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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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自然結界

「離れるなよ」


 そう言いながら、オレは栞の手をぐっと握った。

 手を取るのではなく握る、だ。


 下心に関係なく、この手は絶対に離さない。

 正直、下心が全くないとは言わない。


 それだけ、この手は柔らかくて温かくて、魅力的すぎるのだ。


「城下には行かないの?」


 オレが城下に行きたいと行っていたためか、栞はそんな当然の疑問を口にする。


「城下は後だ」


 もともと目的は城下だけではなく、この森にも来たかった。

 原点回帰というか、オレはこの森のこともよく知りたくなったのだ。


 そして、この森に関しては、兄貴からの指令もある。


 今回の指令は実にオレ好みだったので、素直に承知した。


「まず、拠点となる場所を確保する」


 落ち着くところは必要だ。


 そして、コンテナハウスを建てる場所はもう決めてある。

 今回の目的を考えれば、あの場所以外にありえない。


 そして、そのために準備したのは二人用の簡易住居だ。

 建物の中に、部屋は二つ、そして、厨房、風呂とトイレが一つずつ。


 ここで問題になるのは何か?


 そう風呂が一つなのだ。

 流石に二部屋しかない建物に、風呂を二つも付けるのは無駄だろう。


 だから、オレとしては、万一の事故が起きないように気をつけなければいけない。


 ある意味、それは青少年の夢と浪漫ではあるかもしれないが、こんな所で阿呆なことをして栞から嫌われるのは嫌だった。


「こうしてみると、不思議な雰囲気のある森だよね」


 そんなオレのいろいろな思いに気付かず、栞は周囲を見ながらそんなことを口にする。


「風属性の大気魔気が濃密だからな」


 ガキの頃は何も考えていなかったが、この森はかなり大気魔気が濃い。


 そのために、目に見える生物はほとんどいない。

 小動物どころか、森には必ずいるはずの小さな虫さえも。


 それだけ、植物以外の生物の気配がないのだ。


 それだけ大気魔気……、目に見えにくい源精霊や微精霊たちが大量にいるということを、今なら分かる。


「城下の森って近付くだけで前後が分からなくなる錯覚を起こすんだけど……」


 栞はオレに手を引かれながらそんなことを言った。


 握られる手が強まっているのが分かる。

 少し、不安なのだろう。


 思わず緩みそうな口元を気合を入れて、引き締める。


「ああ、ここは森が幻覚も見せるらしいからな」

「幻覚?」

「この森は『狂いの森』とも言われている。ミヤの話では悪戯好きな小精霊たちが多く棲んでいるらしく、入ってきた人間たちが迷う様を見て楽しむらしい」


 小精霊は精霊の中でも最も悪戯をよくする精霊である。

 小さなものから大きなものまで様々な悪戯をするのだ。


 それは神に従う存在として、人間が困るさまを喜ぶ神々にその様を見せるためという説もあるが、オレとしては小精霊たち自身が悪戯をすることが好きなのだろうと思っている。


 そうでなければ、こんな人間がほとんど寄り付かないような場所で悪戯をけしかける理由にはならない。


 神に見せるならもっと大物狙いや、人が集まるところを選ぶだろう。


 尤も、この森で迷ったまま、行方不明になったという人間はいないらしいので、ある程度楽しみ、気が済んだら、無事に森から出してはいるのだと思う。


「この森に小精霊がいるの?」

「オレには視えないがいるらしいぞ」


 言ったのはミヤだ。

 真実は分からん。


 だが、それだと納得できることも多いので、オレはそれを信じている。


「小精霊。小精霊か~」


 栞の声がどこか弾んでいる。


 そんな姿を見ているだけで、オレまで幸せな気分になるのは何故だろう?


 愚問だな。

 分からない方がどうかしている。


「大気魔気が濃密な場所を住処とするらしいから、不思議ではないけどな」


 小精霊たちが、大気魔気が濃い場所を好むのは、源精霊や微精霊たちが集まっていることが理由だと、オレは精霊遣いであるジギタリスの第二王子殿下から教わった。


 下級精霊たちは単体では大変、弱い。

 だから、お互いを護り合うために集団となる。


「そうなると、城にもいるのかな?」


 確かに城は大気魔気が濃い場所に建てられている。


 栞の疑問は当然だが……。


「どうだろう? 城は人間たちの領域だから、いないと思うが……」


 精霊たちは人間に悪戯をしたりはするが、人間たちを好んでいるわけではない。


 寧ろ、自分たちの領域に来ることを拒もうとするのは、あのリヒトと出会った「迷いの森」の長耳族たちを見れば分かるだろう。


 尤も、長耳族たちは人類の歴史上でも、その扱いが酷いために人間不信になっている可能性の方が高いが。


 それに単純に大気魔気が濃い場所に集まるなら、アリッサムの王族たちが精霊に嫌われやすい理由には結びつかない。


 アリッサム城があった場所は、この世界で一番、大気魔気が濃い場所と言われていた。

 耐性がなければ、それだけで、濃密な魔力の気配に()てられるとも。


「この森が小精霊の悪戯で幻覚を見たり、方向感覚が狂ったりするのなら、リヒトと出会ったあの『迷いの森』もそうなのかな?」

「あの『迷いの森』もそうだろうな。まあ、あの場所は小精霊じゃなくて、もっと上の長耳族たち自身がそうしていた可能性もあるが……」


 あの「迷いの森」はこの森よりもずっと結界が強かった。

 特にヤツらの集落は、中に入った栞の気配すら断ち切ったのだ。


 あの時、オレの意識がはっきりしていなくて良かったと思っている。


「ただの自然結界ってわけでもなかったんだね」

「自然結界と小精霊の悪戯は別物と言われているが、確かに繋げられなくもないな」


 自然結界の中で小精霊たちが悪戯をしているのか、小精霊たちが悪戯していたから、自然結界となったのかは分からない。


 恐らく前者だとは思っている。

 小精霊たちだって、人間たちに悪戯することに危険を覚えないわけがないのだ。


 短気な人間はどの世界にもいる。


 それが人間たちの中でも高位の……、王族と呼ばれる人間となれば、小精霊ぐらいは簡単に消滅させることが可能なのだ。


「なんで九十九や雄也は道が分かるの? この森に住んでいたから?」

「いや、オレたちが森の中を行き来するようになったのは、城に行ってからだ。それまではずっと、家の周辺しか行ったことはなかった」


 ミヤが移動魔法を使わずに、城下と城を行き来しろと言ったのだ。


 だが、不思議なことにオレも兄貴も、森の中で無駄に迷子になったことはない。


 始めから最短距離を行けたらしいし、それ以外のルート開拓もできた。


 あれには、ミヤからも驚かれて、同時に面白がられた覚えがある。


「まだ三歳児だったからな。行動範囲の狭さに疑問も持たず、周辺で父親や兄貴と過ごすだけの日々だった」


 家の周辺と、近くにある滝の周辺。


 立つのも覚束ないようなガキの遊び場所としてはどうかとも思うが、滝から近くに流れる小川で兄貴と遊んだ覚えもある。


 これまで忘れていたのに、結構、思い出せるもんだな。


「食事とかはどうしていたの?」

「父親はたまに出掛けていたから、城下には出ていたのだと思う。この森での自給自足は限度があるからな。家の周辺に生えていた植物は苦い薬草ばかりで、まともに食えるモンはほとんどなかった」


 少なくともアレは生で食うもんじゃねえ。

 だが、何もなくなった時、生で食うしかなかった。


 いろいろ苦い思い出である。


「今の九十九なら料理できちゃうのでは?」

「どうだろうな」


 栞はあの頃のオレを知らない。

 父親が死に、シオリに助けられるまで、空腹で目を回していた時期。


 自分で道を切り開くことも、道を探すこともできなかった。


 だが、そうだな。

 今のオレなら、なんとかできるだろう。


 少なくとも、あの頃よりは心身共に成長した自覚はある。


 そう思うと笑いが自然に出た。


 あの頃のオレに言ってやりたい。


 不幸という言葉すら知らなかった時代。


 親兄弟から与えられることだけが全てで、自分で考えることもしなかったし、できなかったクソガキ時代。


 それからたった15年ほどで、オレは幸せという言葉とその意味を知ることができたぞ。

 ざまをみろ。


 だから、いつまでも思考放棄してないで、とっとと(そこ)から這い上がれってな。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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