死ぬ間際の願い
「つまり、この『そこに母登場! 』という文章と、『母は「聖女候補」が転落した場所に行った時、その娘の残留思念に出会った』というのは、千歳様がその場所に行き、その『聖女候補』だった娘の残留思念に出会ってしまったとい言う意味なんだね?」
割とそのまんまな話ではあるのだが、間違ってはいない。
そして、雄也さんが言い直した「出会ってしまった」という言葉からも、まあ、あまり良い出会いではなかったと予測しているのだろう。
「はい。母は地縛霊と遭遇したらしいです」
「何故、そこで『残留思念』ではなく、そちらの単語を選んだ?」
九十九は顔を顰める。
「なんとなく?」
その先の展開からそうとしか思えなくなったから。
「母と出会った『残留思念』は、王族の血が濃く流れていた方だったために、その場に残っていた思念……、『魂の欠片』ってやつをしっかり受けとってしまったそうです。それも、お腹に子が宿っているような状態だったとか』
「「は? 」」
うん。
二人のその反応は正しい。
「なんだそれ?!」
九十九のその反応も正しいし。
「ちょっと待って。整理させてくれるかい?」
雄也さんのその反応も正しいと思う。
「なんで、その後にその部分を書いてないんだ?」
九十九が言うように、わたしはその部分を箇条書きにしていなかった。
次に続く文章は「強化されてラッキーぐらいの感覚で良い」の言葉。
つまりは、「魂の欠片」とやらを受け取ってしまったその結果しか書いていないのだ。
「なんて書いて良いのか分からなくて」
迷った果てに、「残留思念」や母のことを書けば、どちらかが突っ込んでくれるだろうと思った。
だから、この手書きの文章の中でも、ちょっとだけ目立つように書いている。
そして、実際に雄也さんが気にかかってくれたわけだが、見事に一本釣りした気分であった。
「何回か書き直したんだけど、どれもなんかしっくりこなかったんだよね」
最初から書いていれば、軽く目を通した時点で、二人とも気にしてしまっただろう。
どう考えても、『生まれる前から神に目を付けられていただけじゃなく、殺されたセントポーリアの王族の霊にも憑りつかれていたってオチ』とかいう文章しか思い浮かばなかったのだ。
そして、そんな文章が試し読みの段階で目に止まれば、それ以外、意識できなくなる気がして……。
「栞ちゃん。つまり、そのセントポーリアの王族に連なった令嬢の『魂の欠片』とやらを、千歳様が受け取ったということで間違いない?」
「モレナさまはそう言っていました」
「お腹に子が宿っている状態というのはその……」
「わたしのことらしいです」
仮に、あの母に他に子がいたとしても、モレナさまの言い回しでは、「わたし」のことを差しているとしか思えないような言葉だったと思う。
まあ、あの母に他に子がいるとは思えないけど。
子供好きなのに人間界で再婚もしなかったのは、未婚で産んだ娘のこともあったけれど、封印されていた記憶のどこかにセントポーリア国王陛下のことが残っていたということだろうか?
ちょっとばかり、少女漫画的な発想すぎる?
「その『魂の欠片』とやらは、千歳さんに渡されたのか? それとも、腹の子か?」
九十九が独り言のように疑問を呟く。
「はっきりと確認していないけれど、母を通じてワタシに……って感じかな。だから、わたしの魔法制御に影響があるらしいよ」
「あ?」
「モレナさまは『自分の魂以外の力が混ざっているわけだから、ちょっとばかり、魔法の制御が難しくはなっているかもしれない』と言っていたから」
「はあ!?」
毎度、制御しきれていない魔法を放っていた加害者の言葉に被害者が叫んだ。
「なんでもあのセントポーリア城自体にそんな『残留思念』がいっぱい迷っているらしいよ。それで、それらの思念も取り込んで、あの一族はどうしても制御が苦手になってしまうとかモレナさまは言っていた」
「なんだそりゃ!?」
九十九がまたも叫ぶ。
あの時は深く考えなかったけれど、それってあの城自体に人間界でいう地縛霊や浮遊霊と呼ばれる存在がいっぱいいるってことなんだと思う。
それらに憑りつかれて、魔法の制御がしづらいってこと……なのかな?
まさに怨念がおんねん?
「ああ、よく聞く『聖女の呪い』の正体ということか」
また何でも聖女のせいにされているんですね。
良いことも悪いことも皆、聖女のせいって結構、酷いと思う。
「『封印の聖女』の残留思念もまだどこかに残ってはいるとも言っていましたが、セントポーリア城の残留思念の方は、親族間で殺し殺された結果らしいです」
「それって、どんだけ殺し合っているんだ?」
「さあ?」
「王族の暗殺、処刑に関しては、記録上はゼロだよ」
「「は? 」」
雄也さんの断言に九十九とわたしの声が重なった。
「セントポーリアの史書によると、王族に対して王族が手を下した例はないようだ。ただ、王族離脱、まあ、王族でなくなった後に処刑という例はあったから、本当の意味ではゼロではないけどね」
「それって体面を取り繕っただけで、実際は王族の血が流れているってことになるんじゃねえのか?」
「王族の全てが全能ではないため、多少はやむを得ない部分はある。それでも、セントポーリアは少ない方だ。尤も、それも他国に比べて少子、短命が多いせいもあるだろうがな」
だけど、それが本当なら、他国にも同じようなことはあるはずだ。
もしかしたら、その短命の理由の方にその原因がある気がしてならない。
例のルキファナさまだって、モレナさまが言うには塔から落ちての事故に見せかけた殺人事件だったらしいのに、公表されているのは胸の病、病死だった。
死人に口なし。
本当に怖い言葉だと思う。
まあ、万一、死人が話せたとしても、当時のルキファナさまは生後11ヶ月。
まだ乳児から幼児に差し掛かるような赤ちゃんだったという。
どんなに言語の力が発達している魔界人でも、話すことができたかは分からない。
「ルキファナは亡くなる前に強い想いを残したそうです。それが『神力』を伴って、創造神に届いた。モレナさまはそう話されました」
「創造神?」
何故、ここでその言葉が出てくるのか分からないと言うように、雄也さんが首を傾げた。
だけど、さらにこの先を伝えれば、この人はどんな顔をするだろうか?
「創造神はその願いに応えました。だけど、この世界の人間ではその想いに応えられなかったらしく、遠く離れた地で生まれた強い魂を持つ人間が成人するまで待ち、この世界に呼び寄せた上で、加護を与えたそうです」
「それって……」
そう呟いたのは九十九だった。
雄也さんは目を丸くして、固まっている。
「モレナさまは断言を避けましたが、母がこの世界に来たのは15歳の時でした。これは、偶然だと思いますか?」
何よりも、わたしに関係のある話だと言われたのだ。
父親の従兄妹でもあるルキファナさまに関しては、確かに親戚と言えなくもない。
「『聖女候補』の死ぬ間際の願いで、あの方は呼び寄せられた?」
雄也さんが茫然と呟く。
それはあまりにも突拍子もない話。
そして、その真実を知る人間はいない。
人の身では知ることすらできない。
だが、その話をわたしにしたのは過去、現在、未来の全てを見通す眼を持っている「盲いた占術師」と呼ばれるモレナさまだ。
それを疑う理由の方が少ない。
「その『聖女候補』の死ぬ間際の願いってなんだ?」
九十九としてはそちらの方が気になったようだ。
「死ぬ直前にその娘が思ったことは、自分が生まれた地のこと。自分を殺すような相手の思い通りにさせないこと。何よりも、会うこともなかった婚約者候補のことだったらしいよ。でも、それ以上は分からない」
「そうか……」
「はっきりと分かるのは、わたしの母が『創造神に魅入られた』ことによって、15歳にこの世界に来たこと。そして、この世界でわたしを産んだって事実だけだね」
それと、わたしがセントポーリア国王陛下の血を引いていること。
それ以外の事実は分からない。
本当に「聖女候補」だったルキファナさまの意思を汲んでの話だったのか?
それとも、「創造神の気まぐれ」によるものだったのか?
当事者に確認できない以上、それはずっと分からないままなのだろう。
そして、どちらにしても、母がそれに巻き込まれ、その結果、わたしが産まれたということに変わりはないのだけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




