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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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命を秤にかけて

「わたしはあなたたちを信じているから無茶ができる」


 わたしがそう口にすると……。


「いや、無茶だって分かっているなら、始めからやるなよ」


 極めて的確で冷静な言葉を返された。


「今回は九十九の言葉に賛成かな。栞ちゃんが俺たちを信じてくれるのは嬉しいけど、どうしても限度はあるからね」


 雄也さんも困ったようにそう言った。


「でも、九十九も雄也さんも、わたしの我儘を聞いてくれるんですよね?」

「限度はあるっつってんだろうが!!」

「できる限りという前提があるかな」


 九十九は激しく、そして、雄也さんはやんわりとわたしを窘める。


 うぬう。

 流石に賛成はされないか。


「だけど、わたしのその考え方や言動こそが、『占術師の天敵』らしいです」


 少なくとも、モレナさまはそう言っていた。


「確かにこれまでのわたしの行動は確かに無謀ですし、傍目には短絡的に思われるでしょうけど、余計なことを考えない分、かなり強い意思を持つし、その方が未来を変えられると言われました」


 その言葉で雄也さんは考え込んだ。


 だが……。


「オレはそれでも反対するぞ。秤に載せるものが栞の命や安全だって言うなら、この世界の未来がどうなろうとオレは知らん!!」


 どこまでも真っすぐな護衛は世界の未来よりもわたしを選ぶ。

 その心は素直に嬉しい。


 主人としては間違いなく愛されているって思える。


「だけどね、九十九。わたしはこの世界に生きているんだよ? それなら未来がどうかなっちゃうのって困るかな」

「オレが言いたいのはそういうことじゃねえ」

「うん。そこは分かっているつもりだよ、ありがとう」


 笑いながらお礼を口にしても、九十九の険しい表情は崩れない。

 分かりやすくご機嫌斜めらしい。


 そして、雄也さんはまだ考え込んでいる。

 今、その頭にはどれだけの言葉が流れているのだろうか?


「だけど、わたしにとって、目に映る世界、手が届く世界は自分と同じぐらい大事だってことは分かって欲しい」


 あの時、モレナさまはそう推測した。


 そして、わたし自身はその言葉に妙に納得できたのだ。


「自分の大事なものが、自分が手にしていたり、自分を構成している全てのモノが、ほんの僅かでも欠けることを許せないんだ。一度、手にしたものは簡単には手放せない。わたし、昔から捨てられない女だったからね」


 だから、人間界の自分の部屋は漫画で溢れていた。

 地震が起きたら真っ先に本棚を気にしてしまうほどに。


 人から貰った物は自分の好みじゃなくても捨てることができなかった。

 洋服ダンスには箪笥の肥やしとなっている服は結構あっただろう。


 小さい頃着ていた着ることができなくなった服すら、なかなか捨てることができなかった。


「モレナさまが言うには、そんなわたしは『究極の我が儘』さん、らしいよ?」


 そして、わたしはそれを自覚している。


 自身が我が儘であることは否定しない。


 自分が手にしているモノを全て捨てずにこの先も進むことなんてできないと分かっているけれど、捨てない方法をそのギリギリまで模索するだろう。


 その思いに他者を巻き込むと承知して。

 それを我儘と言わずして、なんと言う?


「……その捨てられない女が捨てられないモノは、人間も含むか?」


 九十九がどこか難しい顔をしながらわたしに問いかけてきた。


 まだ険しさは残るものの、先ほどのような激しさは落ち着いている。


「人間こそ簡単に捨てちゃ駄目なモノなんじゃないかな? 人材、大事。人は資源の中でも育てるのが大変だって聞くよ?」


 だから、少し考えて返答した。


「なるほど。少しだけ分かった気がする」

「何が?」

「お前の行動理念」


 少しだけ九十九が笑ってそう言った。


 雄也さんにも前、似たようなことを言われた気がするけど、そんなに分かりにくいのかな?


「単純に考えなしなだけだと思うけど」


 自分で言うのもなんだけれど、そんな御大層なものを掲げた覚えもない。


 わたしは、単純に自分が嫌かどうかで動いている。


「そこに深い考えがあってもなくても良いんだよ。少なくとも、それがお前の曲げられない意思ってことはよく分かった」


 九十九の笑みが柔らかいものへと変化する。


「それに、オレは以前、誓ったからな」

「へ?」

「オレの心も身体も魂までも、主人(あるじ)であるお前に全て捧げた」

「ふごぅ!?」


 いきなりの言葉に変な声と息が漏れる。


 ここで、それを持ってきますか!?


 なんで、九十九はいつだって唐突にわたしに対して、口説き文句のような言葉を真顔で言うの!?


「その『究極の我儘』とやらに付き合ってやるから、オレの命をお前の好きな時に、好きなように使え」

「は? そんなことできないよ!!」


 九十九はいつだってそんなことを言う。


 わたしにそんな価値はない。

 いくら護衛と言っても、そこまで付き合ってもらう必要などないのだ。


「お前のモノが少しでも欠けることが嫌なら、護衛であるオレの命がなくなることも嫌がってくれるってことだろ?」

「ふへ? それは当然じゃない?」


 九十九が死ぬのって……、わたしの方が耐えられる気がしないよ?


「それなら、『究極の我儘』さんは、勿論、オレのことを考えて、無謀な行動も最低限にしてくれるよな?」

「ふおっ!?」


 なんですと!?

 いや、それは当然の話だ。


 本当に彼の命がなくなることが嫌だというのなら、わたし自身が無理をしないようにするしかなくなる。


 わたしが願えば、九十九は本当に死地に飛び込むことも知っているから。


 あれ?

 ちょっと待って?


 わたしがこのまま何も考えずに無謀を貫き続けると、モレナさまから笑えるほど死ぬ確率が高いと言われた自分よりも前に、その護衛である九十九の方が確実に死ぬってこと?


 それは考えたこともなかった。


 でも、そういうことだ。

 これまでの行動を見る限り、どんな時でも、九十九がわたしの身を庇わないはずがないのだ。


 近くにいる以上、ソレはいつか起こり得る。


 そのことに気付いて、改めてゾッとした。


「ああ、それはいい」

「ふへ?」


 だけど、混乱しているわたしの前に別方向からも楽しそうな声がした。


「そこに俺の命も上乗せしよう」

「ほげぇ?!」


 いつも以上に婉然とした笑みを浮かべて、雄也さんがそんなとんでもないことを口にしてくれた。


「栞ちゃんの『我儘(お願い)』に対して、愚弟の命だけでは全く足りないだろう? そこに俺の命も秤に載せれば、少しぐらいは釣り合うかな」

「兄貴……」


 九十九が雄也さんを見る。


「保険は多い方が良い。それに、二人分の命を背負っている自覚があった方が、栞ちゃんは無茶しにくくなるだろ? まあ、無駄かもしれないが、少しぐらい躊躇はしてくれるようになる」


 どれだけ、信用ないのか?

 それだけですね、分かっています。


 わざわざ口にされなくても、わたしの背には二人分の命があることなんて疾うに理解しているのだ。


 九十九は常に、雄也さんはカルセオラリア城の地下でそれらを既に証明してくれた。

 それで自覚するなという方が無理だろう。


 それでも、わたしは自分が止められるとは思っていない。

 だから、二人は改めて口にする。


「ま、そういうことだ。お前は今まで通り、好きなように動け。オレたちは勝手にお前を支える」

「主人の可愛らしいお願い事を叶えるのも、俺たちの仕事だからね」


 ―――― 自分たちの命を背負って「究極の我儘」を貫け、と。


「なんで……?」


 分かっている。


 それが彼らの仕事だから。

 わたしの父親であるセントポーリア国王からの命令だから。


 それでも、口にせずにはいられない。


 何故、そこまでできるのか? と。


「オレがやりたいから」

「俺がそうしたいから」


 ほぼ同時に九十九と雄也さんはわたしの疑問に答えた。


 そこに迷いもなく。

 まるで、王命すら関係ないというかのように。


 尤も、そんなはずはない。

 王命があるから、彼らはここにいる。


「オレは以前言ったよな?」


 九十九は笑いながら、口にする。


「『最期の時まで守り抜く』と」

「ぐはっ?!」


 それは、あの重い誓いを受けた時の話。


「俺も以前、言ったよね?」


 雄也さんも笑いながら、口にする。


「『俺は今の栞ちゃんにそれだけの価値を見出している』と」

「ぐふっ!!」


 それは、カルセオラリア城が崩壊した直後、大聖堂内で言われた言葉。


 確かに二人はわたしに対してそんなことを口にしている。


 だけど……。


「もうヤダ、この兄弟!!」


 まるで口説かれているような錯覚を起こしてしまう美形兄弟の言葉と表情に、異性慣れしていない主人は叫ぶしかないのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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