被害の規模は分からないけれど
「この状態で、話を続けることは難しいと思います」
栞がそう口にした時、オレは……。
―――― そうだろうな
素直にそう思った。
「テーブルの無い状態で対面の会話って難しくないですか?」
「「は? 」」
栞の言葉に、奇しくも、兄貴と同時に、全く同じ返答をしてしまった。
しかも、我ながら気も間も抜けたような返事だった。
恐らく兄貴も同じように思っているだろう。
不覚……と。
「立ち話だったらそこまで気にならないでしょうけど、椅子があるのに立ち話も難しいですよね」
「テーブルぐらいオレが出す」
実際、兄貴がここの備品だったテーブルを粉砕したのは、オレが状況も考えずに栞を抱き締めようとしたからだ。
確かにあれでは勢い余って、栞をテーブルにぶち当てることになっただろう。
上に載っていた食器については、咄嗟に魔力を通して収納魔法が使えても、宿泊施設の備品はそんなことができないようになっている。
簡単に魔力を通せてしまえば、備品が盗み放題になってしまうからな。
ある程度の宿泊施設となれば、ほとんど、備品にカルセオラリア製のコーティング剤を使っているそうだ。
カルセオラリア製の調度品を買うと高いのだ。
カルセオラリア製のコーティング剤を使えば、魔力は通せなくなる。
だが、コーティング剤は物理攻撃に弱い。
強化魔法を使える兄貴なら簡単に叩き割った後、コーティングされていない割れ目から、粉砕魔法や消失魔法で隠滅できてしまう。
もっと、別の手段はなかったんですかね? お兄様。
いや、オレが悪いと分かっているけれど、せめて、テーブルをふっ飛ばして別の場所にずらすとか、他の手段もあっただろうに。
兄貴が咄嗟に出す結論は時々、大雑把で力技だったりする。
「これなら良いか?」
「うん」
先ほどまでこの部屋にあったテーブルとは雰囲気が違うが、話をする分には問題ないだろう。
テーブルというよりシンプルで事務机に近いものだった。
だが、屋外ならともかく、普通の室内でテーブルがない場所に行ったことがないためか、こんなのしか持ってないんだよ。
これ以外となれば、風雨にも強い折り畳みテーブル。
それよりはこちらの方がマシだろう。
ついでに新たな茶と茶菓子を出す。
少しだけ、栞の目が輝いた気がした。
そんなわけで、再び仕切り直し。
「栞ちゃんはどこまで、あの方から、人間界にいたままだったらどうなるかという話を聞いた?」
そう切り出したのは兄貴だった。
何でも、栞が「人間界にずっといる」という道を選択していたら、約半年後に、栞は魔力を暴走させてしまうらしい。
しかも「祖神変化」を伴うものだったという。
つい最近、「音を聞く島」で見た金髪、橙色の瞳を持つ栞に似た女の姿を思い出す。
そして、その力の威力も。
混血とはいえ、精霊族の血が混ざったヤツらの肉体と心を、破壊寸前まで追い込んだ「神の化身」。
そんな相手に魔法も使えない、魔法の耐性も低い人間たちが対抗する術など持ち合わせていなかっただろう。
それがどんな時、どんな場所で起きたのかは分からないが、少なくとも数人、多ければ、数百人規模に被害があった可能性は否定できない。
「先ほど、お話した程度です。被害の規模とか、どんな状況だったのかは教えてもらえませんでした」
「それなら良かった」
兄貴はそう言った。
「あまり詳細を聞きすぎて、起きてもいない話を、起きてしまった事実だと思い込んで受け止められても困るからね」
確かに栞にはそういう部分がある。
可能性の話、仮定の話すら、自分の罪だと思い込んでしまうようなところが、いや、正しくは、自分さえいなければ目の前の不幸はなかったと思ってしまうようなところがあるのだ。
日頃はそうでもないが、人の死が絡むと、特にそんな傾向になる。
だが、先ほどの「盲いた占術師」が視た未来というのは、今後も起きるはずがないことだ。
既に栞はこの世界に来て、自分の魔力や魔法と向き合って三年間、生きている。
魔法が簡単に使えなくても、使えるようになった魔法の威力が自分の意思以上のものだったりしても、諦めることなく、折れることなく突き進んできた。
それだけではない。
大泣きをしてでもあの世界と別れる決意をした栞と、自分が別の世界で生まれた人間であるという現実を無視して、魔法とは無縁の居心地の良い世界を選んでしまった栞の強さが同じであるはずがない。
「大丈夫です」
栞は兄貴に向かって笑みを向ける。
「そうならないようにもう少し頑張ります!!」
拳を握って眩しいくらいの笑顔でそう宣言する。
いや、お前はそんなに頑張らなくて良い。
寧ろ、これ以上、頑張るな。
「これは、俺たちも負けていられないな、九十九」
「おお」
そんなことは、兄貴に言われるまでもなかった。
主人が努力を続けるというのなら、オレたち護衛はそれ以上に自分を磨いて力をつけるしかないのだ。
半分は人間だが、もう半分は、中心国の王族の血を引いている栞。
しかも、生まれる前から神のお気に入りだ。
それらの事実だけで、並大抵の努力ではその横に立つことも、背中に追い付くことすらできないだろう。
「しかし、そうなると、大気魔気の薄い人間界でも『祖神変化』はしてしまうということになるね」
兄貴は難しい顔をしながらも、そう呟く。
そして、そのことは、オレたち兄弟は既に知っていた事実だ。
栞と再会したあの日。
栞は一度、その髪色を変化させている。
今にして思えば、あれは「祖神変化」だったのだろう。
神の意識を自分の身体に降ろす「神降ろし」よりもずっと神に近付く行為。
「モレナさまは、『人間界には創造神以外の神の御手は届かないのに、「祖神変化」はできるのか』と感心していました。その際、『祖神は、その人間の魂の素になっているからだろう』とも言っていた覚えがあります」
気のせいか……?
随分、栞がその時の言葉を覚えている気がする。
オレや兄貴のようにその場で記録をしていたわけでもないのに。
そんなことが許されているなら、このような箇条書きではなく、そのメモをオレたちに差し出した方が無駄もなかったはずだ。
もともと栞の記憶力は悪くない。
思わず、「そんな大事なことを忘れるな! 」と叫びたくなるほど暢気な時もあるが、それは彼女にとって重要な事柄ではないためだろう。
だけど、「盲いた占術師」の言葉を語る時は随分、かなり細かく思い出せているような印象がある。
それだけ、あの「盲いた占術師」の言葉は全て大事だと思い込んでいるってことか?
本当に、それだけか?
「祖神が人間の魂の素……。なるほど、人間界に行っても体内魔気に関しては、そこまで大きな変化がなかったのはそのためか」
言われてみればそうだな。
大気魔気が薄いために現代魔法はかなり制限される。
そして、周囲に悟られないように生活するために、日常的にはその体内魔気はクスリや道具で抑え込んでいた。
だが、オレや兄貴は古代魔法を使えた。
古代魔法は大気魔気を利用することもあるが、基本は体内魔気を使うものだ。
だから、オレは人間界でも魔法に不自由だった覚えはほとんどない。
尤も、兄貴との模擬戦闘以外では、使うことはほとんどしなかったが。
「ただ、モレナさまが言いたかったのは、わたしの暴走の危険性よりも、『運命は強い意思で変えられる』という点だったようです」
「どういうことだい?」
「あの方は言っていました。わたしの『強い意思を伴う選択によって、それだけの人間たちの運命が変わっている。それは、理解してくれるかい? 』と」
兄貴の問いかけに対して、栞は迷いなく答える。
「なるほど」
短い言葉でそう納得する兄貴の横で、オレは言いようもない違和感を覚えていたのだった。
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