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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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差し出されるようになった手

「腹も膨れたし、そろそろ、城下に行くか」


 昼食を食べ、そのお皿を片付けた後、九十九がそう言った。


「まずは、どこに行く?」

「そうだな。この国の服をもう少し買っておきたい。以前より、でかくなっているから、今、着ている服も少しきついんだよ」


 九十九は15歳でわたしと一緒にこの国を出ている。


 あれから、彼の身長は伸びているのだ。

 それはもう、ニョキニョキと羨ましいほどに。


 気付けば、兄である雄也さんよりもわずかに背が高くなっている。


 だけど、セントポーリアにはそれ以来、一度しか戻ってきていない。

 それも、セントポーリア城に顔を出す程度だった。


 少しの期間、滞在するのなら、服は確かに必要だろう。


「あれ? でも、九十九は雄也と服を兼用しているよね?」

「素性を隠すのに、兄貴と同じ服を着てどうする? あと、髪色が違うから、どうせなら服の系統も変えたい」

「なるほど」


 九十九の言う通り、素性を隠すのに雄也さんの服を着ていたら気付く人もいるかもしれない。


 特に雄也さんは女性にモテる。


 男性はそこまで相手の服装を見ないらしいけれど、大半の女性はしっかりファッションチェックをしているのだ。


 モテる男性、見目麗しい殿方、お顔の整った美丈夫の服装を見ていないはずがない!


 そして、今は銀髪碧眼で雄也さんとは印象が大分違うけれど、弟である九十九もお顔が大変、良ろしいのだ。


 着ている服のバランスとか、ブランドとか、着こなし方とか、通りすがりでも異性チェックが入る可能性は高い。


 ……あれ?

 これって、身内の欲目ってやつになる?


 でも、事実だと思うんだよね。


「お前も買うか?」

「いや、わたしはサイズ変わってないから」


 三年前、少なくとも、一カ月以上はこの城下にいた。

 その間、わたしのために用意してもらった服は、まだちゃんと着ることができるのだ。


 そして、恐らく、今後も着ることができるだろう。


「まあ、極端に流行から外れているとかだったら、考えるけどね」


 人間界なら、三年前の服と今流行りの服が同じであるはずがない。

 毎年、毎年、流行は移ろいゆくのだ。


 まあ、三十年も前の服となれば、廻り廻って、新しさを覚えるらしいけれど、流行にそこまでアンテナを張っていなかったわたしにはよく分からない。


「この国は保守的だからそう変わってはいないと思うが……、お前も以前の髪色と瞳の色が違うからな。少し、買い足すか?」

「この前、リプテラで結構、買ったと思うけど」


 無駄遣いはよくない。


 しかも、この髪色と瞳も普段の色ではないのだ。

 それに合わせて購入するのは勿体ない気がする。


「今のその『聖女の卵』の色合いに合わせた自国の服も数着持っておけ」

「ぐぬぅ」


 言われてみれば、「聖女の卵」の時の髪や瞳の色に合わせた服は、ストレリチアでしか購入したことがなかった。


 そこでしか、その色にしないと言うのが大きい。


 しかも、「聖女の卵」モードは少しだけ化粧もしているのだ。

 普段の自分とは確かに違う。


 九十九の言う通り黒髪、黒い瞳の「高田栞」の次に、この濃藍の髪、翡翠の瞳の「聖女の卵」となる回数が多い。


 確かにそれに合う服を少しぐらい持っていて損はないだろう。


「じゃあ、城下までまた歩くの?」

「まあ、そうなるな」


 この森は方向感覚が狂ってしまうため、移動魔法で思ったところに移動することができない。


「森を歩くのが辛いなら、オレが抱えるが?」

「いや、大丈夫だよ」


 人間界からこの世界に来たばかりの頃は、本当に体力も筋力もなかった。


 でも、今は大丈夫。


 あの頃封印されていた魔力は解放され、その後、自分の足でずっとこの世界を歩いてきたのだ。


 ちょっと足場の悪い道を往復したところで、何も問題はない。


 だけど、体力や筋力が今よりない時期には、九十九からそんな提案をされた覚えもなかった。


 魔力が封印中だったわたしは、セントポーリアから出た直後なんて、何度、疲労で倒れたことか。


 気付けば、九十九はわたしを気遣うようになった。

 それはあの重い誓いをされる前からだったと思う。


 ずっと一緒にいるうちに、九十九の方もいろいろ変わったってことなのかな?


「そうか。それじゃあ、手だけ」

「ありがとう」


 そう言いながら、また差し出された手を握る。


 いつから、九十九は自然とわたしに手を差し出すようになったのだろうか?


 この森は方向感覚を狂わせる上、小精霊たちによって、幻覚も見せられることもあると先ほど聞いた。


 そのために、離れないように手を握られて先導されるというのは分かる。


 でも、最近はそんな特殊な場所ではなくても、九十九は手を握ってくれるようになった。


 勿論、それは誰かから移動魔法で別々の場所に飛ばされようとしても大丈夫なようにという意図があることも、もう理解している。


 だけど、いつまで経ってもどこか慣れない。


 九十九にとっては護衛としての意味しかないと分かっていても、わたしにとっては異性の友人から手を差し出されているようなものなのだ。


 だから、こう、自分とは違う硬さの手に緊張したりするのも仕方ないし、自分とは違う体温に緊張するのも仕方ないし、手を握ってくれる強さに緊張してしまうのも仕方ないのだ。


 緊張しかしていない。


 顔には出てないよね?

 体内魔気も乱れてないよね?


 九十九はわたしの状態には敏感だから、こんな時、本当に困る。


「服以外に何か買うものはあるの?」


 とりあえず、会話を探そう。


 九十九の傍は、無言でも居心地が悪いわけではないけれど、何か話していた方が変に緊張もしない気がした。


「服以外だと食材だな。せっかく、シルヴァーレン大陸に来たんだ。ユーチャリスの物が手に入りやすい」

「ユーチャリス……農業国家だっけ?」


 セントポーリアの隣国であるユーチャリスは、現在、王位継承問題で揺れている国家の一つである。


 国王のたった一人の娘であるユリアノ王女殿下が、行方不明になってからすでに数年の年月が経っているためだ。


 ユリアノ王女殿下はわたしと5歳違いだというから、23歳前後である。


 そして、この世界ではどの国も、25歳の時点で王位継承の意思が確認できなければ、継承権を永久に失うとも聞いている。


 何らかの形で王族の血が絶えたとしても、その人自身は完全に王位を継げなくなるらしい。


 但し、その血族は別らしく、「封印の聖女」のように、国を出て継承権がなくなったにも関わらず、その孫が国に来て後を継ぐなどということも稀にある。


 尤も、王族の血が途絶えること自体がかなり稀少な事例だ。


 そうならないためにも、王族たちはその血を管理されるのだから。


「ユーチャリスはシルヴァーレン大陸の食糧庫とも言われている。どこの国もある程度自給自足ができるようにはなっているが、農作物の栽培、畜産物の飼育、それらの品種改良が優れているらしい」

「農協が国になったような感じ?」


 詳しくはないけれど、小学校の頃の社会科見学で、確か、農家の人たちが互いに助け合うための団体だと習った覚えがある。


 園芸、農作物の栽培や家畜の飼育、それらの品種改良だけではなく、緊急時の農家への支援や、流通の管理などをしていた……と思う。


 ファンタジー的に言えば、農業ギルドかな?


「農業協同組合……。言いたいことは理解できるし、その内容的には大きく間違っているわけではないが、何故か、格が落ちる気がするのは気のせいだろうか?」


 九十九は何やら言っているが、それは何気に農協に対して喧嘩を売っている発言ではなかろうか?


 第一次産業って、どこの世界でも大事だと思うよ?


「そうなると、ユーチャリスは薬草とかもあるの?」


 農業なら、園芸も含まれるはずだ。

 花があるなら、薬草だって研究されているだろう。


「ああ、あるかもな」

「おや、興味なし?」


 以前、九十九は薬師になりたいと言っていた。


 だから、そういったことにも関心があるかと思っていたけど、違うのかな?


「オレはユーチャリスの農業の実態まで把握してないんだよ。天然植物のことしか興味がなかったからな」

「じゃあ、せっかくだから、ユーチャリスまで足を運んでみる? 今まで知らなかった植物の生態も分かるかもよ?」


 餅は餅屋という。


 栽培だけでなく、品種改良までやっている国なら、いろいろな専門的知識も積み重なっているはずだ。


 わたしも以前よりは体力も筋力も付いている。


 この国を出た直後のような無様は晒さないだろうと思って、九十九にそう提案してみたが……。


「いや、今回は止めておく」

「そっか」


 あっさりと却下された。


「ユーチャリスの農業事情には、確かに興味はあるが、まずは、セントポーリアでの知識を身に着けたい。時間が限られているから、中途半端にしたくないんだ」

「そうだね」


 九十九はどこまでも真っすぐだった。

 そのことに本当に感心してしまう。


 でも、九十九はどうして、そこまでセントポーリアの知識が欲しいんだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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