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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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この世界の食事とお酒の事情

 この部屋の窓から見えるのはどこまでも緑しかない。

 そして、そこから覗く風景はあの「迷いの森」によく似ていた。


 でも、漂ってくる雰囲気は全然違う。


 あの「迷いの森」はどこか重苦しい雰囲気だったけれど、この森は居心地が良い。


 分かりやすく濃密な風属性の大気魔気に包まれているためだろう。

 ここでのんびりしているだけで、癒される気がした。


 だが、同じように風属性の大気魔気が濃いあのセントポーリア城の地下とも違う気がする。

 でも、何がどう違うのかは説明できない。


 これは感覚的なものだった。


 でもここまで風属性の気配が強いと、コンテナハウスを使わず、野宿でも問題ない気がするのは何故だろう?


 いや、流石にそれは錯覚か。


 このコンテナハウスは護りの結界が張ってある。


 先に登録している人間以外の気配があれば、警告音が鳴るだけでなく、過剰なまでの迎撃態勢が取られるらしい。


 あの雄也さんが言う「過剰」ってどれぐらいでしょうか?


 しかも、外から見れば、保護色によって数メートル離れると、風景に溶け込む仕様も健在だ。


 そんな万全の守りから、意味なく離れる理由はない。


「――――っと」


 そろそろ時間だ。

 わたしは部屋から出て、このコンテナハウスの端にある厨房に向かう。


 今回は互いに部屋で食事をせず、厨房にテーブルと椅子を設置して、そこで決められた時間ごとに食べることになっていた。


 二人しかいないのに、いちいち通信珠を使うのも勿体ないしね。


 今回の部屋は完全に休むためのもので、いつものコンテナハウスと比較すればやや手狭ではある。


 部屋のほとんどが寝台で埋まっているのだ。

 そして、寝台(それ)以外でその存在を意識させられるのが、小さな書棚だった。


 どうやら、暇になった時に読めと言うことらしい。


 その書棚には、最近購入したばかりのモレナさまの本と、雄也さんから複製された見覚えのある本がみっしりと並んでいた。


 例のセントポーリアの史書と歴代王族の肖像画の総集編だ。


 これだけあれば、当分、活字に困らない。

 そして、シルヴァーレン大陸言語の勉強にもなる。


 この大陸から長く離れているとは言っても、わたしにとっての母国語は一応、この文字なのだから。


 九十九の方は見ていないけれど、わたしの部屋のような書棚ではなく、小さな机があるらしい。


 恐らく、いつものように報告書を書くための場所だろう。


 それに彼は、自分で収納魔法を使えるのだから、部屋の書棚に本を並べる必要はないのだ。


「ああ、来たか」


 わたしが厨房へ行くと、九十九が振り返った。


 小さめのテーブルには、既に料理の載ったお皿が並べられている。


 同じ料理だけど、お皿の大きさが違うので、小さい方がわたし用だろうと思って、そちら側に腰掛けた。


「「いただきます」」


 わたしが座ると同時に、同じタイミングで合掌し、合唱する。


 なんだろうね?

 長年、一緒にいる家族のようだ。


 そして、その表現は間違っていない。


 母親から離れて生活を始めてから、一番、わたしと向き合って食事を摂っているのは圧倒的に九十九が多い。


 この世界は個別に食事をする文化というのもあるだろう。


 宿泊施設でも同室にしない限り、数人の人間が同じテーブルに並ぶ料理を囲んで一緒に食事することもないらしい。


 これはストレリチア城でお世話になっていた時も、カルセオラリア城でお世話になっていた時も同じだった。


 会食という文化がないのだ。


 ストレリチア城にいる時は、ワカと一緒にお茶をすることも多かったけれど、それはワカが人間界の日本にいた時期が長いせいだと思っている。


「どうした?」


 考え事をしているわたしに気付いたのか、九十九が声をかけてきた。


 でも、彼の食事の速度はわたしよりずっと早いため、そのお皿にはわたしよりも残っていなかい。


「いや、誰かと一緒に食事するって幸せなことだって思ってね」

「あ~、この世界は誰かと一緒に呑んだりすることはあっても、食事会や茶会で友誼を深めようとする文化はないからな」


 九十九も納得する。


 食事処……、レストランでも、大半は一対一までだ。

 外に行って、集団でお食事する姿はなくはないけれど、珍しいらしい。


「なんでだろうね?」

「お前は気付いていないかもしれないけれど、この世界の料理事情が原因だな。会話を弾ませる効果が薄い」

「おおう」


 確かに、九十九の料理を食べ慣れていると麻痺してくるけれど、この世界の料理は食べている時に無言になる人が多いらしい。


 それでは交流もできない。


「この世界の御貴族さまたちはどうやって社交をしているんだろうね?」


 そんなわたしの純粋な疑問に対し……。


「酒」

「ほ?」


 そのたった一言だけというのはどうなのだろうか?


「食事会ではなく、親睦会は基本的に飲み会だな。互いに酒を持ち寄って、腹を割って話す。多少の違いはあるけれど、どこの国もそうだと聞いている」


 ああ、交流を深めるために、人間界でもお酒を呑むことはあるらしい。

 母が笑いながら言っていた。


「それじゃあ、わたしはそれに参加できないってことか」

「この世界に飲酒に関する法律はねえから年齢による制限はない。万一、参加する機会があっても、それっぽいノンアルで誤魔化しておけ」


 ノンアル……。

 前に九十九が言っていた酒精なしのお酒に見せかけた飲み物のことだ。


「因みに九十九はいつから飲酒してる?」

「5歳の生誕の日にミヤから飲まされた」

「早すぎっ!?」


 想像以上に早かった。


 この世界の人間は総じてお酒が好きだ。

 何でも、一時的に能力が向上する効果があるから、身体が求めるらしい。


 だけど、幼児期はいくら何でも早くない?

 しかも、飲まされたってことは、本人の意思とは違うってことだよね?


「急性アルコール中毒にならなくて良かったね」

「この世界の人間たちは酒精耐性があるから、急性アル中で倒れたという話は聞かないな」


 なるほど、体質の違いなのか。

 アルコールを体内で分解して吸収する能力が優れているのかもしれない。


「でも、わたしは半分日本人だから、弱いかもね」


 人間界でも日本人はアルコールに弱い人が多かった。


 半分ではないけれど、確か、日本人の四割ぐらいはアルコールに弱いって結果が出ていたんじゃないかな?


「いや、お前は強いとオレは確信している」

「なんで?」


 そこまで言い切れるほどの何かがあるのだろうか?


「父親はその血筋上、強いし、千歳さんに至っては、ザルを越えて、引っかかるところすらない(わく)じゃねえか」

「巧いことを言うね」


 大酒飲みのことを「ザル」と呼ぶことはわたしでも知っている。

 でも、「枠」か~。


 なんか、昔、好きだったゲームのサウンドドラマで聴いたことがあるような気がするから、わたしが知らなかっただけで、お酒を呑む人たちにとっては、一般的な単語なんだろうね。


「確かに母は飲める人だったけど、あまり飲まない人でもあったよ。特にわたしが小さい頃は、そういったお酒の出る親睦会は断っていたみたいだしね」

「あ?」

「母子家庭だから、万一のことが会った時に困るって、滅多に呑まない人だったよ」


 わたしのために呑まない選択をしていた人だった。


 自分が倒れたら、わたしを護る人がいなくなってしまうから、できるだけ呑まないようにしていたらしい。


 母はお酒のことは嫌いじゃなかったんだと思う。

 でも、頂き物以外のお酒が我が家にあったことはない。


 母が飲める人だって知ったのは、小学校を卒業した日。


 あの日、母は嬉しくって……と言いながら、我が家にあった頂き物のお酒を呑みつくしてしまったのだ。


 あの衝撃は忘れられない。


 九十九が「ゆめの郷」でライトと酒盛りをした時の量にも驚いたが、あれぐらいの量を母は一人で飲みほしたのだ。


 あれを見て、わたしは二十歳まで絶対に呑まないと心に決めた気がする。


「どうした? 複雑な顔をして……」

「いや、わたしの母はわたし以上に魔界人だよね」

「ああ、飲酒量だけなら、王族を潰すほどだ」

「そして、なんでそれを九十九が知っているんだろうね?」


 いろいろと謎である。


 いや、普通に考えれば、それを見る機会、もしくは聞いたことがあるのだとは思うけれど、その娘としてはかなり複雑である。


「九十九も飲みたいって思う?」

「まあ、美味いからな」


 やはり、この世界の人間にとって、お酒は美味しいらしい。


「でも、暫くは要らね」

「そうなの?」

「お前の護衛をする時、判断を鈍らせたくはないからな。身体能力を一時的に上げるなら、酒より、自分で使う強化魔法の方が、ずっとその効率が良い」


 どこまでも真面目な護衛青年は、そう言い切るのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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