしれない。
大神官である恭哉兄ちゃんも同じように大丈夫だと言ってくれているけど、こう短期間で何度も起こると大丈夫要素なんて感じなくなってしまう。
だけど、そんなわたしの考えは本当に些細なことだったらしい。
何故なら……。
「今回は、その特殊な条件下を狙ったからな」
いつものようにわたしの護衛は、そんなぶっ飛んだことを口にしてくれたのだから。
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