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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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落ち着かない気持ち

「なんで、オレ、兄貴にトルクが合流する前の間に、少しだけセントポーリア城下に行きたいなんて言っちまったんだろう」


 九十九が珍しくそんな迷いを見せる。

 それだけ、今の自分にいろいろと納得できないものがあるのだろう。


 雄也さんの指定によって、銀色の髪、青い瞳になっていることもどこか気に食わないようで、いつもはもっと落ち着いている穏やかな体内魔気がやや乱調気味のようだ。


「わたしも行きたい所だったから、ちょうどいいよ」

「あ?」


 九十九が雄也さんに「少しの間セントポーリア城下に行きたい」と言ったのを知って、正直、渡りに船だと思ったぐらいだ。


「セントポーリア。城は無理でも城下や城下の森には行きたいなと思っていたところだったからね」


 流石に現状では余程のことがない限り、城に行くことは止めた方が良いということは分かっている。


 数カ月前に城に行くことになったのは、いろいろな思惑が重なった結果だ。

 普通なら、簡単に行ける場所ではないだろう。


「なんでセントポーリアに?」

「モレナさまとの会話で思うところがあったんだよね。ある意味、始まりの場所だというのに、わたしは何も知らないって」


 いくら苦手な国だし、避けたいからって何も知らなければ対策もとれない。


「母が呼ばれた国であり、自分が生まれ、少なくとも5歳まではそこで過ごした国でもある。『封印の聖女』の出身国でもあるし、過去に『聖女候補』でもあった幼い王族が殺されてしまった国でもある」


 それらについては、モレナさまが語らなければ知らなかったこともある。

 知る機会はなかったわけではないのに。


「九十九と雄也に出会った国でもあるらしいし、人間界に行くきっかけになった国でもある。さらには、王子殿下から逃げるために、簡単には戻れない国にもなった。そう考えると、かなり特別な国だよね」


 そんな特別な国だというのに、知らないままでは何も始められない気がした。


「まあ、普通の国ではないな」


 九十九が同意してくれる。


「だから、もうちょっと現地観光をしておきたいなと思ってね」

「おいこら。観光って言うな」


 また九十九の気配が落ち着かなくなった。

 ちょっと不安定な感じ。


 いつもより冷たさを覚える青い瞳でギロリと睨まれたが、怖くはない。


 いつもと違う姿をしていても、やっぱり、わたしにはいつもの九十九と変わらないように見えるから。


「どうせなら、今の状況も楽しもうよ」

「あ?」

「『聖女の卵』の我儘に付き合う護衛さん? そんな風に眉間に皴を寄せてピリピリ、カリカリしていたら、周囲も警戒しちゃうんじゃないかな?」

「おお。気を付ける」


 わたしの姿もいつもと違う。


 濃藍の髪、緑の瞳の「聖女の卵」モード。

 そして、この国でその色合いをした女が「聖女の卵」だと知る人間は神官ぐらいだ。


 まあ、王族も知っているかもしれないけれど、この国の王族は城下までは下りないと聞いている。


 最も警戒すべき王族である王妃殿下は庶民に興味はないし、王子殿下も同様らしい。


 王子殿下は城下の森まで来ることがあるけれど、それは天馬を連れていないと無理だという話だし、天馬を城下の人間たちに見せることはないと雄也さんが言っていた。


 国王陛下は昔、城下まで散策することが好きだったけれど、今は、立場上、それも適わないと嘆いているらしい。


 だから、今のわたしのこの姿で手配書にある「ラケシス」や「シオリ」に結び付けられる人は、この国では母ぐらいだろう。


 でも、もしかしたら、国王陛下は……気付いてくれるかな?


 王子殿下は気付かないと信じている。


 ある程度、わたしに親しい人でもすぐに分からないぐらいの顔なのだ。

 改めて、化粧、怖い。


「それにしても、雄也も思い切ったことを提案するよね。大聖堂を経由して、『聖女の卵』として、セントポーリア城下にこっそり滞在しておいで……とかさ」


 やはり、行く先々で様々な人の懐に潜り込むような人間は、その提案も大胆だ。


 九十九が望んだからと言って、わたしまでそこに行っても良いと許可するなんて。


 もしかしたら、雄也さんは気付いていたのかな?

 わたしが、セントポーリア城下に行きたいと思っていたことに。


 いや、あそこまでモレナさまが話したなら、気になるじゃないか。


 わたしがそうなるのを見込んで、しつこいぐらいに「封印の聖女」や、「聖女候補」たちの話を何度もしたのかもしれないのだけど。


 そして、そのための「聖女の卵」の姿なのかもしれない。


 「聖女の卵」が、世界的にも有名な「聖女」の国を、非公式でこっそりと訪れること自体は、そんなに不自然ではない気がする。


 公式にしてしまうと、また「聖女認定」の話が浮上したりするだろうからね。


「まあ、大聖堂を経由した方が、『聖女の卵』は今も隠れ住んでいると思わせられるから、ちょうど良いだろう」


 そう言いながら、九十九がわたしに手を差し出す。


 銀髪碧眼の姿は正直、ときめくけど、慣れない。

 いつもの黒髪、黒目の九十九の方が良い。


 でも、この国にいる間は仕方ないのだ。


 それに、昔、ストレリチア城下で見た女装姿よりは多分、マシだろう。


「今回は悪いが、お前を付き合わせるぞ」

「良いよ。お付き合いしましょう」


 九十九の手を取りながら、そう口にする。

 付き合わされているというよりも、付き合わせているという感覚の方が強い。


 なんで、九十九がこれまで興味を持っていなかったセントポーリア城下に、行きたいと願ったのかは分からないけれど、一緒に行動している間に分かるだろう。


 ついでに、わたしが気になるところにも連れて行ってくれれば万々歳だ。


「体調はどうだ?」

「よく寝てスッキリしたよ」


 目をこすらないように注意する。


 今のわたしは「聖女の卵」状態。

 ちゃんと化粧をしているはずなのだから。


 わたしは、国境を移動するたびに、体内魔気が激しく入り乱れる体質らしい。


 だから、リプテラにある聖堂から、大聖堂とセントポーリア城下の聖堂と移動する前に、九十九から薬を渡され、眠ることになった。


 どんな形でここに連れて来られたのかを深く考えてはいけない。


 最近の九十九はわたしを荷物扱いしなくなったし、化粧もしているから、お姫さま抱っこだとは思うけど、それをこの国の聖堂にいる神官さんに目撃されちゃっているわけだよね?


 この世界では、「聖女」に処女性は関係ないとは聞いている。

 でも、神に仕える身である以上、その身も心も清らかであれと求められているとも思っている。


 いや、「聖女」は、人の身で神の遣いとされる「神子」のようなもので、神に仕える「神女」とは全く違う存在だけど、神官目線では似たようなものだ。


 それなのに、男に抱き抱えられていた「聖女の卵」のことをどう思っただろうか?


 しかも、他に連れがいない以上、二人っきりでお出かけしている図にしか見えないわけで、そうなると、この状況も妙に意識してしまう。


「はて? 今回は、同室?」


 いや、九十九とは同室どころか、一緒の布団に何度も収まっている仲でもある。


 でも、そこはちゃんと確認しておかなければいけない。


「いや、栞が寝ている間に休む場所として、ここは一時的に借りただけだ」


 どうやら、セントポーリア城下に滞在中はこの部屋で宿泊するわけではないらしい。


「基本的に、今回、寝泊まりする場所はコンテナハウスを使う」

「おや」


 城下という宿泊施設もばっちりあるような場所で、簡易宿泊場所となるコンテナハウスを使うのはかなり珍しい気がする。


「幸い、近くに天然の結界があるんだ。そこを利用しない手はない」

「天然の……結界?」


 そんな場所なんてあったっけ?


「すぐ近くにあるだろ? 自然に作られた結界。そこに入り込んだ人間が正しい道順を通らなければ迷ってしまう場所が」

「え? 城下の森?」

「そうだ」


 そう言えば、あの森は自然結界だと聞いている。


 城下から城への無断侵入者を排除するためにあるとも言われているけど、その真偽は分からないそうだ。


 そして、その森は、正しい道を知らない人間が迷い込めば、数時間経っても抜けられないことは……、身を以て知りました。


「あそこって、コンテナハウス使えるの?」


 結界だと魔法制限があるのではないだろうか?


「あのリヒトと出会った『迷いの森』みたいに視界に入らない場所の方向感覚は狂うが、魔法の制限はない」


 ああ、あの「迷いの森」の結界と似たようなものだとも言っていたね。

 それなら、ある程度の魔法は使っても大丈夫なのか。


 わたしもあの「迷いの森」では魔法を何度も練習して、無駄に大きな風魔法(たつまき)を使えるようになったのだった。


「城下の森のどこにコンテナハウスを建てるの? あの森、王子殿下が来るよ?」


 変装しているとは言っても、あそこで見つかるとかなり面倒なのではないだろうか?


「ああ、そこで目を付けられたんだったな。だが、あの王子も森を熟知しているわけではない。だから、大丈夫だ」


 そう言いながら、九十九が笑った。


 その青い瞳はいつものように細められる。

 いつもと同じ顔と表情なのに、その瞳の色と髪の色だけで随分、印象が違うものだ。


 でも、見続けたいのに見ていたくもない顔だった。


 これは九十九が悪いわけではない。

 単純に見慣れないのとも違う。


 この顔で、この髪色で、この瞳の色の九十九は本当に、夢の中で何度も視せられているあの王子さまによく似ているのだ。


 夢の中では、たまにしか天然色(フルカラー)にはならなかった。

 基本的にあの時代の夢は、単色(モノクロ)か、暗褐色(セピア)調の風景。


 だけど、その仕草は覚えている。

 誰よりも、「封印の聖女」さまを大切に愛した男性。


 そんな何度も夢に視続(みつづ)けていた王子さまが、自分の目の前にいるような錯覚を起こしてしまっているだけだと思う。


 それは、モレナさまが言うように、あの人が、わたしの夢に何度も現れた結果だろう。


 そのために、どうしても、感情が、引き摺られそうになっているのが、自分でもわかる。


 この胸にあるモヤモヤは、本当に一時的なもので、いつかちゃんと消えてくれるのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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