状況把握は大事!
何が起きたのかなんて、理解できない。
ただはっきりと分かっているのは……。
「ふっ!!」
そんな息を吐くような声と共に、自分の身体が硬い物に押し付けられたことだけは分かった。
硬くて温かい?
わたしはコレをよく知っている気がする。
なんとなく下を見ると、床が見えた。
足が痛いのは、膝を打ったかな?
でも、温かいものに身を任せているせいか、そこまで気にならない。
なんとなく目を閉じると……。
「遅い」
「間に合ってもねえ兄貴に言われたくねえ!!」
聞き覚えのある兄弟の声が耳に届いた。
「お前の方が近かった」
そんな声と共に、温かくて硬いモノから引き離される。
そして……。
――――ふぐおあああっ!?
叫ぶのは我慢した。
そして、目を閉じていて良かった。
この浮遊感。
そして、九十九から離れていく気配。
これから導き出される結論は!!
わたしは、多分、雄也さんに抱き上げられている!!
至近距離であの顔を拝むのは多分、無理!!
いやいや、落ち着け、自分!!
状況把握大事!!
えっと、モレナさまの話中に意識が吹っ飛んだっぽい。
そして、近くに九十九の気配がある。
それなら、伝えるなら今だと思った。
雄也さんの胸元に向けてこう口にする。
『あ、後でお話があります』
どもった!?
しかも、近くにいる九十九に聞こえないように小声を意識したせいか、ちょっとだけ掠れてしまった!!
一瞬だけ、雄也さんの身体が震えた気がした。
伝わった……かな?
「浮遊魔法で浮かせれば良かっただろう?」
雄也さんは何故か、そう口にした。
「オレの心を読まないでいただけますか? お兄様」
「読みやすい思考のお前が悪い」
九十九の心を読んだ?
でも、何故に浮遊魔法?
そう考えている間に、わたしの身体は寝台に降ろされたらしい。
そして、布団を被される瞬間。
『承知した』
小さくそう言われたので伝わったことは分かった。
そのことに安堵して、力を抜く。
人に抱えられるって、結構、あちこちに力がいるよね?
「栞ちゃんが強い意思を取り戻せば、ということだったが、すぐに目を開けるというわけでもなかったのだな」
ああ、なるほど。
まだ状況が、よく分かってはいないけれど、わたしは、このまま目を閉じていた方がいいわけですね。
了解です。
「復活したら出てくるとは言ったが、意識が戻るとは言ってなかった気がする」
九十九の低い声が響く。
寝台に寝かされているせいだろうか?
「そうだったな。気分が浮上しても、それが意識の回復とは繋がらないわけか」
「時間的にも、本人の意識は寝てるんじゃねえか?」
わたしの体内魔気に敏感な青年は、珍しく起きていることに気付いていないらしい。
倒れたっぽいから?
「余計な干渉はないから侵入者はいないな」
いや、侵入者ってなんですかね? 雄也さん。
そんなものがいたら、あなたたちはそんなに落ち着いていないよね?
「体内魔気も落ち着いている。本当に寝ているだけだ」
体内魔気は落ち着いているのか。
精神的には滅茶苦茶、心臓がバクバク言っている気がするのだけど。
「『過去視』を視ている可能性は?」
「分からない。『過去視』を視ている時の栞をオレは知らないから」
「……それもそうだな」
そうか。
夢を視ている時のわたしを九十九は知らないのか。
いや、よく考えればそれは当たり前のことじゃない?
何度も寝顔大公開どころか、一緒の布団で寝たこともあるけど、基本的に、そこまでする護衛って少ないと思う。
「さて、お暇するか」
「あ?」
雄也さんの言葉に、九十九は短く問い返した。
「用もないのに眠っている淑女の部屋に滞在する気か?」
淑女ってどなたのことでしょうか?
わたしには辛うじて、「女」要素はあっても「淑やか」要素は皆無だと思っている。
「まあ、中途半端な時間だから目を覚ます時間もいつもとは違うだろうけど、彼女が起きても、いつものように呼び出されるまで待て」
「呼び出される?」
「今度は、あのメモのようなものを記録として清書したものを渡されるだろう」
「ああ、このメモか」
バサリと紙の音がした。
ああ、あの記録は確かに勢いで書いたこともあって読みにくかった。
記憶の通り、時系列順に書いてはいたものの、人にわたす資料としてはよろしくないものだったと思う。
つまりは、分かりにくいから書き直せってことですね。
承知いたしました。
「とりあえず、部屋から出るぞ」
「おお」
雄也さんらしくなく急かす様子に九十九は何かを感じているようだったけれど、抵抗することなく、二人して部屋から出ていってくれた。
「ふひぃ~~~~~っ!!」
扉が完全に閉まったことを確認して手足を伸ばした。
寝たふりは難しい。
特に九十九の前では。
まあ、わたしの体内魔気に過敏な彼には、既に起きていたことに気付かれていた気がしなくもないけれど、特に咎める様子はなかった。
身体を起こして、軽くストレッチをする。
鈍い痛みがあるので足を見ると両膝が少し赤くなっていた。
「意識を飛ばしたって言っていたから、やっぱり床で打ったかな?」
この部屋の床にはカーペットがあり、ふこふこしているけれど、それでも、自分の体重がかかれば、それなりのダメージにはなってしまうことはよく分かった。
まあ、服の上からだし、カーペットがクッションになったからそれでもマシだろう。
それに、完全に倒れる前に、九十九が受け止めてくれたみたいだし。
あの硬くて温かいモノは九十九だったらしい。
道理で馴染みのある感覚だったわけだ。
いつもは胸元に顔が押し付けられることが多いけど、今回は位置的にはお腹?
つまり、あの硬さは腹筋!!
やはり、よく鍛えられている。
そして、その事実が恥ずかしい。
雄也さんの前で、その弟のお腹に張り付くとか。
九十九は恥ずかしくなかったのだろうか?
恥ずかしくはないのか。
状況的に咄嗟に受け止めてくれたのだろう。
そんな時に、彼は周囲なんか気にしない。
そして、気にしていたら、わたしは全身が床と熱烈抱擁を交わす仲になってしまっていたとも思う。
そんなアホなことを考えていたら、扉が三度叩かれた。
この叩き方は雄也さんだろう。
「どうぞ」
「失礼するよ」
やはり雄也さんだった。
「お待ちしておりました、雄也」
わたしは椅子に腰かけて答える。
座ったままというのは良くないと分かっているが、膝の痛みにもう少し慣れたい。
「ご招待、ありがとう。でも、感心しないな」
「何が……ですか?」
困ったような雄也さんの言葉の意味を理解できなくて、素直に問い返す。
「俺も護衛とは言っても男だよ? こんな時間に逢引の誘いを受ければ、期待してしまうとは思わないかい?」
……なるほど。
わたしの行動は、雄也さんの目にも良いものではないらしい。
ただ、「期待」?
その部分はちょっと不思議だった。
「雄也は時を見誤らないでしょう?」
少なくとも、雄也さんはその辺り、分けて考えてくれると思っている。
男女とか、主人とか関係なく、今、しなければいけないことは分かっているはずだ。
「時……とは?」
「モレナさまの言葉をわたしがしっかりと覚えているのは恐らく、今だけですから」
そう言われて、殿方の本能とかそういった物を優先するとは思えない。
それに、雄也さんが子供に見えるわたしを相手にするほど、異性に困っているとも思っていない。
それに、あのモレナさまから「色男」呼ばれていた。
「好色」、「色狂い」など、色欲を思わせるような言葉ではなかったのだ。
つまり、情報国家の国王陛下や王子殿下のようなタイプとして分類されていないということである。
モレナさま基準で……だけど。
「そんな状態で、わたしに余計なことを考えるとは思えません」
それに、雄也さんは護衛だ。
わたしを「護る者」。
そんな人が、「発情期」でもないのに、一時の気の迷いに流されて……なんて考えられなかった。
「それに殿方としても、わたしは雄也を信じています」
その点においては、九十九以上に。
勿論、九十九のことも信じている。
だけど、「発情期」の時。
彼が、わたしのことをそういった対象として見ることができるというのを知ってしまった。
それなら、危険性は低確率ではあるけれど、ゼロではないのだ。
でも、雄也さんは大丈夫。
わたしをそんな目で見ることはないから。
「だから、お呼びしました」
わたしがそう言い切ると、雄也さんは……。
「参ったね」
少しも困っていないような顔でそう言ったのだった。
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