お国の事情
「まあ、これで、かの『盲いた占術師』と呼ばれた方の言葉も外れることはあるってことは分かったね?」
雄也さんは、そう口にした。
モレナさまは、セントポーリア国王陛下のお兄さんの血を継ぐ子が国を乱し、いろいろな国を怒らせるという予言をしていたらしい。
だけど、その方は子を残さずに亡くなったと聞いている。
それならば、その予言は外れたことになる。
「その『盲いた占術師』が、王太后陛下の剣幕に押されて口から適当なことを言ってなければの話……だよな?」
九十九は肩を竦める。
「『盲いた占術師』と呼ばれる方は、これまでに嘘を吐いたことはないと言われている。お前の言葉は浅慮というほかないな」
雄也さんは不敵に笑った。
そう言えば、モレナさまは嘘を吐くと面倒なことになるから嫌だと言っていた。
でも、それはここで口にする気はなかった。
それを言えば、余計な話までしなければいけなくなるから。
「それよりは、国王陛下の兄上に非嫡出子……、婚外子がいる可能性の方がある」
「あ?」
「当時、その方は国王の長子だった。つまり、王位継承権第一位の存在だ。結果として、早逝したために成らなかったが、国王となる可能性のある人間で、しかも婚約者もなかったのだ。高貴な人間たちが放置する理由はない」
雄也さんはそんなとんでもないことを口にする。
だが、その可能性は確かにあるのだ。
わたしは王位とか、王妃とかそんなのは面倒なだけだと思っているが、世の中にはその地位が好きな人間もいる。
セントポーリアでは、よっぽどのことがない限り、王位継承権第一位がそのまま王位を継ぐと聞いている。
つまりは、未来の国王陛下の横に並ぶことができるのだ。
王族でなければ王妃……、正妃にはなれないが、側妻……、愛妾や寵姫と呼ばれる存在にはなれる。
セントポーリアはどの年代も女性の王族が少ないために、側室……、お妾さんを持つことは認められているのだ。
そして、セントポーリアの国王陛下の血を引けば、母親の出自に関係なく王位継承権を持つことができてしまうらしい。
それだけ王族の魔力というのは強いのだ。
実際、わたしの魔力は人間である母の血を引いていても、王族同士の嫡子であるダルエスラーム王子殿下よりも強いらしいことからも明らかだろう。
つまり、二号さんは王妃にはなれなくても、第一子の母……、国母になることならできるのである。
国王陛下の第一子を産むのは、運も絡むが、当然ながら早い者勝ちとなる。
つまり、国王陛下の第一子の母の座を狙うならば、次代の国王陛下となる人間に迫って籠絡することが手っ取り早いのだ。
うむ。
大人の世界。
「いや、それこそ浅慮じゃないのか? 王城はそれなりに警護されていて、王族の部屋なんて容易に近づけはしないだろ?」
九十九が溜息交じりにそう言った。
「そうなの?」
「普通はそうなんだよ。ストレリチアの王女殿下を基準にするなよ? アレは王族から外れているからな?」
九十九はわたしの友人に対して酷いことを言う。
ワカは九十九にとっても、友人だったはずだよね?
「でも、わたし、初めて会ったばかりのダルエスラーム王子殿下の私室に連れていかれたけど?」
「あ?」
わたしの言葉に九十九は不快感を露わにする。
「ダルエスラーム王子殿下は、周囲に自分を害する者がいないと思い込んでいるからね。ある意味、栞ちゃんよりも警戒心はないよ」
「いや、オレが気にしたのはそこじゃなくて、なんで、栞があのクソ……、あ~、あの王子殿下の部屋に行ってんだよ?」
九十九は混乱しているのか、先ほどまでほんのりと漏れる程度だった本音がしっかりと口から飛び出ている。
「栞ちゃんが気に入られたからだよ。同じ血が流れていることに、無意識ながら気付かれたのかもね」
「気に入られたなら、尚更、なんで野郎の私室なんかにあっさりと連れ込まれているんだよ!?」
雄也さんの言葉に九十九が噛みつく。
連れ込まれるって表現はどうかと思うけど……。
ああ、でも、ダルエスラーム王子殿下も当時は、「伽の相手にする気はない」って言ってたから、それがこの世界の感覚としては普通なのかな?
「城下の森で迷子になっていたところを、助けてくれた恩人に対して拒否権なんてあったと思う?」
それ以上に相手は王族だ。
それは九十九だって分かっているだろう。
当時のわたしに理解はできていないくても。
「敵陣以上に危険な場所に、のこのこと行ってんじゃねえってオレは言ってんだよ!!」
「まさか、三年以上も前の話で新たに怒られるとは思わなかったなあ……」
そう言えば、あの時は、水尾先輩が城下の森で倒れていて、九十九に保護されていたのだ。
さらに、アリッサム消失の話もあった。
だから、わたしが何故、セントポーリア城に行ったのかが、有耶無耶になっていた感はある。
「そんな昔の話を蒸し返しても仕方あるまい。それよりも、セントポーリア城の話に戻すぞ」
雄也さんがそう言うが、九十九は不満げな顔を崩さない。
「確かに城内の警備は厳重だが、それは陛下の御座す中央のみだ。王妃殿下や王子殿下、その他の王族を含めた貴族たちが住まう北の塔はかなり緩い。東の塔は兵たちの詰め所もあるため、北の塔よりはマシだが、西の塔は使用人たちのみなので……」
そんな九十九を無視して、雄也さんはセントポーリア城の警備状況を語るが……。
「ああ、そう言えば、俺たちがいた頃は、西の塔は確かにかなり堅固だったな」
ふと思い出したかのようにそう言った。
「それは、あの頃にチトセさまとシオリがいたからってことか?」
わたしは小さい頃にセントポーリア城の西の塔と呼ばれる場所にいたらしい。
そういえば、聞いたこともなかったね。
「それと、ミヤだ。セントポーリア国王陛下は、ミヤの出自を知っていたようだからな」
ミヤドリードさんは情報国家イースターカクタスの国王陛下の妹だ。
それなら、厳重警護にも納得はできる。
でも、先ほどの話だと西の塔は使用人たちの住んでいる場所だという。
わたしの母はともかく、ミヤドリードさんもそんな所にいたのか。
「ミヤは俺たちにもその出自を口にしたことはなかったからね。ミヤと養子縁組をしたセントポーリア国王陛下の乳母は、使用人として仕えていたらしいよ」
わたしの疑問に答えるかのように雄也さんは教えてくれた。
「でも、王妃殿下を含めた要人たちが住んでいる場所の警備は緩いんですか?」
確かに、ダルエスラーム王子殿下に部屋まで連れられていた時も、そんなに厳重な警備だとは思わなかったけれど……。
「いろいろな理由があるよ。まず、セントポーリア城は部屋ごとに結界が設定されているんだ」
それは知っている。
特に、国王陛下の私室や執務室などは、普通の結界とは違うものが張られているのだ。
魔力登録しないと入れない部屋もあり、魔力登録をした後は、城内のどこにいても、国王陛下に居場所が筒抜けになるらしい。
そして、母や、数日お世話になったわたしも、あの部屋の結界内で行動するために魔力登録をしている。
魔力登録をした者は、その経路、痕跡がしっかりと国王陛下の部屋にある魔石に記録されてしまうらしい。
だから、あの城にいる限り、母をどこかに閉じ込めたり、無理矢理、連れ出そうと画策することはできないそうだ。
ちょっとばかり、ストーカーちっくではあるけれど、警護のためにやむを得ないらしいよ?
因みに、現在城内で国王陛下が持つその魔石に魔力登録をしているのは、国王陛下自身と、母とわたしと雄也さんの三人らしい。
九十九が登録されていないのは、彼は基本的に王城に立ち入らないからだろう。
執務室は政務に関すること扱うために普通の文官も入れるようになっている。
機密文書は執務室の奥にある隠し部屋にあるそうだ。
そこに入れるのは現状、母と雄也さんのみらしい。
秘書のような役割の母はともかく、そこに雄也さんが本来入るのは不思議なのだが、それだけ、セントポーリア城は国王陛下が信用できる相手が少ないと言うことに他ならない。
そして、王妃殿下は私室には入れても、重要機密を扱うような場所や私室の奥にある結界内には入れないと聞いている。
尤も、そのことは王妃殿下自身も知らないそうだ。
まあ、国王陛下の私室に入る許可があるだけでも十分、特別扱いではあるわけだしね。
わたしはそう納得したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




