個人的に気になる話
「仕事に関係なく、俺が何の役にも立たない無能な人間を栞ちゃんの傍に置きたいはずがないだろう?」
雄也さんはいろいろと深読みできそうな表情と台詞を躊躇なく同時に行った。
うむ。
自分に自信のある美形は凄い。
わたしには無理だ。
「雄也は無能な人間は苦手そうですからね」
わたしも主人でなければ、あっさりと切り捨てられている気がする。
もしくは、母の娘でなければ。
「そんなことはないよ。無能な人間もそれなりに使い道はあるからね」
「使い道…………」
なんだろう。
酷いことを言っているはずなのに、この上なく、お似合いな台詞だと思えてしまう。
雄也さんならRPGなどに出てくるNPCでも上手く利用してしまう気がする。
わたしは勝手に動くNPCは苦手だった。
どちらかと言えば、ちまちまと経験値を稼いで、敵を凌駕する方が好きな人間なのだ。
それなのに、防衛戦で敵が近付くだけで、護るべきお姫さまを捨て置いて、集団で敵に向かって突っ込んでいく姿に何度奇声を上げたことか。
救援ありきの特攻とか、本当に勘弁してほしい。
もしくは、使用回数のある伝説の武器を、仲間になる前のNPC段階で大量に消費するとかも止めて欲しかった。
「冗談はこの辺りで止めておこうか」
「冗談だったんですか?」
「……一応ね」
ぬ?
この光属性が強い人間は嘘が吐けないはずなのではないだろうか?
でも、冗談は言える?
よく考えてみれば、九十九も雄也さんも、わたしのことを揶揄うことがあるよね?
それとも、モレナさまが言っていた嘘を口にしても平気なタイプ?
この違いが分からない。
そう考えれば、モレナさまの言う通り、参考程度にしていた方が良さそうだ。
もしくは、彼らは風属性の方が強いために、光属性の大気魔気による反応が薄いのかもしれない。
「他に、九十九に聞かせたくない話はあったかい?」
そう問いかけられて……。
「聞かせたくないというか、九十九より雄也の方が詳しいだろうなと思うことがいくつかありました」
モレナさまから言われたこともあったけれど、個人的にも気になったことがあったのだ。
「へえ、それは光栄だね。どんな話?」
「モレナさまが言う『聖女候補』だったルキファナさまと、ユーチャリスのユリアノさまという方について、ご存じのことはありますか?」
現在の国家については九十九も詳しい。
ストレリチア城で行われた会合での知識や、この町で出会った菊江さんの本名から現在の彼女の地位や結婚前のこと、さらにはそのお子様のことまで知っていたのだ。
だが、それはこの世界に帰ってきてからの知識だと聞いている。
九十九がこの世界にいなかった時代の話や、さらに遡った歴史的な話となれば、下手するとガイドブックを勉強させられ、「聖女の卵」として少しの教養を身に着け、過去視で視ることができるわたしよりも知識が少ないこともある。
勿論、有名どころはちゃんと押さえているだろうけど、ちょっと横道に逸れた雑学はそこまで気にしていないらしい。
歴史上の人物たちは逸話の方が人間味もあって面白いのにね。
「ルキファナ様については、生後11カ月程度で亡くなったセントポーリアの王族ということは、セントポーリア国王陛下より伺ったことはある」
その話をセントポーリア国王陛下から聞いたことがあるのは本当のことだろう。
雄也さんはセントポーリア国王陛下に仕えている。
何かの話の流れで、そのことを聞いていてもおかしくはないのだ。
「姿絵もご覧になったことがあるとか?」
「ああ、セントポーリアの歴代王族肖像画という名の本に載っていたよ」
「本なのですか?」
雄也さんが言っていたのは、セントポーリア城のどこかにある肖像画か何かだと思っていたのだけど、違ったらしい。
いや、人間界のカタログじゃあるまいし、肖像画が本に掲載されているなんて、普通、思わないよね?
「そのルキファナ様の肖像画を描いた方の名前が、確か、『モレナ=バーダン=テシュタイン』様だったはずだ」
「ああ、本人もそんなことを言ってました。『ルキファナって娘については、1歳にも満たなかったから、ワタシが描いた絵ぐらいしか残っていない』と」
「11カ月程度で姿絵を描かせたこと自体がかなり珍しいと思ったが、まさか、『盲いた占術師』とされる方が描いていたとはね」
驚いたというよりは、謎が解けてすっきりという感じだった。
「セントポーリアの史書にも載っていたと聞きましたが……」
「うん。どちらも写しを持っているよ。見てみるかい?」
「え?」
「セントポーリアの史書と歴代王族肖像画という名の本を複製したものを持っている。まあ、三年前から止まってしまっているけどね」
三年前から更新が止まっているのは仕方ない。
でも、多分、雄也さんは独自に纏めていると思う。
「そういったものは、門外不出の品なのでは?」
「違うよ。国の歴史や王族の顔は、広く知らしめる必要がある。だから、複製も許可を取れば問題ない。まあ、改ざんは駄目だけどね」
そう言いながら、雄也さんが机の上に召喚したのは、わたしが最近、手に入れた本が可愛らしく思えるほどの本の数々だった。
肖像画の方がA3サイズぐらいの大きさで厚さが、わたしの手のひらよりも分厚い。
それが18冊。
そして、史書については、大きさはB5サイズとそこまで大きくはないのに、分厚くて、その数が恐ろしかった。
床に置いてそのまま積み上げても、わたしの身長よりは高くなるだろう。
しかも、史書は冊子になっているものだけではなく、巻物っぽいのまである。
いや、あの形状はちょっとときめくものがあるけれど、その取り扱いには躊躇してしまう。
「複製するから、時間がある時に読んでみるかい?」
「是非」
流石にこの場でこれらすべてを読破するのは無理だろう。
それが分かっているから、雄也さんもそう言ってくれた。
雄也さんはまず、寝台の横に机を一つ出した後……。
『複製魔法』
綺麗な発音の魔法を口にする。
そして、寝台の横に置かれた机の上に、次々と積み重なっていく本の数々。
一部は巻物だけど。
「俺は九十九みたいに『完全複製魔法』は使えないけれど、読むことを考えたら、こちらの方が良いかな」
「ファクシミリ?」
ヒアリングは苦手だが、なんとか聞き取れた。
その言葉に、人間界の電話と一体型になった文書送信用の機械を思い出す。
近年ではPCのメール等で文書の送信が行われるようになりつつあるから、だいぶ減ったとは聞いていた。
ただ、機密文書とかになると、PCは外部への漏洩が怖いし、痕跡も残ってしまうから、今後もFAXは使うことになるだろうと保育士をしていた母が言っていた気がする。
「その語源になった言葉だね。完全に複製するって意味があるんだよ」
「おおう」
我が家にはあったけれど、母が使うだけでわたしが使ったことはない。
でも、FAXって意外と凄かった?
「ただ、それを読んでもルキファナ様のことは分からないと思うかな」
確かに生後11カ月で亡くなった王族の詳細なんて書きようもないだろう。
人間界なら生まれてすぐに写真を撮ることもあるが、この世界にそんな文化がない。
一部の例外を除けば、その姿を残す方法は絵を描くしかないのだ。
そして、王族などの高位の人間の絵は、相手から請われなければ描くことは難しい。
城下にいくつもの姿絵屋があり、様々な絵柄の肖像画家が多く居住しているストレリチアのような国が珍しいのだ。
だが、そんなことは百も承知の話。
「分かっています」
このセントポーリアの史書と王族の肖像画は、自分が目を通す必要があることも。
「でも、これらの書物とは別に、雄也はルキファナさまのことについてご存じのこともあるでしょう?」
確かにこれらにルキファナさまのことは載っているだろう。
それでも、雄也さんも九十九も、別ルートから情報を得ているはずだ。
何故なら……。
「『母は「聖女候補」が転落した場所に行った時、その娘の残留思念に出会った』という一文に疑問を持たなかったのですから」
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