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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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何もしていない

「栞ちゃんの誕生日から半年ほど経った時の暴走が、『祖神変化』を伴っていたというのは確実なんだね?」

「そのようです。モレナさまは『完全に色が変わっている』と言っていました」


 その「色」が何を指すのかは分からない。


 普通に考えれば、髪や瞳だと思う。

 わたしの黒髪、黒い瞳は「祖神変化」すると、金髪、橙色の瞳に変わるらしいから。


 だけど、モレナさまは占術師の能力を持った方だ。


 長耳族のリヒトが大気魔気、体内魔気を「音」と表現したように、それらをわたしたちとは違った視え方で捉えている可能性はある。


「なるほど。『色が変わっている』というのなら、本当にその光景が視えていると考えるべきだね」


 雄也さんもわたしと同じように結論を出したらしい。


「でも、あの人って、目が見えないんだろ? 色とか分かるのか?」


 九十九がそんな疑問を口にする。


 そう言えばそうだけど、確かモレナさまは……。


「モレナさまは人の考えていることを、自分の脳内で映像化できるらしいよ。だから、色も知っているんじゃないかな?」


 わたしの考えた映像で喜んだってことは、やはり、視えているんだと思う。


 それ以外でも、王族たちのことを色で表現しているしね。


「思考の映像化……。それはいろいろな意味できつそうだな」

「人と視界を共有する能力とも違うのか。それは細部まで再現されなければ、ぼんやりとした映像しか視えていないかもしれないな」


 九十九と雄也さんがそれぞれそんな感想を口にする。


「話を聞いた限りでは、確かに細部を再現すれば、視覚の共有に近い状態にはなるようです」


 だけど、わたしにとって大事なのはそこじゃなかった。


「そのモレナさまが視たのは、人間界で『祖神変化』を伴う暴走を起こした娘は、周囲にいた多くの人間たちを巻き込んでしまった光景だったとおっしゃいました」


 意識したわけではなかったけれど、「わたし」ではなく、「娘」と自然に出てきた。


 自分の中で、認めたくなかったのかもしれない。


 そんなことをしたのが、自分のもう一つ(可能性)の姿だったなんて……。


「そこそこ耐性のあるこの世界の人間たちすらふっ飛ばすような神の力に、魔力が微量、魔法に耐性がない人間は耐えられるはずはないですよね?」


 いろいろ考えたけど、結局、モレナさまのお言葉を使わせていただいた。


 だけど、それだけで意味は伝わるだろう。

 察しが悪いわたしにも伝わったぐらいだから。


 今度は声も震えなかったと思う。

 顔だって、ちゃんと上げていたのだ。


 それなのに、大きな音とともに、わたしの視界は真っ暗になり、後頭部と顔面に強い圧迫感を覚えた。


「何もしてない」


 そして、すぐ近くで響く低い声。


「お前は何もしてない」


 さらに顔に感じる圧力が強まった。


「これからも何もしない」


 迷いもなく告げられる力強い言葉。


 そこで、ようやく、わたしは九十九の胸に顔を押し当てられていることに気付く。


 その間にあったはずのテーブルやその上に載せられていた茶器、お茶請けに準備されたお菓子はどうなったのだろう?


 そんなことを考える余裕すら、わたしにはなかった。


 思わず、目の前にある柔らかい布、九十九の服と思われるものを両手で握りしめて懸命に耐える。


「栞が『祖神変化』を起こしても、オレが絶対に止めてやるから」


 さらに続けられる言葉。

 だけど、それに甘えるわけにはいかない。


 甘えることなどできないのに、それでも、縋りつきたくなる。


 この優しさと力強さに甘えたくなってしまう。


「九十九」


 もう一つの声が聞こえた。


「それでは栞ちゃんが苦しいと思うよ」

「あ、悪い」


 その言葉で緩められる手。


 わたしも、状況を思い出して、自分の手を緩めて、九十九から離れる。


「あれ?」


 わたしと九十九の間にあったはずのテーブルやそこに載っていた物が全て無くなっていたことに気付く。


「九十九はもっと状況を見ろ。あのまま、考え無しに引き寄せたら、栞ちゃんがテーブルに激突する。栞ちゃんの身体はお前ほど頑丈じゃないのだからな」

「……おお」


 どうやら、雄也さんがテーブルを片付けてくれたらしい。


 でも、周囲にはない。


 上に載っていた茶器は九十九の自前だけど、あのテーブルは、ここの宿泊施設の備品だった気がする。


 あれ?

 収納魔法って、「印付け(マーキング)」してなければ、使えないはずだよね?


()()()()()()()はお前に回すからな」

「……分かった」


 ちょっ!?

 弁償って何!?

 そして、なんで、九十九は納得してるの!?


「栞ちゃん」

「はい!!」


 二人の会話に対して、脳内で突っ込んでいたためか、雄也さんの呼びかけに対して、無駄に良い応答になってしまった。


「手を」

「はい?」


 言われるがままに両手を差し出す。


「九十九の行動はともかく、台詞に対しては俺も同じ意見だ」


 そう言いながら、雄也さんはわたしの両手をとった。


「この手は何もしていない」

「ふぎょっ!?」


 思わず叫んだ。

 わたしの両手を揃えられて、そのまま手のひらに口付けられたのだ。


 これは叫ぶ。

 叫ぶしかない。

 叫ばせて!!


 手が! わたしの手に柔らかくて温かいものが!!


 以前、手の甲に口付けられたのとはちょっと違う感覚!


 しかも、手のひらが少し丸まってしまったのか、雄也さんの頬の感触までバッチリと伝わってしまう!!


 そして、ビックリ!!

 意外と、頬、柔らかい!!


「そして、これからもこの手を汚させないと俺も誓おう」


 わたしの両手から顔を上げ、さらには上目遣いで微笑まれる。


 うわああっ!?

 逃げたい!!


 でも、しっかりと手を握られているから無理!!


「気障なことしやがって」

「お前の気が利かないだけだよ」


 そんな気の回し方なんて要りません。


 普通で良い、普通で。

 言葉だけで十分です。


 九十九の時は思わず泣きたくなったのに、雄也さんの行動はそれら全てをすっ飛ばして逃げたくなった。


 ……あれ?

 もしかして、今のって、わたしの涙を零させないようにするため?


 そんなことを考えていると、雄也さんの手がわたしから離れる。


「うん。やっぱり、栞ちゃんには悲痛な顔は似合わない」


 おおっ!?

 さらにニコリと微笑まれる。


 なんだ!? この美形は。

 雄也さんだ、この美形は。


 わたしが、至近距離の美形の微笑みにくらくらしていると……。


「おいこら。自分の主人を口説くなよ」


 九十九が呆れたようにそう言った。


「あれ? 今のって、口説かれてたの?」


 わたしが、雄也さんに?


「かなり使い古された口説き文句だったと思うぞ」


 さらに九十九は肩を竦める。


 まあ、確かにそんな感じの言葉に受け止められなくもなかったが、雄也さんにそんな意図はなかったと思う。


 主人に対する気遣いとかそんな感じだった。


「栞ちゃんを口説いた覚えはないのだが……」


 そうですよね?

 ここにいたのがわたしではなくても、雄也さんは同じような行動をとる気がする。


 その相手を泣かさないように。


 でも、九十九はどうだろう?

 わたし以外の女性でも、あんなことする?


「今の顔も愛らしいとは思うけど、笑ってくれたらとは思うね」


 ああ、うん。

 確かに九十九が言うように、普通なら立派に口説き文句な流れですわ。


 それでも、雄也さんなら他の女性相手でもやると思う。


 あいさつ代わりにと言うか、社交辞令と言うか。

 女性を大切にする精神? を持っているというか?


 だから、気にならない。


「雄也、気遣ってくれてありがとうございます」

「どういたしまして」


 わたしは御礼を言うと、雄也さんはにっこりと微笑みを返してくれた。


「ところで、栞ちゃんはこの話を続けても大丈夫かい?」

「えっと……」


 その問いかけに対して、少し迷ってしまう。


 話題の内容についてはもう大丈夫だ。

 先ほどは確かに動揺を隠せなかった。


 わたしがあの時、この世界へ来たことによって、訪れなかった過去(未来)ではあったが、それでも、その可能性があった未来(過去)でもある。


 感情の制御が不十分であったために起こることが多い「魔力の暴走」がその原因だというのなら、自分の中にその気質があるということだ。


 自分ではどうにもならないほど激しい魔力暴走状態(抑止不能の衝動)


 それが自分の中にあると知られた時、目の前の護衛たちがどんな感情を持つか分からなかった。


 ―――― 無意識のまま人を殺めることができてしまう化け物


 そう思われることが怖かったのだ。


 だけど、彼らは気にせず、わたしに手を伸ばした。

 それが起きても止めてくれると言ってくれたのだ。


 どんな時でもわたしを優先してくれる護衛たち。

 でも、このまま話題を続けられるかと問われたら……。


「この状態で、話を続けることは難しいと思います」


 そう答えるしかなかったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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