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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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だから学んだ

「一体、俺はどこまでキミに弱みを握られてしまうんだろうね」


 雄也さんはどこか(なま)めかしさを感じさせるような息を吐きながら、そう口にする。


「でも、()()()()()()()()()()のは雄也ですよ?」


 それも最大級の弱みを。


 ストレリチアの大聖堂内で、雄也さんの首元を見たあの日。


 迷いながらも、それを望んだのは雄也さん自身だった。


「そうだね」


 雄也さんは笑う。


「だが、予想以上だ」

「そんなことを言われても、わたしの立場からは不可抗力としか言いようがありません」


 モレナさまの言葉だって、あの日のことがなければそこまで深く考えることもなかっただろう。


 その結果、何も気にせず、九十九の前でも口にしていた可能性は高いけれど、そもそも、あの日のことがなくて、わたしが情報国家との繋がりを知らないままだったなら、モレナさまが口にすることもなかったかもしれないとも思う。


「他にその特性については何か聞いた?」

「過信はしない方が良いとは言っていましたね。光属性の精霊たちの影響があっても、魂を否定するような言葉を口にすることは平気な人はいるそうなので」


 モレナさまのように気にする人間ばかりではないだろう。


 多少周囲がうるさくたって、気にしなければ気にならないし、その状態に慣れてしまうことだってあるかもしれない。


「あと、それが偽りではないと思い込んでいたら関係ないそうです。だから、参考程度にしておきなさいとは言われました」


 だから、全てを信じるなと。


「なるほど……」

「因みに、雄也はその現象に心当たりがありますか?」


 わたしがそう確認すると、雄也さんは苦笑する。


「更なる弱みを握ろうとしていないかい?」

「いいえ。護衛たちの状態を把握しようとしているだけです」


 本当に弱みを握るつもりなんてないのだ。


「雄也も九十九も風属性の次に光属性が強いでしょう? それなら、モレナさまのように、ライファス大陸出身者と同じような現象が起きるのではないかと思っただけですよ」


 そして、ライファス大陸出身者ならその特性を知っていると考えるべきだろう。


 何も知らなかったとしても、自分が持つ特性が気になれば、親兄弟姉妹などに確認すると思う。


 もしくは、口の堅い身内とか。


 だから、ライファス大陸出身者は、ほとんどその能力について知っているものだと考えた方が良い気がする。


 だけど、雄也さんも九十九も、シルヴァーレン大陸出身者だ。

 つまり、風属性の方が強い。


 だから、他大陸出身者にも関わらず、二人にその特性が強く出ていることをライファス大陸出身者に気付かれたら、面倒なことになる気がした。


 尤も、モレナさまは精霊族の血を引いている。

 オマケに「占術師」の能力も持っているのだ。


 一般的な人よりは強い反応が出ている可能性もある。


 そして、ライファス大陸出身者限定の能力だったとしたら、光属性が強くても、雄也さんと九十九にはその能力が現れないはずだが……、さてさて?


「栞ちゃんはどちらだと思う?」


 おや、問い返された。


「雄也については自信はありませんが、九十九はその能力を持っている気がします」


 九十九の眼は嘘を見抜く眼……というよりも、嘘を射貫く眼だと思っている。


 それは真っすぐな黒い瞳が、嘘を吐く時に生じる罪悪感やらなんやらを刺激しているからそう思えていただけだと思っていたのだが、九十九の出自……、というか血筋を知り、モレナさまの言葉を聞いた時からちょっと違う気がすると思っていた。


 そんな能力を持っていれば、自分の危機察知能力の方が反応していたとも考えられるのだ。

 即ち、彼に嘘を吐いても見抜かれるぞ! という感じ?


 そんな時に発揮されてしまう危機意識というのもどうかという話ではあるのだけど……。


 まあ、九十九に嘘を吐く気なんかない。


 わたしは嘘を吐けるほど器用な性格をしていないというのもあるけれど、嘘じゃなく、都合の悪いことを隠したり誤魔化したりするだけでもバレてしまうのだから、九十九相手に嘘を吐くのは無意味だと思っている。


「そうだね。尋ねたことはないけれど、ヤツは持っていると思うよ」

「尋ねたことはないんですか?」

「ないよ」


 それは意外だった。

 雄也さんなら、それに気付いた時に追求しそうな気がしたのだけど。


「不思議そうな顔をしているね」

「不思議というか、意外とは思いました」

「九十九が上手く隠していたこともあるけれど、昔のヤツは今ほど素直な男じゃなかったんだよ」

「……そうなんですか?」


 それも意外だ。


 九十九は至恭至順という感じではないが、基本的には真面目だし、兄でもあり上司でもある雄也さんには割と素直だと思っている。


 多分、わたしに対して接するよりもずっと。


 でも、それはここ数年の話。

 わたしの近くにこの兄弟がいるようになってからのことだ。


 だから、昔のことまでは分からない。


 少なくとも、小学校時代は九十九と雄也さんが一緒にいる姿は見たこともなかった。

 二学年も違うと、同性でも学校で接する機会は少ないとも思うけどね。


「今ほど素直になったのは、5歳以後かな」

「…………」


 素直じゃなかったのは、思っていた以上に昔だったようだ。


 いや、5歳で兄に対して従順であるはずがない。

 寧ろ、その年代で今と同じような状態なら、逆に九十九が凄すぎるとは思う。


「反発だけでは何も護れないと思い知ったみたいだからね」


 5歳……、その時期に何があったかなんてわざわざ確認するまでもない話だ。


 九十九は大事な幼馴染に置いてきぼりにされた上、すっかり忘れられ、さらにはその直後に母親のような存在であった師も亡くしている。


 人が変わらないはずもない。


 ただ、兄に対して反発していたようなごく普通のお子さまだった5歳児が、本当に上司と部下のような関係へとすぐに切り替えられたかどうかまでは分からないのだけど。


「俺もね」

「え?」

「もっとミヤドリードから学んでおけば良かったと何度も後悔したよ。あんなに早く別れることになるとは思っていなかったからね」


 雄也さんはそう言って淋しそうに笑った。


「ミヤドリードさんのことについては、当時の雄也はどこまで知っていたのですか?」

「当時は、ほとんど何も。今の国王陛下の乳母の娘だということと、チトセ様の友人だったことしか知らなかった」


 雄也さんは「本当だよ」と付け加える。

 嘘を吐いているとは思っていない。


 それなら、わたしの質問に対して目を丸くする必要はないし、直後にそんな表情をするはずもない。


「俺たち兄弟は本当に何も知らされていなかったんだ。護られていたことすら気付いてもなかった」


 当時7歳と5歳の2人だ。

 いくら独り立ちの早いこの世界の人間だって、まだ大人の庇護を必要とする年代だろう。


「だから、学んだ。この世界でも人間界でも。必要とされる当然の知識から不要に思えるものまで幅広く」


 それはどれだけ大変だったことだろうか?

 何の身寄りもない二人が、あの世界に違和感なく溶け込めるほどまで学んだのだ。


 さらには、この世界でも師から全て教わったわけではなかっただろう。

 それなのに、この世界の人間でも驚くようなことを知っている。


「多分、九十九もそうだね。だから、あの弟は、俺も知らない知識を持っていることがある」

「料理ですか?」

「…………料理も、だね」


 自分で「料理」と口にしておきながら、それだけではないことをわたしはもう知っている。


 人間界の医療関係に基づく知識は、多分、雄也さんより深い。

 それは本人がもともと興味のある系統だったこともあるだろう。


 この世界においても、薬関係はあのトルクスタン王子が手伝いをスカウトするほどだ。


 まあ、雄也さんをスカウトしようとしていたとしても、既に断られている可能性もあるけどね。


「でも、珍しく九十九を褒めますね」

「別に褒めてはいないよ」


 ……ぬ?

 …………。

 ………………。


 確かに!!


 知らない知識を持っていることがあるとは言っているけど、褒めてはいなかった。

 その前の話も微妙に褒めていない気がする。


「俺は誰に対しても正当に評価しているつもりだから」

「わたしに対しては甘いと思います」


 そして、九十九への評価は常に辛口だと思っている。

 それでも判定が厳しいだけで、正当な評価と言えなくはないけれど。


「そうかな?」

「そうですよ」


 わたしへの評価は絶対に極甘だ。


「どちらにしても、あの弟を無能に育てた覚えはないよ」


 ぬ?

 今、さり気なく口にされたその言葉は、雄也さんにとって、かなりの高評価だと思われる。


 九十九が聞いていたら、かなり我慢して顔を作るぐらいに。


「無能なら、栞ちゃんの傍を任せることなんてできないからね」

「まあ、一応、重要なお仕事ですからね」


 一国の王からの命令。


 自分で言うのはアレだが、そんな重要事項なら、どんなに手が足りなくても雄也さんは無能な人間の手を借りないだろう。


 利用することはあるかもしれないけれど。


「違うよ」


 雄也さんは笑いながらこう言った。


「仕事に関係なく、俺が何の役にも立たない無能な人間を栞ちゃんの傍に置きたいはずがないだろう?」


 それもこの上なく意味深な笑みで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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