主人の顔をしたダレか
「今のお前は何者なんだ?」
そんなオレの不躾とも言える問いかけに対して……。
「何、言ってるの?」
どこか呆れたような声で、そんな当然の答えが返ってきたことにほっとする。
『今更』
だが、オレの温い考えを掻き消すかのような声。
それは、いつも知る「高田栞」とは違う声色。
いや、声は間違いなく「高田栞」のモノだと分かっているのに、そこに籠められた感情が明らかに違った。
オレは、反射的に攻撃態勢に入りかけて、留まる。
中身はともかく、その身体は正真正銘「高田栞」のものだ。
それだけは分かる。
状況がはっきりと分からない状態で攻撃をすることはできない。
『おやおや、感心、感心』
どこか揶揄うような口調。
その身体も、声も、体内魔気ですら間違いなく「高田栞」のものだと分かっているのに、決定的な何かが違うと、オレの脳内で何かが叫んでいる。
あの「分身体」とも違う。
アレは、「高田栞」そのものだったから。
だが、目の前にいるコレはなんだ!?
『流石は、今代の聖女に尽くすと決めた守り人たちだ。どこかの聖女のように、すぐに攻撃しない点は評価できるね』
見ると、兄貴も攻撃態勢を取っていた。
隙あらばすぐに動ける姿勢。
だが、やはり動かない。
動けない。
「どこかの聖女とは?」
兄貴は相手の正体を問うよりも、そちらを確認する。
いや、その正体は分かっているんだ。
既に、オレや兄貴が面識も会話もしている相手で間違いはないだろう。
だが、この状況は分からない。
何がどうして、こうなった?
『ああ、「導きの聖女」。つまりは、今代の聖女のことだね。いや~、『反射』がなければ危なかったと思ったのは久しぶりだったよ』
やはり栞のことか。
だが、問答無用で攻撃するような女ではない。
恐らくは……。
「『導きの聖女』に何をした?」
相手が何かしない限り、栞からは攻撃しない。
基本的に受けてから、いや、害意を向けられてからその反撃に移るのだ。
結果として、正当防衛が過剰防衛になってしまう点だけはどうかと思うが、身を護る上なら仕方ないと納得はしている。
『ハ、ニ、ト、ラ』
「「は? 」」
兄貴と二人で間抜けな反応をしてしまった。
いや、栞からその単語が出てきてもおかしくはないが、おかしくはないが、「ハニトラ」?
女同士で?
『「女同士」でもできることはあるさ。いろいろ、ね?』
その顔で言ってるんじゃねえ!!
『この顔で言うから意味があるんじゃないか。そうは思わないかい? 色男』
栞の顔をしたダレかは、妖艶な笑みを兄貴に向ける。
「その顔で品のない物言いは止めていただけませんか? 気高く美しいモレナ様」
兄貴が冷えた目でそう言い切った。
『あらあら、もうバレてる』
くすくすと笑みを零しながら、栞の顔をしたダレかはそう言った。
いや、その口調で何故、バレないと思った?
『人間の判断基準は体内魔気だ。それが一致すれば多少の違和感は呑み込む。逆にそれが一致しなければ、どんなにそれ以外が同じでも絶対に認めない。それがこの世界の人間じゃないか』
その言葉に心当たりがあった。
人間界で記憶と魔力を封印した栞と千歳さんを、兄貴はすぐに当人たちだと信じられなかったのだ。
オレは、どちらも本物だと思ったのに。
『まあ、こればかりは人間の本能的なものだ。これまで白と身体に叩き込まれてきたものを、今、この瞬間から黒だと言われても感覚的に納得できるはずもない。坊やの方は、まあ、運が良かったね』
そう言いながら、オレに意味深な笑みを寄こす。
だが、その顔で「坊や」って言うな。
『因みに、この身体の持ち主の意識は先ほどまではちゃんと起きてたよ。正しくは、どちらかが気付かなければ、ワタシがこの場に現れることもなかった』
「それは、一体、どういうことでしょうか?」
兄貴の疑問はそのままオレの疑問でもあった。
『あ~、ワタシも計算外だったんだけどさ~。この『導きの聖女』って、妙に神との親和性が高いんだよ。だから、『神力』がよく馴染む、馴染む』
神力がよく馴染む?
どういうことだ?
『いろいろ考えられるよ。創造神の加護。生まれる前からの分神と神の執心。魂の素となる祖神。胎児期に渡された魂の欠片。離れた惑星で生まれた母親。大陸神の血が濃い王族の父親。この小さな身体にそれだけのモノが詰め込まれているんだから』
改めて聞くと、本当にいろいろありすぎないか? オレの主人。
そして、そのどれも一つとして、本人が望んだものではないのだ。
『まあ、そんな様々な要因で、この「導きの聖女」は神の影響を受けやすい魂と身体を持っている。平たく言うと、神降ろし、祖神変化、神の受肉をさせやすい身体ってことだね』
他人事のようにそう言う栞の顔をしたダレか。
『神の器としては最適だよ。だが、神に仕える小娘として生きるならともかく、ただの人間として生きたいなら過ぎた才能だ』
「その能力を封じることは?」
『死ぬしかないね』
兄貴の問いかけにあっさりと答える。
しかも、オレたちがより衝撃を受ける言葉で。
『その原因が一つならまだやりようはあっただろう。だが、複数の要因だ。それも人間が生きるために必要な魂、肉体、血。どうにもならないことは分かるだろ?』
挑発的な笑みを浮かべる。
『そんなわけで、ワタシと会話した今代の聖女は、ワタシが持つ神力を無意識に受け取っちゃったんだ。まあ、人間でいう魔力の感応症のようなもので、一時的なものだ。数日経てば、おさらばするよ』
「その割には、『気高く美しいモレナ様』の意識がはっきりしていませんか?」
オレは納得できなくて問いかける。
今の状況が神力による感応症だというのなら、単純に力が増幅されるだけだろう。
だが、明らかに栞の意識が乗っ取られている。
魔力の感応症ならそれはありえない。
『単純な話だよ。その意思はともかく、『神力』は今代の聖女よりワタシの方が強い。今代の聖女が僅かでも惑えばこうして、乗っ取ることも可能なぐらいにね』
「惑う?」
『坊やが言ったんだろ? 「お前は何者だ? 」って』
確かに言った。
だが、それは……。
『言葉の解釈は人それぞれだ。言った側の真意が、受け止めた側にそのまま伝わるはずがないだろ? それだから、『導きの聖女』から『残念な殿方』なんて言われちゃうんだよ』
「んなっ!?」
オレは今日一日で一体、何回、この顔から「残念な殿方」と言われるのだろうか?
「一理ある」
「おいこら、味方!?」
「味方?」
「そこで首を捻るな、クソ兄貴!!」
確かに本当の意味で味方かは謎だが、この状況でそれはないだろう。
『血縁ほど面倒なモノはないからねえ……』
さらにそう続けられた。
『まあ、たまに血縁でなくても、今代の聖女と坊やのような事例もある。そんな親しい相手から「お前は何者だ? 」と問われれば、日々、自分の在り方に悩める乙女は簡単に揺らぐよ』
オレの言葉がきっかけだった?
いやいや? それはおかしい。
『人間界でもこの世界でも自分は異物。今代の聖女はそうお考えのようだからね』
「は……?」
栞の顔をしたダレかの言葉に一瞬、思考が停止した。
なんだそれ?
異物……?
そんなわけないだろ?
人間界では確かにオレたちのように魔法が使える人間というのは異質だと思う。
異能力者、異星人、異世界人と呼ばれるものだから。
だが、この世界なら間違いなく……。
『母親が人間界で生まれた一般人。この世界では「創造神に魅入られた魂」と呼ばれていても、その事実は変わらない。そして、父親はこの世界で国王陛下とまで呼ばれる地位にある。そこまではおっけ~?』
「……はい」
微妙に栞の口調を真似られた。
その部分に腹立たしさを覚えながらも次の言葉を待つ。
『つまり、世の中、「シンデレラ」のような大逆転に憧れる女ばかりじゃないってことさ』
そう言った声は、「高田栞」と違うものなのに、どこか「高田栞」を思わせてしまうようなものだった。
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