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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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不思議な言葉

「後、俺に伝えておくことはないかい?」


 そう雄也さんから尋ねられたので考えてみる。


 雄也さんに聞きたいことはまだまだいろいろある気もするけれど、九十九のいない場所限定で確認したいことならそう多くはない。


「わたしが書いた最後の文章にについて、雄也はどう思いますか?」


 最後の紙にはモレナさまの意思ではない、彼女の口から紡がれた言葉を書いた。


 どの文章よりもはっきりと思い出される文章。


 そこには、わたしが普段、使うこともないような漢字を使ったので、これが日本語として正しいのかも分からない。


「不思議な文章だね」


 雄也さんは紙を見ながらそう言った。


 その「不思議」はどこにかかるのでしょうか?

 漢字の使い方が違うとかだと嫌だな。


「これは神言(しんげん)かな?」

「恐らくは」


 モレナさまからそう言われたわけではないので、断言はできない。

 あの方は、わたしに「覚えておきなさい」と言っただけだったから。


 でも、空気が変わったあの瞬間を、わたしはジギタリスで感じたことがあった。

 モレナさまの弟子であるリュレイアさまによって。


「雄也さんにはそれが、読めますか?」


 自分の感覚だけで書いた文章。

 だけど、頭の中に自然と思い浮かんだ文字だった。


 それが何の意味もないとは思いたくない。


「えっと……」


 雄也さんは少し考えて、ゆっくりとその文章を口にする。


「『風の神子は舞い戻った。此度(こたび)こそ、捧げよ。光れ、光れ、(くら)え。ただ導かれるままに。共にあれ、包まれよ、畏れ惑え。光れ、光れ、(くら)え。その心のままに』」


 なんと!?

 例の「(くら)え」を読めたよ!?

 雄也さんがそう読んだのなら間違いない!!


 さらに眉間に皴を刻み込みながらも、雄也さんは続ける。


「『糸は(まわ)(めぐ)る。()りて、()じりて、(あざな)いて、結ばるるために。あるべき形に、あるべき場所に。正しくあれば、やがて――――運命の女神は勇者に味方する』……かな?」

「お見事!!」


 最初から最後まで振り仮名なしだったのに、わたしが聞いたとおりの言葉で読んでくれた。

 嬉しくて、思わず、拍手してしまう。


「『(くら)え』は、かなり独特な読み方だよね。でも、この漢字の訓読みは、『やみ』と『くら』ぐらいしか俺も覚えてなくて……」


 雄也さんはそう言うけれど、それを書いたわたし自身は、「やみ」という読み方しか知らなかった。


「それに、『糸は』の後の言葉は、『(めぐ)り』かなとも思ったし」


 ああ、「(めぐ)(めぐ)る」でもおかしくはないのか。

 言われるまでそれは考えなかった。


「それ以外だと、『()りて』は『(ひね)りて』、『()じりて』は『()じりて』とも読めるから少し迷いはしたよ」


 それらの字に至っては本当に自信がなかったのに、さらに別の読み方まであるらしい。


 これって、人間界の高校まで通っていたから読めるってこと?


 でも、ここまでくると、国語辞典……、いや、漢字辞典を脳内に常備しているとしか思えない。


 その才能をわたしにください!!

 いやいや、それはわたしがまた勉強すれば良い話だ。


 それよりも……。


「それを読んでどう思いました?」


 そっちの方が大事だ!!

 よく分からない文章の羅列に、雄也さんは何を見出した?


「ギリシャ神話の運命の女神たち(モイライ)を思い出したかな」


 雄也さんの言葉はどこか意外なものだった。


運命の女神たち(モイライ)……?」


 ギリシャ神話に出てくる運命の糸(人間たちの寿命)を紡ぎ、長さを計り、断ち切るという寿命を司るという三女神のことだ。


 わたしの手配書に書かれている名前の元となった運命の女神たち。

 今にして思えば、女神たちに申し訳ない気がしている。


 あの時は、そんなことになるなんて、思ってもいなかったから。


「ただ、栞ちゃん。この文章が本当に『神言』だというのなら、あまり深く考えない方が良いと思うよ」


 雄也さんはそう口にする。


「神様は、人間を惑わせることがお好きなようだからね」

「はい」


 それは知っている。


 確かにモレナさまは占術師の能力を持っているけれど、その身体を使って人間に言葉を使う神が必ずしも正しいことを伝えてくれるわけではないのだ。


 いや、正しいことではあるのだろう。


 神は嘘を吐かない。

 ただ、気まぐれに人間を弄ぶだけ。


 だから、神言は、必ずしも良い運命に導いてくれるとは限らないのだ。


 酷い話である。

 どうせなら、見ているだけにして欲しいのに、どうして、関わろうとするのだろうか?


 わたしは自分の左手首を見ながらそう思う。


「何よりも、『神言』は後からになって意味が分かるだと聞く。だから、今はその意味を理解できない方が良いかもしれない」


 確かに意味が分からないものではある。

 運命というものを「糸」に見立てているだけのような話。


 ただ……。


「モレナさまはこの言葉を口にする前に、わたしに向かって『覚えておきなさい』と言ったのです」


 それを無視はできなかった。


 わたしがそう言うと……。


「それならば、忘れなければ良いだけだよ」


 雄也さんはそう微笑んだ。


「あの『盲いた占術師』と呼ばれる方が、追われている危険を冒してまで栞ちゃんに伝えたかった言葉だからね」

「え!?」


 追われている危険?


「あの方の言葉は、それほど影響力が強い。言葉一つで、多くの人間たちの運命を捻じ曲げるとまで言われているほどにね」

「言葉一つで……?」


 確かに占術師と呼ばれる人たちの占いの的中率はかなり高い。

 でも、「運命を捻じ曲げる」というのはちょっと言い方が酷いのではないだろうか?


 モレナさまは言っていた。

 運命は強い意思で変えることができるって。


 それならば、「(めし)いた占術師」と呼ばれる方の言葉が、人間の「運命を捻じ曲げる」と言っている人たちは、その言葉通りに従って、その運命(未来)を受け入れただけではないだろうか?


「だから、『盲いた占術師』と呼ばれる方は、『人類の天敵』とも言われている」

「それって……。モレナさまから見れば、人類()天敵なんじゃないですか?」


 モレナさまは自分が視えた未来を口にしているだけ。

 もしくは、神さまがモレナさまを通して勝手なことを言っているだけ。


 それなのに、「天敵」呼ばわり。


 それって、かなり酷い話なのではないだろうか?


「そうだね。だから、その酷い人類から逃げているんだと思うよ。人間たちに捕まれば、碌な目に遭わないことを知っているというのもあるだろうね」


 モレナさまは過去、現在、未来を見通すと言われる「盲いた占術師」である。

 その能力の強さは、この世界で生活する人間ならば、一度は耳にするほどだろう。


 そして、同時に、聖堂で聖女認定されている「暗闇の聖女」でもあった。

 さらには、精霊族の血も引いていると本人から聞いている。


 わたし以上に、いろいろな人から狙われる理由が盛りだくさんだった。


 だからこそ、自分の子供を手放すしかなかった……のだろうか?


 そんな風に、わたしが考え込んでいると……。


「誰にだって様々な事情がある。栞ちゃんが気にする必要はないよ」


 雄也さんはそう言いながら、わたしに笑ってくれた。


 そう、誰にだって行動する理由がある。


 千差万別、多種多様、十人十色、大小様々な実情や経緯があって、人とは違う生き方になるのだろう。


 その全てを理解できるとは思えない。


 だけど、いや、だからこそ……。


「モレナさまの話とは別に、雄也に確認しておきたいことがあるのですが……」


 わたしはずっと気になっていたことを口にすることにした。


「なんだい?」


 雄也さんは変わらぬ笑顔を向けてくれる。

 今から、わたしが口にすることで、その笑みはどう変化するだろうか?


 それが、少しだけ怖かった。


 だけど、()()を理解したいのなら、踏み込むしかないのだ。


 欲しければ、奪え。

 欲しければ、踏み入れ。


 そして、その上で、手にした大事な物は手放すな。


 そんなよく分からない言葉を、何故か頭に思い浮かべながら。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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