重量級の期待
わたしが生まれるずっと前。
父親の兄に当たる方に向けられて、「盲いた占術師」は無情にも予言した。
『この者の血を受け継ぎし者。国を乱し、列国の激しき怒りを買う』
それはつまり、わたしの伯父に当たる人の子、いや、子孫は……国を乱す者ってことになる。
しかも、列国……、他国を怒らせるようなことをしでかしてしまうらしい。
「それが『盲いた占術師』自身の言葉だったのか。それとも、栞ちゃんが感じたように神からの言葉だったのかは分からない。だが、結果として、国王陛下に対しては、早々に婚約者を決められ、その兄君は死ぬまで独身だったという事実だけが残った」
それは、ある意味、モレナさまの予言が外れたと言うことになるのだろうか?
そのお兄さんの血を継ぐ人間は生まれなかったわけだから。
「なんで、そんなことをミヤが知っていたんだ? 普通に考えれば、セントポーリアは国として隠したと思うんだが……」
九十九がそんな尤もなことを口にする。
確かにそうだ。
そして、それを知れば、国は割れてしまうことは目に見えている。
伝統に基づき長子継承を推す人たちと、「盲いた占術師」と呼ばれる方からの言葉を信じて弟に王位を渡したい人たち。
それが分かった上で、誰かにその話をするとは思えなかった。
しかも、ミヤドリードさんは情報国家の王族である。
そんな相手に秘匿すべき情報を与えるなんて、普通なら、売国行為と考えられてもおかしくはない。
「知らん」
「あ?」
九十九の問いかけに対して、雄也さんはあっさりと答えた。
「俺もミヤから聞いただけだ。その当時に、その情報経路まで興味はなかった」
ミヤドリードさんが生きていたのは雄也さんが7歳以下の時。
確かにどんなに好奇心が強くても、そこまで細かく聞き出そうとはしないだろう。
「俺が知っているのは、国王陛下が生まれた当時、そんな二種類の予言が残されたという事実だけだ」
「事実、ねえ……」
雄也さんの言葉に九十九は考え込んだ。
「セントポーリア国王陛下への言葉は、素直に栞のことだと思うが……」
「なんで?」
それを口にしたモレナさま自身や、雄也さんと同じようにその神言を知っていたライトだけでなく、初めて聞いたはずの九十九まであっさりとそう言った。
「年齢の数え方はともかく、あのク……いや、セントポーリアの王子が、ありとあらゆる数多の人間を導くヤツとは思えん。陛下の兄貴に対して告げられた言葉の方が、実はあの王子のことならば、納得できるけどな」
九十九はそれらを深くとらえずに、それらの言葉と現状だけで感覚的に判断したらしい。
あまりにも単純で素直過ぎる意見にわたしは呆気にとられた。
だが、それをわたしは素直に受け止められない。
わたしは自分がそんな大それた人間ではないことを知っている。
だから、当然のごとく、反論する。
「それなら、『御歳20に血を継ぎ、生を享けし者』の部分はどう説明するのさ? わたしは、セントポーリア国王陛下が21歳の時に生まれたって聞いているよ?」
「どこの神の言葉を受けたかは知らんが、神々が人間の年齢なんて年単位で細かく気にすると思うか? 前後数年の範囲ならば、誤差だとか平気で言いそうだぞ?」
まさかの新解釈!?
それは、これまでのライトの見解や、モレナさまの考えとは全く違うものだった。
いや、モレナさまが言うように、神さまたちとは時間の流れが違うのだから、九十九が言うようにその可能性はゼロではない。
そして、その言葉で、わたしが準備していた様々な言葉は、打ち消されてしまうのはよく分かった。
「それに栞は既に『聖女の卵』として『導きの聖女』とか言われているだろ? あの王子よりはよっぽどか、その予言に即していると思うが?」
だけど、その部分は他の二人とも同じ意見らしい。
「俺もそう思うかな。その『導く』という単語のみだけでも、この上なく、栞ちゃんに相応しい」
極上の笑みとともに、雄也さんも九十九の意見に追従する。
「もっとも、神の言葉と言っても、わざわざ年齢を指定しているのだから、九十九のように誤差なんて乱暴で大雑把な言葉では片付けるつもりはないけどね」
「乱暴で大雑把で悪かったな」
雄也さんの言葉に九十九は不服そうな顔をする。
「千歳様に栞ちゃんが宿ったのは、恐らく、セントポーリア国王陛下が20歳の時で間違いないと思う。だから、これはそういう意味合いではないだろうか?」
「兄貴こそ、もっと栞に配慮しろよ」
九十九はそう言うが、これは既に何度も言われていることだ。
「単純に事実確認でしょう? わたしは気にしていないから大丈夫だよ」
だから、この件については、そこまでの衝撃や戸惑いはもうない。
ああ、やっぱりそういう解釈になるのか……と、そう思う程度である。
そして、「神言」は深読みできそうな言い回しであるため、結局のところ、その結論がどこにあるかという話なのかなとも思う。
だから、まず結論ありきならば、その辻褄を合わせるために、どんなに不自然でも強引に言葉を当てはめてしまうこともできてしまうのだ。
神の言葉は人間とは違うと言い切って。
具体的には、先ほどから話題になっているセントポーリア国王陛下が生まれた時の「神言」についてだろう。
たまたまその時期に「導き」に縁があるわたしが母の胎内に存在するために、こじつけることが可能となっている。
そこでわたしとは母親違いの義兄であるダルエスラーム王子殿下のことは誰も慮ることはない。
あの義兄だって、セントポーリア国王陛下の息子である以上、わたしと同じように「聖女」の血を引いているのだから、可能性がゼロではないはずなのに。
素行を含めた人柄が原因なのだろうね。
わたしの身の周りにいる人たちは、あの義兄のことをお好きではないらしい。
モレナさまもお嫌いのようだったし。
何より、あの義兄の良ろしくない評判は、セントポーリアから出た後の方が、よく耳にするのだ。
そんな王族よりは、それより害のないわたしの方がマシだと思うのは自然だろう。
だから、わたしを知る人間は、わたしこそがその予言の御子だと結論付けてから、解釈する……のだと思う。
……。
…………。
………………。
いや、本当は分かっているんだよ。
この考え方こそが、モレナさまが言っている、わたしの「逃げ」なのだろうって。
結論ありきの論理だろうが、拡大解釈の結果だろうが、その人たちがわたしに期待してくれているのは間違いない。
それがセントポーリア国王陛下の娘だからというのは勿論あるだろうけど、それ以上に、「高田栞」を知った上で、そう言ってくれている。
だけど、そんな期待は重い。
重すぎるのだ。
そんな重量級の期待なんて背負える気がしなかった。
わたしの祖神は確かに「導きの女神」だけど、わたし自身は、「ありとあらゆる数多の人間を導く者」になれるとは思っていない。
わたしには、せいぜい、自分の手の届く範囲、目の見える場所を護ろうとする努力ぐらいしかできないのだ。
誰かを「導く」よりも、誰かに「導かれている」ような現状である。
だから、周囲の期待を素直に受け入れられないだけだった。
「いちいち重く考えるな」
「ふ?」
九十九が不意にわたしの思考を読んだようなことを言った。
「単純に、お前が『ありとあらゆる数多の人間を振り回す者』ってことだろ?」
「酷い!?」
ああ!?
だけど、それだと妙に納得できてしまった!?
実際、これまでに何度も護衛の九十九や雄也さんを含めていろいろな人をわたしの我儘で振り回している自覚はあるのだ。
あれ?
でも、重かった話が一気に軽くなったよ?
「そこで納得しておけ」
さらに九十九が続ける。
「本当に当たるかどうかも分からん昔の『神言』なんかにまで、今のお前が振り回される必要なんかねえ」
そう言いながら、いつも主人に振り回されている護衛は笑ってくれるのだった。
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