この世界では必要がないのに
高田栞の顔をしたダレかはこう言った。
『世の中、「シンデレラ」のような大逆転に憧れる女ばかりじゃないってことさ』
「『シンデレラ』?」
シンデレラって、人間界の絵本で読んだあのシンデレラ?
まさかな。
この高田栞の顔をしたダレかの今の意識は別人だ。
だから、人間界の話を知るわけがない。
『あれ? あの世界の童話のヒロインにそんな名前の女がいない?』
栞の顔でして欲しくはない系統の、どこか含みのある笑みだった。
だが、やはりそのシンデレラらしい。
シンデレラってあれだよな?
父親が再婚して、継母とその連れ子から扱き使われていたけど、魔法使いに助けられ、最終的には王子の目に止まって幸せを掴むとかなんとか。
アンデルセン童話かグリム童話か忘れたけど、イソップ童話ではなかったはずだ。
その「シンデレラ」という話は、かなり昔に読んだ覚えがある程度の知識しかないが、子供心にいろいろ突っ込みどころが多かったと記憶している。
具体的には、実の父親は何してる? という根本的なものから始まる。
家庭を顧みないにも程があるだろう。
しかも、家に帰っても気付かなかったのか?
娘が女中扱いされてんだぞ?
その時点で、継母を諫めるか、追い出せ!!
そして、連れ子が実子を苛めているのはかなり大きな問題だ。
家を継ぐ可能性が高い嫡子を、養子縁組しない限り相続権の与えられない連れ子が継続的に苛めているなら、家を継いだその後の考えられない短絡的な頭しかないと言えるだろう。
普通に考えれば復讐されるよな?
既に跡継ぎとなる実子がいるのにそれより年齢が上のやつらと養子縁組するのは、後々、お家騒動とか面倒に繋がるから、ある程度の知能があればしないはずだ。
人間界は男しか継げない家もあったらしいが、それなら尚更、女の連れ子との養子縁組に利はない。
そして、単純に自分の血を引く娘よりも、他人の血を引く娘を優遇するとも思えん。
主人公は王族という目の肥えた相手に一目惚れされるほどの容姿だったわけだし。
その王子も、外見だけで教養があるかどうかも、素性すら分からない相手に惚れ込むのもびっくりだった。
今なら、その感情は理屈じゃないからと分からなくもないが、王族としてそれを全く隠さないのはどうかと思う。
まあ、舞踏会は貴族しか呼ばれないはずだからその辺は大丈夫だろうが、招待状とかで招待客の確認はなかったのだろうか?
それとも、招待状は用意されていて、母たちが処分せず、家に置きっぱなしだったのだろうか?
だが、王族が、他の招待客そっちのけというのはかなり問題だよな?
周囲の側近、護衛たちも分かりやすく特定個人に入れ込んだら、誰か止めろよ。
もしくは、せめて、誤魔化すように伝えろよ。
そして、日付が替わる瞬間に魔法が解けるという話も、夜会とはいえ、そんな時間まで未婚の娘が出歩くのはどうなんだ?
あらゆる意味で危ないだろ?
しかも、まだ電気がない時代だったはずだ。
そんな夜更けまで贅沢な蝋燭を大量に使ってんじゃねえ!!
よく、暴動が起きなかったな、その王城。
それに、王子が主人公を見つけ出す硝子の靴は、明らかに夜会慣れしていない人間向けではないと思う。
普段、虐げられているなら裸足、良くて皮や木靴の時代だろう。
継母が来る前に履いたことがあっても、足のサイズは変わっている。
履き慣れていない靴なら、テンポの遅い円舞曲だって一曲踊れるかどうかだ。
具体的には踵が死ぬ。
それが誰も履けないほど適合する特注品であればなおさらだ。
人間界にある社交ダンスって結構、大変なんだよ。
特に舞踏会仕様の円舞曲の売りは名前の通り、回転だ。
ひたすら組み合ってくるくる回る。
オレが何故、知っているのか?
中学の時、基本的なステップだけは兄貴に叩き込まれたんだ。
音楽が少ないこの世界にダンスなんて必要じゃねえのにな!!
しかも、練習相手はずっと兄貴だったからな!!
何が悲しくて男同士で張り付いて踊らなければならないのか!?
因みに兄貴は、社交ダンス練習会とやらでしっかり学んだらしい。
当時、兄貴は既に高校生。
そして、そこそこの身長はあった。
日本では、社交ダンスを習う男は少ないから、引っ張りだこだったそうだ。
まあ、そんな懐かしい話はどうでもいい。
つまり、社交ダンスは結構、動きが激しいのだ。
それが宮廷ダンスに変わったところで大差はないだろう。
そんな踊りを踊るために履いた靴が脱げたことは、汗などで滑りやすくなったと納得できなくもないが、脱げ落ちて割れないとかもすげえよな。
だが、それ以上に階段を駆け降りている時に、いきなり踵の高い靴が脱げてしまったら、普通はバランス崩して前のめりにすっ転ぶわ!! どれだけ体幹鍛えてるんだよ!? と言いたくなった。
さらには、王子と呼ばれる立場の人間が、嫁捜しを必要以上に大々的にするなよ!! とか!
だが、今ならこう言うだろう。
どこのセントポーリアの王子殿下だ!? と。
大雑把に思い出すだけでもこれだけあるのだ。
細かく上げればきりがない。
それだけ、突っ込みたくなるものだったのだ。
そして、今、読めば、もっと突っ込みどころが増えているのだろう。
『継母とその連れ子に虐げられていたけど、最終的には連れ子たちが自爆して再起不能なほど酷い目に遭うのを見てニッコリと笑うような話』
だが、「高田栞」の顔をしたダレかはそんな予想外のことを口にした。
オレの知っている話と違い過ぎる!!
そして、そんなにいい性格している女に憧れる女というのも怖え!!
『ありゃりゃ。思わず、坊やの思考に引きずられちゃったか』
高田栞の顔をしたダレかは軽く咳ばらいをする。
『この場合の「シンデレラ」は、人間界で言う「シンデレラ・コンプレックス」のことだね』
そう言われれば分かりやすい。
「ああ、確かにそれは『高田栞』にはないですね」
シンデレラ・コンプレックスとは、自立できない女が、何もせず待っているだけで理想の王子様に出会えると思い込む依存的願望のことである。
俗に言う「いつか白馬に乗った王子様が……」というやつだろう。
だが、そんな依存思考は高田栞の中に存在しない。
どちらかと言えば、王子様が手を差し伸べても、「何か違う」からと笑顔でお断りするような女だからな。
『確かに、今代の聖女は、見た目は可愛らしく護ってやりたいような乙女なのに、その言動はあまり可愛くないよね』
当人の顔をしてそんなことをいうものだから……。
「栞は、見た目も言動も可愛いですよ」
思わずそう言っていた。
『おっや~?』
ニヤニヤと品のない笑いを浮かべる高田栞の顔をしたダレか。
その顔にいろいろ物申したくはなるものの……。
「だから、気が済んだら、戻してくださいね」
なんとか呑み込んだ。
今は下手なことは言えない。
この状態は「高田栞」の身体を人質にとられているようなものだ。
だから、相手の機嫌を損ねて彼女が戻らないのは困る。
それが分かっているから、兄貴は何も言わないのだろう。
心を読まれているのは重々承知だ。
だが、それを口に出すのと留めるのでは意味合いが違う。
だから、オレの心なんか好きなだけ読め!
読まれて困るのは口の悪さが出ている部分ぐらいだ!!
『そんなに心配しなくても大丈夫だよ。この状態は単純に今代の聖女が落ち込んでいるだけだから。復活したら出てくるさ。本来の彼女は、恐ろしいぐらいに意思が強いから』
高田栞の顔をしたダレかはそう言って笑う。
『その分、迷いも激しいね。全力で迷って、全力で落ち込んで、全力で突き進む! 前向きなのか後ろ向きなのか判断が付かないのはその辺にあるよ』
何事も全力。
その在り方は確かに「高田栞」らしい。
全力で迷ったりするのはどうかと思うが。
『尤も、自分を責める時も全力なんて部分は被虐趣味としか思えないけどさ』
それは、被虐趣味とは少しだけ違うと思った。
全力の迷いの果てにあるもの。
「他者を責めるより、自分を責める方が、気も楽なのでしょう」
都合が悪いことを、誰かのせいにするのは簡単だ。
だが、栞は相手の事情を思ってしまう。
道理に反した事柄に対して、その相手の行動原理がただの私利私欲によるものならば、義憤から来る感情をそのままぶつけてスッキリできる。
セントポーリアとジギタリスの国境近くにあるグロッティ村で、アリッサム聖騎士団の残党に絡まれた時の反応がソレだろう。
あの時の男は、水尾さんの事情も感情も無視して自分の考えのみを栞に押し付け、力を持って従わせようとしたという。
それに反発した形だった。
だが、それ以外の、拠所無い事情を知ってしまえば、迷ってしまう。
それについては、カルセオラリア城の崩壊に巻き込まれた時が分かりやすい。
ウィルクス王子殿下から髪を引き抜かれるという行為を受けても、カルセオラリア城の崩壊という事態に巻き込まれても、そこに絡む複雑な事情と感情を知った後は、自分が間違いだったのではないかと言いやがった。
確かにあの時は全力で自分を責めていたな。
器用なヤツだ。
あの状況で栞が悪い部分なんてほとんどなかったのに。
『まあ、何事にも全力で体当たるのが、今代の聖女の強みだよね?』
「否定はしませんが、肯定したくもないです」
『常に巻き込まれる側の切実な言葉をありがとう』
巻き込まれつつも巻き込む側の人間の顔をしたダレかはそう笑った。
『まあ、そんなわけでこの時間は時限性だ。しかも、具体的な区切りが分からないというオマケつき』
栞の意識が戻るまでという解釈で良いのだろうか?
まあ、いつもの栞がいずれ戻るなら、何も問題はないのだが。
だが、そんなオレの考えは甘かったと言わざるを得ない。
何故なら……。
『せっかくの機会だから、聖女の護衛たちに正史としたくない未来の話をいくつか聞かせてやりたくてさ』
高田栞の顔をしたダレかは、微笑みながらもとんでもないことを口にしたのだった。
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