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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界新生活編 ~
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緊急避難信号

「兄から、緊急信号が届きました」


 九十九は、千歳にそう告げた。


「そう……。通常の通信ではなく信号って辺りが雄也くんの方にも余裕がない状況というのが分かるわね」


 長い髪をかきあげて、千歳は大きく息を吐く。

 確かに予定とは違うが、それでも考えられていたことではあった。


 だから、彼女に迷いはない。


「仕方ないわね、栞。ちょっと来なさい」

「は、はい」


 そう言って、千歳は自分の娘と共に近くの部屋へと行く。


「なんかよく分からんが……、非常事態って事か?」


 水尾は頭を掻きながら、九十九を見る。


「そうですね。それも、かなり切羽詰った状況ってところのようです」


 九十九は握っていた通信珠を見ながらそう言う。


 通信珠はいつものような色ではなく、紅く光っていた。


「じゃ、纏めていた荷物を抱えて、とんずらすれば良いわけだな」

「それは、オレが持ちますよ」


 そう言いながら、九十九は千歳たちが入った部屋へと視線を向ける。


「何の話だろうな」


 水尾も2人が消えた部屋の扉を向き、そう言った。


 明確な答えを期待したわけではない。

 単純に、この状況で沈黙が落ち着かなかっただけだ。


「別れ話ですよ」

「は?」


 だが、九十九はあっさりと答える。


 しかも……、誤解を招きそうな言葉で。


「オレたちは千歳さんまでは護れないんです。二人では手が足りない。高田が魔法を使えないから。だけど……、本妻が狙うのは間違いなく高田の方だと、兄も言っていたし……、オレもそう思っています。弱点を突くのは()()()()()()()()()()


 それは、既に相手のやり方を理解しているような口ぶりだった。


「聞いた限り、なんだか性格悪そうな相手だな。まあ、確かに本家を乗っ取る可能性があるのは母親より高田の方……か……」


 水尾の方もそう納得する。


「じゃあ、母親の方はどうするんだ? このままこの家に留まるのか?」

「そんな危険なことはしませんよ。ちゃんと安全なところでしっかりと匿ってもらいます」


 護るべき人間たちが僅かでも危険に晒されるなど、そんなことは自分以上にあの兄が許さないだろう。


 九十九はそう思っている。


 因みに……、当然ながら、兄にとって弟はその「護るべき人間たち」に該当しないらしい。


「安全なところ?」

「はい。高田の父親とされる人の傍に」

「は?」


 笑みを浮かべて顔を上げながら、そう答えた九十九の言葉の意味が分からず、水尾は聞き返す。


「そのために事前にかなり強力な結界をそこに張らせてもらったらしいです。この国の魔法具では気配で分かってしまう可能性があるので、法力国家ストレリチアより法具を取り寄せて……。いや、神具だったかな? 人を一人ぐらいなら、完璧に隠せる代物だと聞いています」

「…………マジか?」

「マジです」


 どこか信じられない台詞を聞いた気がしたため、念のため確認した水尾の言葉に、九十九は頷く。


「神具級の法具なんて、そう簡単に手に入るもんじゃねえだろ? それも、その手の結界道具なんて」


 法力国家ストレリチアは、確かに法力が籠った道具を販売している。

 だが、神具級となれば、王族であっても容易には手に入らないはずだ。


「兄の本気です」

「……こわっ」


 水尾の口から素直な言葉が飛び出す。


「千歳さんの私物は既にほぼ運び込んでいます。この家に残っているのはもう大したもんじゃないらしいですよ」


 既に、準備が済んでいる辺り、この状況は兄弟にとって予測の範疇だったのだろう。


「この家はどうするんだ?」

「元々ここは使い捨てる予定でした。後は兄に任せます」


 他国とはいえ、家一軒が決して安い買い物ではないことぐらい、水尾も理解している。


 それをあっさりと使い捨てると言いきれるこの兄弟の感覚がどこかおかしいことも。


「……お前たち、なんでそこまでするんだ?」


 思わず、水尾はそう尋ねていた。


 九十九は一瞬、不思議そうな顔を見せたが……。


「それだけの恩があるんですよ。あの2人には……。片方はそのことを全く覚えていませんが、それでも、オレたちはずっと忘れない」


 そう口にしながら九十九は、少し水尾から目線を逸らす。


「そこまでくると……、幼馴染の義理って言うより、騎士の忠義だな」

「それは褒め言葉として受け取ります」


 そう微笑む彼と似たような顔をする人間に水尾は見覚えがあった。

 どこまでもそれしか見えない愚直で頑固な黒髪の男の姿が重なった気がした。


 そんなどこか奇妙な既視感を覚え、彼女は頭を振る。


「あ~、追っ手がかかる可能性は?」

「兄の見立てでは五分(ごぶ)らしい。もぬけの殻となったこの家を見て、諦めれば良し。駄目なら、本気でトウソウするまでですよ」

「逃走? 闘争?」

「状況に応じてお好きなほうということで」


 その言葉を聞いて、二択になったことに九十九は苦笑する。


 彼は「逃走」の意味で使ったからだ。


「どうせなら、ただ逃げるのは性に合わないんだよな~」


 それは、これまでの水尾の話を聞いていたら納得できることではあった。


「現時点では大きな騒ぎを起こしたくはないので、城下を抜けるまでは我慢してくださいね」

「了解。あ、じゃあ、この家に幻影魔法でもかけておくか?」

「いえ、この家の住人が逃げ出したことは伝えなければいけませんので」


 さり気ない言葉だったが、水尾が家に対して、幻影魔法を使えることに九十九は感心した。


 幻影魔法は基本的に、人間に対して使うことが多く、建物に施すような使い方は一般的ではないのに。


「いろいろ面倒だな。それらも先輩からの指示なのか?」

「まあ……、そんなところです」

「高田の母君は来ないって話だけど、その……、安全なところとやらに当人が直接向かうのか?」

「いえ、兄が迎えに来るはずです。それまではここで待機していただきます」


 九十九は事前に打ち合わせていた内容を確認するかのように思い出しながら水尾の質問に答えていく。


「ここって、今から追っ手がかかるんじゃなかったっけか?」

「はい。だから、暫くは姿を消して待っていてもらいますよ」

「は~。でも、それじゃ、感知に優れたヤツがいたらバレるんじゃね?」

「この国でそこまで敏感な人間がいるとは思えませんが、魔法で姿を消すわけじゃないんでその辺は大丈夫ですよ」

「魔法以外?」


 水尾は純粋に疑問符を浮かべる。


「なんか知人からもらった薬とか……」

「薬? 魔界でそんな薬があるのか?」

「兄の交友関係は幅広いので」


 そう言いつつも、九十九自身、「幅広い」と言うのは少し疑問はある。

 さらにいうなれば、本当に「交友」関係なのかは謎だ。


「薬……なぁ……。あまり魔界で薬って良い思い出がねえんだが……」


 どこか遠くを見ながら、水尾はそんなことを言った。


「魔界では薬自体が珍しいですけどね」


 そんな会話をしながらも、九十九は時間を気にし始めた。


 兄から来た通信珠の信号の色は「赤」。

 細心の注意を払って速やかにそこから離れろということだった。


 周りを気にせず、今すぐ立ち去れという意味の「黒」ではなかったことは救いではあるのだが。


 王子や王妃は城内に、親衛兵士と呼ばれる私兵を飼っている……、もとい、備えていたはずだ。


 だから、城下に出てくるとしたら、その親衛兵団だろうと九十九は確信していた。


 彼らは仕える者の命令だけを聞き入れ、行動するという。


 そこに彼ら自身の大義や忠義があるかどうかは知らないが、かなり無茶な要求も通そうとするのだから、九十九とはとてもではないが相容れる存在だとは思えなかった。


 実際、彼らの働きにより、城下での王妃の評判は(すこぶ)る悪いらしい。


 この国では、国王陛下は真面目だが、王妃殿下が酷いという程度の話で収まっているのは、ある意味、国王自身がそれらの悪評を払拭するほどの働きを見せていることによるものだろう。


 そうでなければ、この国はとっくに内乱により転覆していた可能性がある。


 尤も、多くの国民が集まり、多少の貴族も結束したとしても、そう簡単に打倒することはできないのが、魔界の王族という桁違いの存在ではあるのだが。


 それに、城から追捕(ついぶ)の手が放たれたとしても、彼らはすぐにこの城下に出てくることはできないだろう。


 城と城下との間には侵入者を妨げるような深い森があり、そこには上空まで影響がある自然結界が存在している。


 城から城下へ移動するための移動系の魔法を使えるなら問題はないが、飛行系の魔法を使おうとすれば、例外なくその感覚を狂わされ、まともな効果は望めないらしい。


 緊急時においては、城から「転移門」を使って城下の聖堂内にある「転移門」に似たものを使用することが認められているが、この国において、その「転移門」を使うためには必ず国王の承認が必要だと決められている。


 仮に許可なく使おうとしても、その「転移門」を作動する時の気配というのは、国内にいる限り国王に伝わるような仕組みになっているらしく、内密に使用することはほぼ不可能だということだ。


 つまり、国王に事情を話せない以上、王妃たちは親衛兵団に「転移門」を使って城下へ移動させることはできないのである。


 城下にはもともと街中の警護をする守護兵も存在するが、こちらは城下の治安維持が目的のため、城下で騒ぎが起きない限り動くことはほとんどない。


 仮に王妃や王子の息がかかった人間が紛れていたとしても、基本的には規律を重んじ、自由行動ができない集団ではある。


 露骨に隊を乱すような行動をとることができない。


 ありもしない罪状をでっち上げられる可能性も考えられるが、複数の人間を守護兵隊として動かすというのはそれなりに条件が必要となる。


 例えば、城下での破壊活動や集団による窃盗、傷害、暴行等によるものだが、その中で一人でもできそうなものは魔力の暴走による破壊行為だろう。


 だが、それに関しては体内魔気がほぼ感じられないような人間に狙いを定めることは説得力に欠けることは間違いないと思われる。


 実際には、これが現実に一番起こる可能性が高かったとしても。


「で、来るとしたら、貴族の私兵か?」


 そう問われて、九十九は考え事をしていたこともあって、一瞬、返答に窮した。


 来るとすれば、城の親衛兵士である可能性が高いと素直に答えて良いのか迷ったのだ。


「来るなら、城の親衛騎士……、とまではいかないまでも親衛兵士たちが来る可能性が高いわね」


 水尾の質問にそう答えたのは、九十九ではなく、いつの間にか部屋から出てきていた千歳だった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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