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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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震える報告

「これらの様子から、当分、トルクは合流できそうにないらしい」


 目の前に重ねられた合計40冊の報告書をオレが読み終えたのを確認した後、兄貴はそう結論付けた。


「その結論を伝えるためだけに随分、回りくどいことをさせたもんだな!?」


 分厚い冊子ではないが、その全てが10ページを超えているものばかりだ。


 あの精霊族たちの島に常駐することになった正神官とその娘はどうも大袈裟な表現が好きらしく、「精霊族たちがこちらを見ている」という表現を書き記すだけでも「大いなる神々から遣わされた者たちは生命力に溢れた鋭く射貫くような眼光を矮小なる人間である自分に向けている」と書いている。


 オレは小説を読んだのか?

 確か、あの島の報告を読もうとしたはずだが。


 そして、父親が父親なら、娘も娘だった。


 トルクスタン王子の髪を表すのにも「茶色の髪が風に揺れて」と表記するだけなのに、「まるで色濃い茶色の実(ツンシェルク)のような鮮やかな色合いの艶やかなる髪が、愛らしい風の精霊たちの悪戯によってゆらゆらと揺らめく様は」などと書かれても困る。


「小説家でもこんな大袈裟には書かないと思うぞ」

「神官は神々を形容する言葉が大事らしいからな」


 ああ、そうか。

 ヤツらは神官としての教養豊かな正神官と下神女だった。


 それなら、この大袈裟な表現も仕方ないのか。


 そして、こんな文章でも内容は伝わらなくもない。

 だが、これを毎回読まされる兄貴はたまったもんじゃねえだろうな。


「トルクの報告書の方は?」


 この様子だと、それもあるのだろう。


「あるが、ヤツの文章能力に期待するなよ」


 そう言われてスカルウォーク大陸言語で書かれたものを差し出される。


 うん。

 昨日、読んだ栞の箇条書きよりも纏まりがなく分かりにくいものだった。


 読めなくはないが、要点を絞りづらい。


「王族に文才を期待してはいけないということか?」

「セントポーリア国王陛下は文章を纏める力はあるぞ」


 兄貴から言われて、セントポーリア城内で見た国王陛下の事務処理能力を思い出す。


 事務仕事に強い王族とそうでない王族はいるらしい。


「それに、普段の栞ちゃんは文章を上手く纏める。真央さんや水尾さんも中学、高校と生徒会の役付きをやっていただけあって、なかなかだぞ。グレナディーン王子殿下やケルナスミーヤ王女殿下も資料の纏め方はお上手だ」

「トルクは、報告の纏め方が苦手なだけだってことはよく分かった」


 そう言えば、カルセオラリア城でも従者が記録を付けていたな。


 そして、近くにいる栞や水尾さんと真央さんの文章はともかく、何故、ストレリチアの王族の資料の纏め方まで知っているのかを疑問に思ってはいけないのだろう。


「いや、俺に対する報告書の書き方が稚拙なだけで、真央さんに宛てた愚痴の方がよく纏まっている」


 そう言って、封書を差し出されるが、どう見ても、それは私的な手紙のようなものではないだろうか?


「これは読んでも良いものか?」

「受け取った当人からの了承は得ている」

「書き手の意思は?」

「所持者からの了承があれば問題はないだろう?」


 兄貴はそう笑うが、書き手もまさか第三者に手渡されることを想定はしていなかったのだろう。


 当然ながら、先に読んだ報告書よりも書き方が随分、砕けた表現になっている。

 だが、確かに先ほどの文章よりは状況も分かりやすかった。


 この分だと水尾さんにも送られているのだろうか?


「しかし、まだウォルダンテ大陸の人間は来てもいないのか」


 トルクスタン王子の手紙からはそれがはっきり窺い知れた。


「ネズミは数匹入り込んだらしいがな」


 兄貴が浅く笑う。


 正神官とその娘の手紙からは、聖堂内の「聖運門」を通って、数名の下神官が出入りしたことが伝えられている。


 誰かの使いを名乗っている者ばかりだが、その中には怪しい人間もいたようだ。


 だが、例の正神官は法力や神力の有無を的確に見抜く眼を持っている。


 だから、法力も神力も持たず、下神官の服を着て島に入り込もうとした人間がいたのもあっさり見抜いたのだ。


 神官として最下級である見習神官の衣装ぐらいなら、神導(しんどう)を受けてない人間でも身に着けることは問題ないらしい。


 法力を持たない信者の見習神官体験なんてものもあるぐらいだ。

 だが、それは見習神官たちが大聖堂内の通路までしか立ち入れないためである。


 大聖堂内の部屋に入り込んで雑務をこなせるようになる準神官以上の衣装となれば、神官でもない人間たちが着ることは許されていない。


 そんなことができれば、スパイが大聖堂内に入り込み放題となってしまうからな。


 それは大聖堂より各国に伝達され、一般にも流布されているほど有名な国際ルールである。

 そして、準神官以上の神官で法力を持たない人間は皆無だ。


 つまり、下神官の服を着て島に乗り込んできた愚者(一般人)がいたらしい。

 それを見抜いたあの正神官が取り押さえたそうだ。


 意外と強かったんだな、あのおっさん。


 国際的規則では、準神官以上の立場にある神官に変装するなどの騙り行為となれば、それが各国のどんな地位の人間であっても、大聖堂預かりの身となる。


 後は、まあ、大聖堂内にいる人間たちによって裁かれるだろう。


 特に今回のあの島は、大神官が就任後、初めて建立した聖堂でもある。

 そうなると、神官を騙った愚か者を裁くのは、あの大神官となる可能性が高い。


 見習神官ではできることが限られているからと言って、何故、よりにもよって下神官の服を選んだのだろうか?


 あの島は人間が住むには不自由だからと思って、実力のない正神官が左遷されたとでも思っていたのだろうか?


 甘すぎる考えだ。

 あの大神官がそこまで凡庸であるはずがないのに。


 聖堂を通してスパイを入り込ませるなら、情報国家の人間は法力の素養のある人間、もしくは、神導を受けた神官を使うだろう。


 法力や神力は王族であっても誤魔化すことができないのだ。


 仮に法具を身に着けたとしても、内部から(天然モノ)外部から(外付け)では気配の種類が違うらしい。


 それを知っているはずの情報国家の人間が、そんな基本的な愚を冒すはずがない。


 まあ、つまりは、それ以外の、どこか別の国の人間が様子見に行かせたということになる。


 タイミング的には、恐らくウォルダンテ大陸の人間だとは思うが、阿呆な手段を選んだものだな。


 わざわざあの大神官相手に喧嘩売るとは。


 万一、ウォルダンテ大陸の人間の高位の人間だったら、国際批判、待ったなしだ。


 島に正式な遣いを寄こすよりも先に、神官を騙ったヤツを聖堂に送り込んだことになるのだからな。


 大神官の酷薄な笑みが頭を(よぎ)って、思わず身震いした。


「風邪か?」


 それに気付いた兄貴が声をかけてくる。

 知らない人間が見たら、それは兄が弟を気遣う図だろう。


 だが、そうではない。

 使える人間が、一時的にでも減ることを嫌がっているだけだ。


 おかげで、オレは人間界でもあまり体調を崩さなかった。


 医学書を読み漁ったのもあるし、健康にも気遣っていたこともあるだろう。

 あるいは、人間界で初めて行った病院で、いきなり座薬を突っ込まれた恐怖か。


 いや、そんなことはどうでもいい。


「この報告内容を読んで、全く震えない男がいるかよ」

「ああ、あまりにも笑えるからな」


 大神官ではなく、兄貴の酷薄な笑みを見る羽目になった。


「それで?」

「あ?」


 兄貴の短すぎる問いかけの意味が分からず、半端な聞き返しとなる。


「トルクの合流時期を確認して、お前は何を企む?」

「あ~、ちょっと出かけたい」


 兄貴の顔色を確認しながらそう言った。


「期間は?」

「一週間は欲しい」


 実際、そんな短い期間で何ができるか分からない。

 だが、二、三日で調べるよりはずっとマシだ。


 下手に動けない今だからこそ、この町で無駄に時間を潰すことを考えるよりは、その現地に行って調べたいことができたのだ。


「一週間……」


 兄貴が考え込んだ。


 今の状況は割と平和だ。

 だが、危険がないわけでもない。


 しかも、今は栞だけでなく、水尾さんと真央さんの護りもトルクスタン王子から正式に頼まれている。


 まあ、魔法が不自由な真央さんはともかく、水尾さんの方はあまり護りを必要としないが、今の状況は、アリッサム城が発見された直後だ。


 この大陸で、黒髪と黒い瞳の人間は珍しくないが、流石に双子となれば目立つし、アリッサムの双子の王女と無理矢理結びつけようとする人間もいるかもしれない。


 そのため、二人は今、この宿からほとんど出ない生活を余儀なくされることになっていた。


 出掛ける時は、一人ずつだ。

 二人並べば、髪や瞳の色を変えたところで気付く者もいるだろう。


 それだけ、あの双子の顔は似ているのだ。


 そのために、真央さんは兄貴を、水尾さんはオレを指名して外に出ている。


「行先は?」


 兄貴が顔を上げた。


 だから、オレははっきりと告げることにした。


「セントポーリア城下だ」


 自分の生まれた地に行きたいと。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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