【第94章― 過去と未来の間には ―】神に見つけられた魂
この話から94章です。
よろしくお願いいたします。
わたしと九十九が雑談に切り替えて暫く、入室の合図があった。
「はい」
わたしが声をかけると……。
「失礼するね」
そう言いながら、黒髪の青年が入ってきた。
その手には、わたしが書いたものとは違う数枚の紙が握られている。
「先ほどは少し、話が変な方向に進んだけれど、またいろいろ聞かせてもらえる?」
そう言いながら、黒髪の青年……、雄也さんは九十九の横に座った。
「はい」
どうやら、先ほどの話をひきずるつもりはないらしい。
わたしとしても、そちらの方が助かる。
セントポーリアの国王陛下がどうお考えなのかは分からないけれど、現時点で、自分が王位継承することなんて考えられなかった。
セントポーリア国王陛下だってまだ若いのだ。
王位継承者が25歳になれば譲位が可能だと聞いているが、それは可能なだけで、絶対にその年齢の王位継承所持者に王位を継承しなければならないわけではないらしい。
だから、まだまだ現役で頑張っていただきたいと切に願うばかりである。
「この『「聖女候補」は乳児期から分かる』とはどういうことかな?」
「『聖女候補』は、『神力』を持って生まれた方らしいです」
「なるほど。生まれる前から神に目を付けられたという栞ちゃんと同じってことかな?」
雄也さんは意味深な笑みを向ける。
この世界で「神のご加護」を持つ人間は珍しくない。
それまでの人生で神さまたちが気に入るようなことがあれば、極端な話、命の炎が消えかかっているような死の直前でも加護を賜ることはあるそうだ。
そんなタイミングで貰っても困る人の方が多いと思うけどね。
そして、その神さまのお気に入り度合いとか、気に入った理由とか、何よりその神さま自身の神格で加護の強さは異なるらしい。
だが、生まれる前。
「聖霊界」と呼ばれる場所で、生まれる準備を始めた待機状態の魂の時点で、神さまから加護ではなく、「神力」を分け与えられる人間となれば、かなり少ない。
基本的に神さまは「聖神界」の住人……、いや住神であって、「聖霊界」にはほとんど来ないのだ。
勿論、「神のご加護」のように後天的に「神力」を所持することもあるらしいが、生まれつき持っているものほど魂に溶け込まない。
そして、「創造神」に魅入られてしまったわたしの母は、例外中の例外である。
母は、背負わされた役割を含めて、ただの「聖女候補」以上の存在と言えるだろう。
わたしは雄也さんと九十九にそう説明した。
「つまり、お前たちは、母娘揃って、規格外ってことか?」
わたしの話を聞いた九十九が顔を顰める。
雄也さんは難しい顔をしたまま、黙っていた。
「自覚はないけどね。多分、母にもないと思う」
そもそも、あの母が「創造神に魅入られた魂」という存在であることを知っているかどうかも分からない。
わたしが知ったのも、大神官である恭哉兄ちゃんから聞いただけだ。
だが、情報国家の国王陛下は知っていた。
もしかしたら、王族なら知っている知識なのかもしれないが、下手に話題にできないので確認のしようがない。
「だけど、ここで書いている『「聖女候補」は乳児期から分かる』というのは、わたしではなく、ルキファナさまのことだよ」
「ああ、さっき言っていた一歳になる前に死んだっていう王族のことか」
九十九の言葉は率直だと思う。
まあ、分かりやすくて良いけど。
「ジギタリスの占術師だったリュレイアさまも、赤ちゃんの時にその気配があったから、モレナさまが引き取ったと聞いている」
「ああ、そう言えば、あのジギタリスにいた占術師は、『盲いた占術師』の弟子だったな」
九十九が思い出したかのようにそう言った。
「栞ちゃん、ちょっと良いかい?」
「えっと次の行でしょうか?」
雄也さんに話しかけられて、わたしは自分の手にした紙に目を落とす。
「いや、そのジギタリスの占術師をあの方が見出したのは、その『神力』があったからということかい?」
「え? あ、はい」
「そうなると、占術師が幼い弟子を取ろうとするのは単純に能力の継承と教養の引継ぎだけでなく、保護の意味合いもあるのかもね」
「「保護? 」」
雄也さんの言葉にわたしと九十九の声が重なった。
良かった。
分かっていないのはわたしだけじゃないようだ。
「これまでの話や栞ちゃんからの情報を聞いた限り、『神力』は必ずしも人間にとって良い結果になるとは限らない。これがまず、前提の考え方となる」
雄也さんは分かっていないわたしたちに対して、呆れることなく丁寧に説明してくれる。
「だから、幼い『神力』の所持者を、神々の好意から護る意味もあるかもしれないと思ったんだよ」
そんな考え方はなかった。
「勿論、これは俺の推測であって、正しいわけではない。幼い『神力』の所持者を見つけ出し、その『神力』の使い方を教える意味の方が強いだろう。ただ、誰にも見つけられることがなかったルキファナ様の死は少し早すぎると思ったんだ」
単純に、例の神さまに見つかっただけではない……、と?
「だが、兄貴。オレはその次の文が気になる」
わたしは雄也さんの言葉に思考が停止しかかったが、九十九は冷静だった。
そして、次の文を指し示す。
―――― ルキファナさまは「封印の聖女」と同じ役割を背負っていた
「この『封印の聖女』って、例の六千年前の『聖女』のことだったよな?」
「う、うん」
「それなら、その聖女と同じ役割ってなんだ? そのルキファナ様ってやつも、何かを封印する予定だったのか?」
―――― ああ、封印を義務付けられていたわけじゃないよ
「違う。どちらかと言えば、生まれる前に厄介な神に目を付けられ、妄執にも似た愛情を注がれた挙句、その魂が囚われたって……」
九十九の問いかけに対して、答えようとする自分の声が震えているのが分かる。
そして、二人の目の色が変わっていくのも……。
「ルキファナさまの魂は幼く、未熟だったために、神から魂が染め上げられるのも早かったんだって。だから、その身体も成長する前だった。そのために、その神も後悔して、次はもっと成長させてから、我が手にしようと……」
ああ、駄目だ。
二人の顔を見ることができなくて、つい、視線を下に落としてしまった。
紙面に書いた自分の文字が目に入る。
これを書いた時はもっと落ち着いていたはずなのに、言葉にすると、こんなにもわたしは弱い。
「次って……?」
「成長するまでとは……?」
わたしに問いかける九十九と雄也さんの声からは感情が読み取れない。
「ルキファナさまは大陸神の加護の強い建物の中で生まれたんだって。そして、眩しい光に包まれ、大きな産声を上げたらしいよ。だから、その神に見つかるのは早かったとモレナさまは言っていた」
これらの言葉を口にしている時、二人がどんな顔をしていたのかは、わたしには分からない。
「でも、その次に見つかった魂は、その母親によって、大陸神の加護が強い建物から離れ、さらには生まれた直後に目印となる魔力の封印を施されたって聞いている。その理由はその母親しか分からないだろうけどね」
だけど、なんとか最後まで続けよう。
これは、二人には伝えておかなければならないことだから。
「だから、その魂を持つ娘が神に見つかったのは、5歳になった直後ぐらいなんだって」
「それって……」
九十九が何かを言いかけて、そのまま、制止した。
一瞬、黒い影がテーブルに映ったから、もしかしたら、雄也さんが止めたのかもしれない。
だから、言葉を続ける。
「黒くて怖いモノに追われたその魂は、それから懸命に逃げようとして、大事な護衛を足止めして、母親とともに人間界へ向かったそうだよ」
声だけではなく、膝に乗せた自分の握り拳も震えている。
本当に情けない。
「モレナさまは、『人間界に神の御手は届かないようだ』って言っていた」
わたしの言葉で、どちらかの喉がなった音が聞こえた気がする。
そうだよね。
お互いにショックだと思う。
でも、これだけはちゃんと言っておかなきゃ。
「九十九、雄也。人間界でわたしを見つけてくれてありがとう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




