育った場所
「え? ここに……?」
九十九から連れられて辿り着いた場所は、わたしにも見覚えがある場所だった。
この森の道はほとんど風景が変わらない。
周囲を見回しても、木と草しか見えないのだ。
でも、明らかに他と違う場所もあった。
ここはそのうちの一つだ。
「ここなら誰にも気付かれないからな」
そう言いながら、九十九はコンテナハウスを出した。
確かにここならば、誰にも気づかれないだろう。
それは九十九の言う通りだと思う。
既に実績がある場所なのだ。
「あ~、なんかすっげ~、違和感」
そう言いながらも九十九は笑っていた。
緑色の木々に囲まれた自然の中に建てられたクリーム色の四角い人工物。
よく使っているコンテナハウスよりも小さくはあるけれど、それでも、この森に存在するにはちょっとばかり大きすぎる気がする。
わたしがそう思っていると……。
「悪いけど、暫くの間、ちょっとこれを置かせてくれよな」
九十九は上に向かって、そんな不思議なことを口にした。
「今のは?」
「あ? ああ、ここに棲んでいるのは精霊ぐらいだ。だから、この場所を借りるために一応、話だけはしておかないといけないだろ?」
真面目な青年は、外見の色を変えても中身は変わらない。
だが、その考え方はわたしにとっても好ましい。
確かにお邪魔するのだから、許可は無理でも、話はしておかないとね。
「ごめんなさい。暫くの間、彼と二人で、この場所を使わせてくださいね」
わたしも九十九と同じように上に向かって視えない存在に声をかける。
許してくれると良いなと願いながら。
すると――――。
ごおおおおっ!!
何故か、突風が吹いた。
「うわっ!?」
「ふわっ!?」
それも、強風には慣れているはずの九十九とわたしが煽られてよろけてしまうほどの強い風だった。
だが、頼りになる護衛は素早く腕を差し出し、わたしの身体を支えてくれた。
「も、森の中なのに凄い風だった……」
ビル風みたいなものだろうか?
「今のは、栞の言葉への返事か?」
「へ?」
だが、九十九はそんな奇妙なことを口にした。
「許可が取れたってことだろう」
「え? 拒否されたんじゃなくて?」
それは瞬間的だったけれど、風属性の耐性が強くなければ、吹き飛ばされてもおかしくないほど強烈な風だったと思う。
あれが、許可?
「どう見ても、歓迎の風だと思うぞ」
「ふっ飛ばされましたが?」
「でも、コンテナハウスは動かなかった。下級精霊たちとはいえ、この森にいるヤツらに拒絶されていれば、ふっ飛ばすことぐらいは可能だろう」
源精霊や微精霊は大気魔気と同じようなものだと聞いている。
それを思えば、確かに人間の建造物ぐらいはふっ飛ばすことができるだろう。
大気魔気というものが薄い人間界だって、台風や竜巻、ハリケーンと呼ばれる災害で、建物の壁やら屋根やらがふっ飛ばされるというニュースを見たことがある。
「先住民の許可が取れたところで、中の確認をするぞ。必要な物も後で買いに行きたいからな」
「あ、うん」
コンテナハウスを出した九十九が、すぐにその中に入ろうとするのはかなり珍しい。
彼はいつも、外で見張りの場所とか、周囲の安全性を確認してから入るのだ。
今回、それをしなかったのは、それだけこの場所の安全性を信頼しているのだろう。
「この場所で、九十九と雄也が育ったんだね」
九十九がコンテナハウスを設置したのは、以前、彼らの家があったと教えられた場所だった。
九十九たちの両親が眠る隠されたお墓を護るような場所にある滝の大きな音が周辺に響き渡っている。
わたしがこの場所に来たのは三度目だ。
一度目は、九十九を無理矢理、お墓参りさせるために湖の近くにあった崖から飛び降りて、この場所に降り立った。
二度目は、九十九が不安定な時期。
彼自身がお墓参りをしたいと望んで、この場所に来た。
そして、今回が三度目。
コンテナハウスの中を確認したら、後でさっそく、九十九のご両親とミヤドリードさんのお墓参りをしなきゃね。
わたしはそう思って、九十九の後を追ったのだった。
***
「え? ここに……?」
栞は戸惑いがちにそう確認した。
「ここなら誰にも気付かれないからな」
そう言いながら、オレはコンテナハウスを出す。
ここならば、誰も気付くことはない。
それは、オレたち兄弟はよく知っていることだった。
セントポーリア城の人間も、城下のヤツらも、この場所までは立ち入らないのだ。
まさか、湖の崖の下を覗き込むような無謀なヤツはいない。
この森では移動魔法は方向感覚が狂うため、かなり精度が怪しくなる。
つまり、一度、高い所から落ちたら、戻れるかも怪しいのだ。
飛翔魔法や浮遊魔法が使えるなら、そこまで問題はないのだが、そこまでしてこの場所に来る理由もないだろう。
「あ~、なんかすっげ~、違和感」
十年以上前にこの場所にあったのは、木で作られた小屋のような家だった。
だが、今は、分かりやすく不釣り合いな建物だ。
そのアンバランスさに思わず笑いたくなってくる。
「悪いけど、暫くの間、ちょっとこれを置かせてくれよな」
上に向かって視えない先住民たちに声をかける。
わざわざ上を向く必要もないのだが、なんとなく気分の問題だった。
「今のは?」
栞が不思議そうに尋ねてきた。
「あ? ああ、ここに棲んでいるのは精霊ぐらいだ。だから、この場所を借りるために一応、話だけはしておかないといけないだろ?」
オレがそう答えると、栞は少しだけ大きな瞳を見開いて、そして笑った。
いつもと違う髪と瞳。
でも、やはりその中身は「高田栞」だ。
「ごめんなさい。暫くの間、彼と二人で、この場所を使わせてくださいね」
栞は、オレのように上に向かって声をかけた。
こういうのって良いよな。
価値観の共有のような感じがする。
いや、それよりも、今「彼と二人で」とか言われたことに……。
オレがそんな阿呆な方向に思考を巡らせている時だった。
ごおおおおっ!!
何故か、突風が吹いた。
「うわっ!?」
「ふわっ!?」
それも、栞ほどの風属性に耐性がある人間が、煽られてよろけてしまうほどの強い風。
思わず、手を伸ばして、彼女の身体を支える。
「も、森の中なのに凄い風だった」
この場所に数年いたが、あんな不自然に発生した風に覚えはない。
それはつまり……。
「今のは、栞の言葉への返事か?」
「へ?」
オレの言葉に対して、変化はなかった。
だが、栞の言葉に反応があった可能性はある。
それがこの国の王族に対してのものなのか、「聖女の卵」に対してなのかは、現時点では分からない。
「許可が取れたってことだろう」
少なくとも先ほどの風から悪意は感じられなかった。
つまり、誰かが魔法を使ったというわけではなく、ある意味、自然現象だったと言えるのだろう。
「え? 拒否されたんじゃなくて?」
「どう見ても、歓迎の風だと思うぞ」
それも熱烈……、いや猛烈か?
「ふっ飛ばされましたが?」
栞は納得できないらしい。
「でも、コンテナハウスは動かなかった。下級精霊たちとはいえ、この森にいるヤツらに拒絶されていれば、ふっ飛ばすことぐらいは可能だろう」
それをされなかったということは、少なくとも、この場所に設置したことは認められたのだと思う。
それに森から、拒絶されたなら、コンテナハウスを建てた時点で、なんらかの変化もあったことだろう。
この森はそれだけ守られているのだ。
「先住民の許可が取れたところで、中の確認をするぞ。必要な物も後で買いに行きたいからな」
「あ、うん」
早いところ、いろいろな物を揃えて不便のないようにしたい。
勿論、事前に買い揃えてはあるが、実際、その地で使ってみて、初めて気付くことも多いのだ。
それはどの大陸に行っても変わらなかった。
だが、「彼と二人で」か。
そんな言葉を聞く機会があるなんてな。
しかも、暫くは、完全に邪魔が入らない場所で、栞と一つ屋根の下で過ごすことになるのだ。
これまでの経験から、特に何もないと分かっていても、その状況だけで、少々、浮かれた気分にはなってしまう。
いやいや、いかん、いかん!!
ここには遊びに来たわけじゃないんだ。
オレは自分の目的を思い出し、改めて気合を入れ直すのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




