国の膿み
「セントポーリアの膿みを取り除く気はあるかい?」
そんな雄也さんの言葉に対して、「ない」と即答できるほど、人の心を捨てているわけでもないけれど、「ある」と即答するほど、あの国に思い入れがあるわけでもない。
「国の膿みを取り除くなど、それこそ、国王陛下の仕事ではないでしょうか?」
だから、そう答えるに留めた。
わたしは「聖女の卵」という肩書きを持っているだけで、自分にそこまで強い力があるわけではない。
違うな。
血筋による魔力の強さはあるけれど、それぐらいしか持たないのだ。
そんな「国の膿み」……、「悪政」とか「悪行」とか「悪習」とかのことだと思うけれど、それらに対抗できる手段は持ち合わせていない。
そもそも、わたしの思考はこの世界の常識とは違うのだから、下手に手出しができるはずもないのだ。
「その通りだね。だが、国王陛下、お一人では限界があるというのが現状だ。そして、本来、手助けするはずの王族たちが、その『膿み』の素でもある」
「それは王妃殿下とダルエスラーム王子殿下を除く王族たちも含むと言うことですよね?」
「そうだよ」
おかしいのだ。
王妃殿下が仕事しなくても、王子殿下の魔力が弱くても、それ以外にも王族はいる。
ダルエスラーム王子殿下の婚約者候補に上がる女性王族が少ないだけで、男性王族がいないという話は聞いたこともない。
実際、先代国王は譲位して隠居状態でもご健在である。
王妃殿下の父上は現国王陛下の叔父でもあり、まだ現役で大臣職にある。
それ以外にも血は薄くなるけど、王族はいるのだ。
それなのに、どうして、国王陛下一人が苦労しているのか?
「つまり、膿みを出すというのは、セントポーリアの王族を滅ぼせと言うことでしょうか?」
「どうしてそうなった!?」
それまで黙っていた九十九が耐えきれず突っ込んだ。
「なんとなくイラっとするから? 国王陛下一人が倒れたらダメになってしまうような絶対王政は、分かりやすく革命で変えるしかなくない?」
「どこの国家だよ!?」
「この世界にギロチンってあるのかな……」
「ねえよ!!」
ないのか。
そんな言葉にまで律儀に突っ込むわたしの護衛。
まあ、この世界は魔法がある。
ギロチンなんて残酷な処刑装置を使うまでもないのだろう。
でも、なんとなく、王族や貴族の処刑ってギロチンで行うイメージが強いのは何故だろうね?
「つまり、この世界にはサンソンさんのような一族はいないのか」
思わずそう呟いていた。
「誰だよ!?」
九十九は知らないらしい。
「ルイ16世やマリーアントワネットの死刑を執行した『シャルル=アンリ・サンソン』のことじゃないかな? 確か、ギロチンを導入した人間であり、パリの死刑執行人であったサンソン家の4代目当主だったと記憶している」
流石は、雄也さん。
よくご存じで。
「知らねえよ!! そんな雑学!!」
「とりあえず、九十九は落ち着いて」
「一体、誰がオレを興奮させていると思ってるんだ!?」
「えっと、わたしかな?」
少なくとも、今、九十九のボルテージが上がっているのは、わたしの言葉に細かく突っ込んでいるからだろう。
「違いない」
雄也さんが珍しく、フォローも無しにククッと笑った。
九十九がそれをギロリと睨む。
「さて、冗談はここまでにして、セントポーリアの膿みを出して取り除くと言っても、王族を全て滅ぼす必要などない。王族や貴族は城にいるだけでもその価値はある。大気魔気の調整という意味ではね」
確かに、城に住んでいる王族や貴族を全て、追い出したり処刑したりして排除すれば、国王陛下の仕事はますます増えてしまう。
つまりは……。
「生かして搾り取る方が良いと言うことですね?」
「間違ってはいないんだろうけど、お前の発想……というより表現は、最近、過激な方向に進んでいないか?」
雄也さんは無言で頷いてくれだが、九十九はどうしても言わずにはいられなかったようだ。
でも、そんなに激しい表現かな?
「それに兄貴も話を性急に進めすぎだ。本人が言うように、セントポーリアの膿みについては、国王陛下が本来、対処すべき話だとオレも思う。長年、積み重なったものを栞一人でなんとかさせようとするなよ」
「単純に意思確認だ。本当にどうにかする気なら、栞ちゃんが言うように、王侯貴族の全てを城の地下へ詰め込む方が手っ取り早くて問題も生じにくい」
わたし、そんなことを言いましたっけ?
セントポーリア城の地下?
契約の間と、「転移門」と呼ばれる装置があるぐらいじゃないっけ?
「どの国にも城の地下には『契約の間』と『転移門』、そして、罪人たちを閉じ込める部屋があるんだよ」
「おおう」
わたしが分かっていないことに気付いた九十九が教えてくれる。
そして、セントポーリアの膿み……、王族や貴族たちをあっさりと牢に放り込んだ方が手っ取り早いと言い切ってしまう雄也さんは、ある意味、流石だと思ってしまう。
邪魔は排除できるし、生かしているために大気魔気の調整もできるのだ。
まさに一石二鳥?
でも、それが頭にあるというのに、行動に出ないのは、それなりの理由もあるのだろう。
「ストレリチア城は例外だね。城内に大聖堂があるために、聖堂関係の部屋が地下まであると聞いている」
確かに大聖堂の地下はストレリチア城の地下でもある。
城門と大聖堂の門は異なるため、普段はそこまで意識していないけど、あの城は確かに一体型の変わった造りだった。
「俺としては栞ちゃんがセントポーリアへ戻るまでに、国王陛下がお心を決めてくだされば良いと思っているよ」
「……へ?」
わたしが、セントポーリアに戻るまで?
戻るの?
「戻るのか?」
わたしの疑問をそのまま九十九が口にする。
「栞ちゃんの一生を護れるほどの庇護を受けられる場所が見つからない限りは、そうなると俺は思っている」
雄也さんは九十九の問いかけにそう答えた。
「たった三年間でシルヴァーレン大陸、グランフィルト大陸、スカルウォーク大陸、そして、今、ウォルダンテ大陸に来ている。このままでは数年でフレイミアム大陸、そして、ライファス大陸にも向かう可能性がある。その意味は分かるか?」
雄也さんの言葉に九十九が黙り込む。
答えが分からないのではなく、口にして良いのか迷っているようだ。
わたしの方をちらりと見た。
「ダルエスラーム王子殿下の手配書が思ったよりも広範囲だったことが理由ですか?」
だから、わたしが代わりに答える。
わたしたちが同じところに留まれない理由の一つを口にしてみた。
「それもある。アレを本気にしている愚……いや、王族などほとんどいないだろうけどね」
先ほどまでの九十九のように、雄也さんからも少し何かが漏れ出た。
「ただ、明確な理由はともかく、まるで罪人のように他国の王族から手配されていることには変わりない。そんな人間に積極的に関わりたくはないだろうし、逆にそれを悪用しようとする輩に目を付けられることもあるだろう」
溜息を吐きたくなる。
セントポーリアを出てから三年経っているが、未だにあの手配書は撤回されないらしい。
幸いにして、追われている感はないけれど、それでも、長く同じ場所に居られないことには変わりないのだ。
「悪用……?」
でも、それを悪用というのはどういうことだろうか?
「ストレリチア、カルセオラリアはそれができる。あの手配書が栞ちゃんを指していると知っているからね。匿う振りして捕え、セントポーリアに交渉もできるし、逆に、居場所をバラされたくなければ、国に囲われろとこちらを脅すことも可能だ」
だが、それをいずれの国も選ばなかった。
特にストレリチアはそれをできたのだ。
わたしが「聖女の卵」になった時に、手配書を理由にストレリチアへ縛り付ける事も可能だった。
それをしなかったのは、ストレリチアの王女殿下であるワカと大神官である恭哉兄ちゃんの意向だった。
だから、カルセオラリアの使者と水尾先輩の話を機に、ストレリチアから出してくれたのだ。
実際、「聖女認定」の話が出た時に、それとなく、グレナディーン王子殿下から言われたことがある。
―――― このまま「聖女」として我が国に留まれば、貴女を護ることができる
その時は単純に、身の安全の話だと思って深く考えずに返答したと思う。
だけど、今にして思えば、それは捉え方によっては脅しとも受け取れた言葉だったのだ。
「聖女認定」を受ければ、大聖堂とストレリチアの庇護下に入るため、セントポーリアの王族を含めた外敵から護ることができるから逆らわず、素直に受け入れろ、と。
まあ、その代わりに「聖女」として神や神官たちに尽くすことになったはずだから、本当に護られるかは謎ではあるが、それは神官世界の話であって、ストレリチアという国には関係ない。
勿論、グレナディーン王子殿下の言葉は、そう言った含みを持った発言だったのかは分からない。
だが、あの方は、ワカ以上に王族の考えを持っている。
何より、その言葉の直後に、恭哉兄ちゃんが「聖女の卵」を代案として申し出てくれたのだ。
これらが、無関係だとは今となっては思えない。
王族、怖い。
「勿論、戻らないという選択肢はあるよ。でも、このまま、生涯、流浪し続けるのは、栞ちゃんがあまりにも可哀そうだとも思っている」
「それは……」
雄也さんの言葉に対して、九十九が何かを言いかけて黙った。
「そのために、俺としては先にセントポーリアを少しばかり掃除しておきたいと思ったから、提案しただけだよ」
雄也さんはそう言って笑ったのだった。
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