森で歌っただけなのに
わたしは歌を歌っただけ。
でも、それだけで、こんなビックリ現象が何度も起きるなら、もう歌ってはいけないのかと本気で思ってしまう。
空の彼方で日が落ちて、夜になった後、九十九に手を引かれて城下の森に入った。
普通なら、暗くなった森というのは怖いはずなのに、何度も似たような風景は見ているし、何より、九十九から手を握られている。
昔よりも、夜目が利くようになったために、視界も九十九や足元が見えないほどではない。
何より、頼りになる護衛の気配が常に隣にあるのだから、わたしが怖がるはずもなかった。
だが、それはそれ。
これはこれ。
「ほぎょっ!?」
気が付けば、森の道? 道? ……が、ほんのりと光っていたのだ。
はっきりとした光ではなく、人間界の照明器具に使われているナツメ電球の常夜灯ぐらいの明るさの光が、地面に備え付けられている感じだった。
ああ、色もほの暗いオレンジだから、余計に家にある照明器具を思い出したのかもしれない。
「どうした?」
九十九は目の前の光景が見えないかのようにわたしに問いかける。
「ひ、光ってるよ? さっきまで、真っ暗な森だったのに……」
先ほど歌っていた歌のイメージが抜けきらずに思わず、そんなことを口にしてしまった。
いや、あの歌は暗い不思議な森に迷い込んだら、絶対に歌いたくなるよね?
特にこの森って、イメージが合うんだよ。
リヒトと出会ったあの「迷いの森」も似たような雰囲気だったけれど、状況的にそんな神秘さを感じる余裕もなかった。
「お前が歌ったからだろう」
「ほげっ!?」
九十九が容赦なく事実を突きつける。
分かっている。
それ以外に思い当たる理由もないのだ。
だが、それを素直に認めたくないのがわたしという生き物なのである。
「いやいやいや? 銀の装飾品を身に着けているからここまでの状態にはならないでしょう?」
「少なくとも、オレは初めて見る」
「ほぐあっ!?」
この森をわたし以上に知っているはずの九十九が、そんなことを口にする。
「だから、これはお前の歌以外ありえない」
「うぐぐぐっ……」
さらに追撃を放たれた。
効果は抜群だ。
わたしの護衛は主人に対して遠慮はしてくれないようです。
さて、わたしがこの森に入るのは数える程度しかない。
記憶を封印する前には入ったことはあるみたいだけど、それは昔のシオリであって、今の高田栞ではないのだ。
そして、記憶している限り、確かにこんな現象には遭遇していない。
以前も、夜に入ったことはあった。
だから、夜になると道が光る説はない。
これまでとの違いは何か?
どう考えても、わたしが歌った以外は考えられませんね!?
これまで入った時には、歌うような心の余裕なんて全くなかった。
それに、歌うことの楽しさを思い出したのは、割と最近だ。
それまでは本当に無意識に口にしていたらしいけれど、歌いたいと思うこと自体がなかったから。
「あなたならこの道がどこに向かっているか、分かる?」
「分かるよ」
わたしの問いかけに対して、九十九はあっさりと答えた。
「あの湖だ」
「池の方じゃなく?」
セントポーリアの王子であるダルエスラーム王子殿下と初めて会った場所。
こんな時間帯にあの王子殿下はこの森を出歩いていないと思うが、あの方が来る可能性がある以上、どうしても警戒してしまう。
「あの人工池からは、少しずれている」
九十九の言葉にほっとする。
この場所に詳しい彼が言うなら、その言葉は本当なのだろう。
しかし、あの湖か。
二回ほど見た夜の湖は、本当に幻想的だった。
夜に光るミタマレイルと呼ばれる植物が湖のほとりに生えているため、その湖面を照らすのだ。
だが、この道は、そのミタマレイルの光とは全く違う気がする。
わたしの記憶している限り、あのミタマレイルの光は眩しいと感じるほどではないけれど、ここまで暗い光でもない。
もっと優しく、どこか懐かしさを覚えるような光で、見ているだけでも癒されるのだ。
「わたしは、歌わない方が良いのかな?」
銀の装飾品があればある程度は大丈夫だと思い込んでいた。
でも、こんなモノを見せつけられては、そんな考えが甘いことがよく分かる。
今回はわたしのその能力を知っている九十九が傍にいたけれど、全く関係のない他人が目撃する可能性はあるのだ。
「別に歌う分には問題ないと思うぞ」
だが、わたしの弱気な考えをフォローするかのように九十九はそう言った。
「でも、こんなの普通じゃないよ」
「何を以て普通というかによるが、少なくとも、これがお前の普通だろ?」
「それが嫌なんだよ。歌うだけで道が光るとか絶対におかしいじゃないか」
ある意味、怪奇現象だ。
そして、周囲から不気味がられてもおかしくはない話でもある。
九十九や雄也さんは既に感覚がマヒしているっぽいから、この辺りは本当にあてにならない。
忌避することなく、受け入れられているという意味ではありがたいのだけど、ちょっと申し訳ない気がする。
わたしのせいで、二人の感覚を歪めたようなものだから。
「これは予測できたことだ」
「へ?」
「この森は、大気魔気が濃密なだけでなく、小精霊たちも棲んでいるらしいという話はしたよな?」
「うん」
確か、昼間、この森に来た時にそんな話を聞いている。
「しかも、この森の大気魔気は基本的に風属性だ。つまり、お前の体内魔気とも大変、相性が良い」
「つまり……?」
嫌な予感はするが、先を促す。
「下手すれば、あの『音を聞く島』以上の現象を引き起こす可能性が高い場所だ」
「ほげええええええええええっ!?」
その結論に思い至った九十九の頭が良いのか?
それとも、そんなことすら考えもしなかったわたしがおバカなだけなのか?
あるいは、そのどちらも該当するのか?
「お前は毎度、その奇怪な奇声を止めろ」
九十九は苦笑しながらそんなことを口にする。
笑っている辺り、本気ではないのだろうけど、さり気なく、「奇しい」を二倍にされた。
しかも、そのうちの一つは、普通の「奇怪」ではなく、「奇怪」と促音を入れて強調までされた。
いろいろ酷い。
だが、今はそこを気にしている余裕もない。
「この光景があるのは、自分が歌ったせいだと分かっていて、叫ばずにいられるわけがないよ」
「歌い始めてから割とすぐに光っていたぞ。それなのに全く反応しなかったお前の方にオレは驚く」
「歌に集中していたし、あの歌の映像と重なったとしか思えない」
そんな会話をしながら、仄暗く光っている道を二人で進む。
この世界では人間が歩いたり、馬車が通るような街道は、魔獣除けの結界もあったり、夜になると仄かに光ることは多いが、流石に森の中にそんな効果がある場所はほとんどない。
そして、森の中で光る道というのは絵本のように幻想的ではあるのだが、どうも、これまでの経験からこの先に何かある予感しかない。
「真っ暗な森の中、精霊の光に導かれて進んだ先にあるものは……」
なんとなくそう口にしていた。
「RPGならイベントの一つだな。助けてくれる存在に出会うか。それとも、強制的にボス戦突入か」
わたしの言葉を受けて、九十九が笑いながらそう言った。
確かにゲームで見かけそうな光景である。
だが、この世界はゲームのように剣や魔法がある世界ではあるけれど、ゲームの世界ではない。
いや、占術師の能力を持つ方々は、師弟揃って、わたしの人生を選択肢の多いアドベンチャーゲームと言っていた気がするけど、この世界で生きているわたしにとっては、現実でしかないのだ。
「そんな顔をするな」
わたしが余程、変な顔をしていたのか、九十九がそう声をかける。
「この先に嫌な気配はない」
「でも、また変なことに巻き込まれる気がするよ?」
自分に害があるような感覚はないのだ。
だが、自分に害がなくても、モレナさまの時のように、自分や周囲の精神がかなりの疲労を覚える可能性はある。
「そんなの今更だろ?」
わたしの護衛はそんなことを笑いながら言ってのける。
「オレもお前と一緒に巻き込まれてやるから安心しろ」
そんな殺し文句と一緒に。
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