色の組み合わせ
オレは兄貴にセントポーリア城下に行きたいと告げた。
その結果、いくつか条件が出された。
まあ、早い話がお使いだった。
だが……。
「どうしてこうなった?」
目の前にいる濃藍の髪を揺らしている女に向かってそう言った。
「九十九がそう望んだからじゃないかな?」
翡翠の瞳をこちらに向けながら困ったように女は答える。
栞だ。
いつもの黒髪、黒い瞳から、その次に見慣れた色合いの髪と瞳。
そして、不自然ではない程度の化粧をしている。
早い話が、ストレリチアで知られている「聖女の卵」の姿となっていた。
「オレはこんな状況を望んじゃいない!!」
苛立ちを隠しきれずにそう叫ぶ。
「でも、現状では仕方なくない?」
だが、そんな栞の正論で抑え込まれた。
「わたしが付いてきたのがそんなに嫌だった?」
「お前が来る分には良いんだよ」
寧ろ、それが一番良い形だろう。
「いつもと違って、水尾さんや真央さんを護るのはトルクからの正式な依頼だ。だが、彼女たちをここに連れてくるよりは、オレはお前と一緒の方が良い」
水尾さんと真央さんはアリッサム城発見の報が伝わっているために、下手にあの場所から下手に動けなくなっている。
だが、オレはここに来たかった。
そうなると、アリッサムの双子の王女殿下たちは兄貴が護るしかなくなる。
「そうなの?」
因みに栞には、アリッサム城発見の報が全世界に広報されたことはまだ伝えていない。
そのために不思議そうな顔をした。
だが、オレが苛立っている理由は別にある。
「なんで、この姿なのか!? ってことだよ!!」
オレは今、銀髪に青い瞳となっていた。
この国で変装の必要がある栞はともかく、三年前まで変装をしていなかったオレとしては、そこが不服だった。
「黒髪、黒い瞳で雄也に似ている容姿の人間がこんな場所にいたら、目立つからじゃないかな?」
「オレはそんなに兄貴に似てねえぞ!?」
黒髪、黒い瞳ってだけで兄貴と結びつける人間はそう多くないだろう。
そんな人間はこの広い世界を探せば山ほどいるのだ。
それに、この国にいた時の兄貴は、髪が長かった。
結べるほどだ。
そして、今も、オレよりは長い。
それだけで、印象は結構違うはずだと思う。
「いや、結構、似ているからね」
そんなオレの言葉を呆れたように否定する主人。
「兄貴とは目も違うし、鼻も違うし、口も違うし、輪郭も違うだろ?」
確かに同じ遺伝子が入っているのだから、多少は似ているかもしれないが、その配置がやや違う。
悔しいが、あちらの方が完成度が高いのだ。
「双子である水尾先輩と真央先輩でも全く一緒じゃないよ」
栞は肩を竦める。
「少なくとも、九十九と雄也は兄弟だけあって、他人よりはずっと似ているとわたしは思っているよ」
「ああ、体内魔気は似ているけどな」
栞はオレの体内魔気に鋭くなっている。
だから、兄貴と似通った部分を見ているのだろう。
「その色合いはご不満?」
「どっかの王子に似ていて少し嫌だ」
この色合いでなければそんなに抵抗はなかった。
「どっかの王子? クレスノダール王子殿下?」
「ああ、クレスノダール王子殿下も同じような色合いだったけど、そっちじゃない」
確かに銀色の髪だが、その雰囲気が全く違う。
「どこかの占術師が、色狂いって称したヤツだよ」
「……ああ」
オレがそう言うと、栞は理解してくれたようだ。
普段はそう思わないが、この色にしただけで、あの時、カルセオラリア城下であった傲慢なクソ王子に少しだけ似ている気がして嫌になる。
いや、それ以上に……。
「そんな色だったの?」
栞の言葉で思考が中断される。
そう言えば、栞はあのクソ王子と会ったことはなかったな。
そして、今後も会わせる気もそんな予定すらない。
少なくとも、女の目で見ても「色狂い」と言いたくなるような相手に主人を会わせたいと思う護衛などいるはずもないだろう。
「クレスノダール王子殿下の色合いは少し赤みのあるシルバーアッシュ系だろ? これはアイスシルバー系だ」
「アイスシルバー……」
薄い水色がかったどこか冷たさを感じるような銀色だ。
オレは同じ銀なら、クレスノダール王子殿下のような色の方が好きだった。
「そんなに嫌なの?」
「あの色狂いに似ている色合いも嫌だし、何よりもこの姿は、あの薬を飲んだ時そっくりだろ?」
「あの薬?」
「カルセオラリア城でトルクに飲まされた薬だ。あの時のオレの姿に似ているから嫌だ」
「ああ、努力の神ティオフェさまね」
笑いながらそう口にする栞を見て、少しだけ不快な気分を覚える。
栞は気付いているだろうか?
その神のことを語る時は、いつもよりずっと嬉しそう……というよりも幸せそうな顔をして少しだけ頬が染まっていることに。
創造神を含めた他の神々について語る時は、淡々と、まるで解説書を読むような口調なのに、ティオフェって神の名を口にする時だけ、表情が全く違うのだ。
それ以外では栞の祖神である導きの女神のことを口にする時も確かに違うのだが、それはどこか複雑な心境が見て取れるものである。
そう思えば、栞の中で、努力の神という存在が、自分の祖神と同じかそれ以上に意識するものだということが分かるだろう。
「特定の神の姿なんて正神官以上でも知っているもんじゃないから気にする必要はないんじゃないかな」
そんなオレの複雑な心境に気付かないまま、そう言うが、栞はその努力の神の容姿を知っている。
オレの祖神と思われる、努力の神ティオフェ。
カルセオラリア城内で、トルクスタン王子から妙な薬の治験者にされた時に、オレはその姿となった。
今のオレよりも背が高く、身体も鍛えているような肉体。
そして、それを見つめる金髪で橙色の瞳をした女神の姿になった栞のその目には、明らかにいつもと違う種類の熱が籠っていたのだ。
自覚がなかった時にもあれだけモヤモヤしたものが胸の中に広がっていたのだ。
自覚をした今、この胸中に広がるドス黒い感情が分からないはずもない。
恥ずかしいほど分かりやすい嫉妬だ。
「それに、その色指定は雄也からの指定されたものだったでしょう?」
「だから、余計に気に食わねえんだよ!!」
リプテラから離れ、セントポーリア城下に行く条件の一つにオレと栞の髪と瞳の色を変えろというものがあった。
その色に珍しく指定があったのだ。
栞は「聖女の卵」の見た目に。
そして、オレは彩度の高い銀色の髪に青空の瞳。
「確かにあの時もそう言っていたね」
「兄貴は何のためにこんな格好をさせたんだ……」
これまでにも色を変えたり、なんなら、女装すらしたことがある。
だから、自分の姿を変えることに抵抗があるわけではないのだ。
単に、この姿が不服なだけ。
栞がオレを見る瞳にいつもと違う何かを感じるのが嫌なだけ。
そして、それが分かっていても、ガキのような嫉妬心を容易に抱いてしまう自分の単純さが恨めしいだけなのだ。
「それだけ、九十九の行先が問題だったからじゃないかな」
「確かに兄貴を知る人間が多いのは事実だが、ここまでする必要があるか?」
セントポーリア城下に兄貴が頻繁に足を運んでいたのはオレと同じようにガキの頃だったが、15歳以上になってからも城下に顔を出していなかったわけではなかったらしい。
オレと違って、この世界から完全に離れることをしなかった兄貴だ。
それ自体は納得できる。
だが、今のオレがそこまで兄貴に似ているとは思えない。
「三年前は問題なかったのに……」
三年前、セントポーリア城下で一ヶ月過ごしていた頃は、オレだけがその姿を変えなかった。
栞とその母親である千歳さんはその髪と瞳の色を変えることになったのに。
「それだけ成長したってことじゃないかな」
栞はそう言いながら無邪気に笑っている。
いつもは黒髪、黒い瞳。
以前、セントポーリア城下で生活していた時は亜麻色の髪で薄紫の瞳だった。
だが、今は濃藍の髪、翡翠のような緑の瞳。
完全なる「聖女の卵」仕様だ。
栞は今、「聖女の卵」として、そして、オレはその護衛として、付き従うことになっている。
尤も、今回に限っては、栞がオレに付き添っているのだが。
「なんで、オレ、兄貴にトルクが合流する前の間に、少しだけセントポーリア城下に行きたいなんて言っちまったんだろう」
オレはそう溜息を吐くしかなかったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




