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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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微妙な差異が積み重なって

 昔から、兄貴の情報国家嫌いは相当だと思っていたが、栞の前で取り繕えないほどだとは思っていなかった。


 栞から「『ゆめの郷』には行って欲しくない」と言われて、嬉しかったんだ。


 そこに他意はないと分かっていても、少なくとも、合意があっても他の女に触れて欲しくはないというぐらいの好意はあると思ったから。


 だから……。


「兄貴も阿呆なことばかり言うな」


 それを誤魔化すかのようにそう言ったら……。


「情報国家という国の性質を語る上で避けられない話題ではあるから仕方あるまい。かの国にまともな倫理観を期待するな。婚約、いや、婚姻状態にあるような相手であっても情報のためなら、寝取って情報も取るという手段を平気で選ぶような国民性だからな」


 分かりやすく苦々し気な表情と言葉が返ってきた。


「兄貴……。言葉……」

「ああ、悪い」


 この主人の前で「寝取る」という単語は割とアウトだと思う。


 まあ、この場合、兄貴が寝取るわけではないからギリギリセーフのラインではあるだろうけど、感覚的な話だ。


 異性でも、開放的で大らかな主人なら許されるかもしれないが、栞はどちらかと言えば生真面目で固い。


 そして、人間界……、育った日本の影響でその根底に一夫一妻制の感覚が根強い。


 だからこそ、オレにも「『ゆめの郷』に行って欲しくない」と、言ったのだと思う。


 いかん、ニヤける。

 さっきのどこか拗ねたような口調と顔も可愛かったし。


 以前、行くことが許されたのはオレの「発情期」予防のため、病気の治療のようなものが目的だったためだ。


 通常で、「性欲処理のために女を抱きに行く」という理由では許されない気がする。


 うん、オレは栞が結婚するまで、いや、自分に特定の相手ができるまでは半童貞のままだな。


 オレは兄貴と違って器用じゃない。

 相手の体内魔気の気配も、妙な所で勘が良い栞には気付かれるだろう。


 そして、同時に、情報国家の人間ではなくて良かったとも思っている。


 好きでもない女を抱ける気はしない。


 それは、それこそあの「ゆめの郷」で嫌と言うほど自覚したことだった。


「栞ちゃん、ごめん。女性の前で品のない言葉を使ってしまった」

「品のない言葉?」


 何故か疑問符。

 まさか、知らないとか言わないよな?


「ああ、姦通罪のことでしょうか?」

「か……?」


 なんだそれ?

 いや、意味はなんとなく分かる。


「栞ちゃん。『姦通罪』という法律は、昭和22年に廃止されたと記憶しているよ」


 なんでそんなことを知ってるんだ?


「え? 不義密通は罪じゃないんですか!?」

「お前はどうしてそういちいち古いんだ!?」


 不義密通は流石にオレでも分かる。

 でも、その「姦通罪」というのは廃止された年代から考えてもっと古いと思う。


「『姦通罪』は江戸時代から続く男女不平等な法律だったからね。戦後に廃止したらしい」


 なんで、そんなことを勉強してんだよ?

 不要だよな?


「ああ、女性は夫を告訴できなかったらしいですからね。でも、男女平等に罪を負わせれば良かったのに。法律を作るのは男性が多かったから仕方ないのでしょうか」

「結婚していれば、婚姻という法律行為に対して、故意による他人の権利又は法律上保護される利益を侵害しているから今の日本でも一応、不法行為になるかな。だから、不倫をした配偶者とその相手に対して慰謝料請求の権利が発生するわけだしね」

「なるほど、勉強になります」

「お前ら、どうでも良いことに話を膨らませるな!!」


 この世界で全く関係のない法律の話をして何になる?


「九十九は一夫多妻派?」

「は? いや、オレは一人で十分だが?」

「そか。良かった」


 へにゃりと笑う栞。


 ちょっと待て?

 今のはどういう意味だ?


 そこだけ切り取ると……。


「雄也さんは?」


 ……切り取らせてくれなかった。


 当然のように兄貴にも確認する栞。


 兄貴は、一夫多妻でも、一夫一妻でも、一妻多夫でもないだろう。


 何故なら、他人のことはどうでも良いという人間だし、自身が妻を持つ気はないと思っているから。


「そうだね。栞ちゃんのような妻なら、一人で十分だと思うよ」

「ふぎょ!?」


 ここでそう来るか。

 だが、()()()()()()()()()()ちょうどいい言葉ではあった。


 そう言えば、栞はそれ以上の追求はしてこなくなる。


 流石、兄貴だ。

 勉強になる。


 まあ、あのぐらいの言葉で顔を真っ赤にしてしまう栞は単純でチョロ……、いや、可愛いとは思うのだけど。


「確かに栞みたいな女が自分の妻なら、手いっぱいになるよな」


 いろいろ心配になってしまうほど目も手も離せない主人。


「九十九」

「あ?」


 気が付けば栞の顔からは赤みが引いて、どこか冷ややかな視線。


「あなたは、そういう所が残念な殿方なんだよ」

「ああ?」


 さらにそんな言葉を頂戴した。


 この女、さっきから人のことを「残念な殿方」って言い過ぎじゃねえか?


 そして、兄貴。


 視界の端でこれ見よがしにでっけえ溜息なんか吐くなよ。

 腹立たしい。


「あと、雄也もわたしにそこまで気遣わなくて大丈夫ですよ。情報国家がハニートラップを仕掛けることは聞いていますし、情報国家の国王陛下が息と同じように甘い言葉を吐くことも知っていますから」


 栞は照れくさそうに微笑んだ。


 おいこら。

 オレと兄貴で随分、扱いが違わねえか?


「しかし、あの方からそんな呼び名を付けられるというのは相当だということだな。やはり、できる限り、情報国家には関わらない方向で……」


 兄貴がそう言いかけた時……。


「駄目ですよ、雄也。ミヤドリードさんから言われたでしょう? 『全てを知りたければイースターカクタスに行け! 』と」


 栞がそう咎めた。


「そうだったね」


 まさか、栞からそう言われるとは思っていなかったのだろう。

 兄貴はぎこちなく笑いを返す。


 確かに先ほどの言葉は、兄貴の逃げの部分はあったとはオレも思う。


 どれだけ情報国家と関わりたくないのか?

 いや、オレもあの国とは積極的に関わりたいとは思っていない。


 何より「好色男」が頂点で、「色狂い」がそれに次ぐ地位にいるのだから、あの国に行けば、間違いなく栞が危険な目に遭うことだろう。


 あの「盲いた占術師」はそれが分かっているから、あえてその言葉を選んだ気がする。


 だが、何故、栞があの時のあの言葉を覚えているのだ?


 栞は基本的に、夢での出来事を覚えていないことの方が多い。


 オレも全てを細かく覚えていることなんてできないが、アレは兄貴の魔法で意識が栞の夢の中に入った状態だった。


 だから、オレはあの夢の中のことはしっかり思い出せるのだ。


 夢で栞を慰めたことも、別れ際にミヤを抱き締めたことも。


 なんだろう?

 先ほどから、微妙な差異があるんだ。


 だが、目の前にいる栞は間違いなく本物だ。

 誰かが成り代わっているようにも見えない。


 いや、あの夢の中のことを知っている人間はオレと兄貴、そして、近くにいて巻き込まれたらしいリヒト以外は知らないはずなのだから、知っている時点で本人以外はありえないのだが。


 ……ん?

 何か、今、思い出しかけたような?


「九十九?」

「あ?」

「先ほどから変だよ?」


 栞からそう問われて……。


「……そうだな」


 オレはそう返答した。


 はたして、この場で変なのは誰だ?


 異様なほどしっかり記憶している栞か?

 その栞に違和感を覚えているオレか?


 それとも……。


「オレもちょっと疲れているんだと思う」

「結構、話し込んだからね」


 栞がそう笑った。


「雄也は大丈夫ですか?」

「そうだね。俺も少し疲れたかな」


 ?

 珍しい。


 兄貴が自分から「疲れた」と口にするなんて。

 全てが違和感でしかない。


 ちょっと疑えば全てが怪しく思えてくる。


 この場で誰一人として、誰も嘘を吐いていないのに。


「じゃあ、この辺で止めましょうか。こんな箇条書きではなく、しっかりとあの場での会話を書き出しますね」


 栞がそう言いながら、拳を握る。

 その姿も在り方も、間違いなく「高田栞」のソレなのに。


「会話の全てを書き出してくれるのはありがたいね」

「流石に全部ではありませんよ。思い出して、書き出せるだけです」


 それは当然だ。


 会話の一言一句の全てを書き出せるなら、それは既に普通の記憶力とは違う能力だ。


 そんな人間は確かに存在する。

 だが、栞はそんな人間ではない。


 だけど……。


「栞……」

「ん? 何?」

()()()()()()()()()()()


 オレは、そう言わずにはいられなかったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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