男だとか女だとか
「ところで……、高田のそれは地毛か? 瞳も……、人間界にいた時とはかなり違うよな?」
わたしの髪を見ながら……、水尾先輩が確認する。
「え? あ、これは違いますよ。人間界にいた時の姿が本性……、いえ、一切の加工してない天然物です」
言われるまで意識していなかったけれど、今のわたしは人間界の黒髪、黒い瞳とは異なっていた。
水尾先輩が戸惑うのも分かる気がする。
「ああ、そうか……。例の家督争いに巻き込まれないように変装してるのか。魔力を感じないってことはそれはヅラか?」
「はい、そうです。こう……ずるんっと」
そう言いながら、わたしは三つ編みにしている髪を握って強く引っ張った。
頭を引っ張られるような抵抗があった後、亜麻色の長い髪が下に落ち、黒くて短い髪が現れる。
「ああ、高田だ」
そう言って、水尾先輩が嬉しそうに言った。
「目の方はちょっと勘弁してください。これを外すとつけるのが面倒なんですよ」
正しくは、苦手……なのだ。
レンズ越しとはいえ指に目に触れるという行為が凄く怖い。
力加減間違えるとうっかりぶすっといっちゃいそうだし。
そうなったら治癒魔法で治るのかな?
でも、魔法って万能じゃないらしいから難しいかもしれない。
「その量のヅラって結構重くねえか?」
「重いですね~。せっかく髪の毛を切って軽くなったのに……。でも、髪が長かったあの頃に比べれば、同じぐらいの長さですが、少しだけ軽い気はします」
今のカツラは腰までの長さにしてある。
それを三つ編みにしていた。
だから、森の木の枝に突き刺さるなんてことが起きちゃったのだけど。
「私も国ではヅラを被って生活してたな~。地毛は伸ばすとクセでハネまくるから伸ばせなかったんだよ。でも、短髪だと女っぽくないから下の者に示しがつかんとかなんとか……」
水尾先輩はそう言いながら深く溜息を吐いた。
本人は嫌だったようだ。
「どんな格好をしても女性は女性なんですけどね。やっぱり貴族は外見重視ってことなんでしょうか……」
外見を気にする辺り、本当にめんどくさいと思う。
高貴な女性が髪の毛を短くするっておかしいのかな?
「……というより、私やマオは髪の毛を短くすると男に見えるらしい。だから、長くすれば少しはマシに見えないこともないとか」
「……それもなかなか酷い」
誰が言ったのかは分からないけれど、水尾先輩や真央先輩の顔は男性っぽいのではなく、中性的って言うのだ!
「でも……、私は男に生まれたかったよ」
「へ?」
先輩は少し淋しそうにそんなことを言う。
その顔から冗談で言っているわけではないということが分かった。
「お……、親父が……男の子を欲しがっていたんだ。でも、残念ながら私も、マオも女だろ?こればかりは天命だから仕方ないんだけどな」
「もしかして……、先輩がそんな口調なのはお父さんのせい……なんですか?」
男の子が欲しかったから、娘を男として育てた……とか?
少女漫画でたまにある男装の主人公みたいに。
男性じゃないと王位が継げない国に生まれて、男のフリして生きようとする王女さまの話とかあったよね。
あれって、今の日本の価値観だと男女差別と叫ばれそうだ。
でも、もし、そうだとしたら、水尾先輩が可哀想だと思う。
偽りの性で暮らすなんて……。
「いや、いつまでもうじうじと女々しかったから、私からこうなってやった。そうしたら、静かになったよ。少なくとも私の前では男が欲しいなんて言わなくなった」
「ありゃま」
やっぱり、水尾先輩は水尾先輩だった。
人に言われて生き方を変えるなんて先輩らしくないとは思ったのだけど……、その過程も結論もちょっと男らしい。
「でも、やっぱり女は損だ。どんなに頑張っても絶対的なところで男には勝てねえ。魔法の威力ぐらいならなんとか勝てるかもしれないが、それを操るための体力、持久力とかがどうしても男に劣る」
「魔界人でも、その辺は人間と変わらないんですね」
「元々の筋力が違うからな。女が多少鍛えたところで、普通の男にすら届かない。その点においては、人間界とは大差がないな」
「スポーツをやっていた身としては……、その悔しさは分かる気がします」
どんなに頑張っても、手が届かない領域というのは存在してしまう。
まだまだ成長の余地はあっても、男女では根本的に伸びしろが違うのだ。
「でも、アリッサムみたいに女が主権を取るところもあるし、この国に伝わる聖女みたいな例もある。そう考えると、魔界では女が多少優遇されている気もするな」
「女性が主権……ということは、トップは女王さまなんですか?」
そう言えば雄也先輩が、「女王」と「王配」という単語を口にしていた気がする。
「王配」……ってその時まで聞いたことはなかったけれど、王の配偶者と説明された。
魔界独自の単語なのだろうか?
「アリッサムは女王陛下が実権を握っている。魔力、魔法力が強いというのもあるが、直系王族だからな」
「……ということは、人間界で言う婿養子……、入り婿ということになるんですね」
「まあ、そんなところだ。アリッサムの王家には何故か女しか生まれない。だから、必然的に国で一番の魔法力を持つか、一番魔力が強いか……、一番の魔法の使い手とされた男が女王の配偶者に選ばれる」
なるほど、血族主義のようで実力主義でもあるのか。
「いろいろと複雑なお家事情もありそうですね……。そうなると、今回の王女の婚約者となる予定だった方も国一番の男性だったんですね」
「ああ、アリッサムの聖騎士団長だった男だ。王家の人間が20歳になる頃、国で一番の魔法の使い手が候補に挙がるからな。あいつは他の追随を許していなかった。だから、自然な流れだとは言えたかな」
「王女……殿下のお気持ちは?」
「……王族に生まれたからには、自分の気持ちは二の次だろうなぁ……」
どこか遠い目をして言う水尾先輩。
「やっぱり……、そう言うものなんですね……」
漫画や小説などの話に聞いたことがある程度の意識……。
わたしには正直よく分からない世界だ。
この国の王子さまは、自分の思うようにしているっぽかったし。
「ら……、聖騎士団長の方は、どこで見初めたかは知らんが、昔っからずっと王女殿下を思っていたんだ。そのために聖騎士団長になったという話を聞いたことがある。王女殿下の方は、あの方は感情の隠し方が上手いからな……。どう思っていたかまではよく分からん」
「そういった背景もあったのでしょうか? 聖騎士団長以外に王女殿下を想っていた何者かの暴走……とか」
「それはない」
水尾先輩はきっぱりと言った。
「襲撃者たちの狙いはなんか知らんが、国民を捕らえることにあったみたいだからな」
「国民を……捕らえる?」
なんだろう?
その不穏な響き。
「何人か、鎖みたいなので捕まえられた姿を見た。なんとか阻止しようとはしたけれど……、多勢に無勢。自分がひっ捕まらないように逃げることしかできなかった。私は……、結果的に他の奴らを見捨てたんだ」
バンッと水尾先輩はテーブルを叩く。
その激しさに、わたしは水尾先輩に掛ける言葉が見つからなかった。
「何人かは私を庇ってくれた。だけど……、私には目に映る人間全てを助けることなんてできなかったんだよ」
「水尾先輩……」
「魔法には自信があったのに……、それを根本から叩き折られた気がした。何だかんだ言ってもまだ16歳でしかないことに腹も立った。もっと真面目に腕を磨いておくべきだったんだ……。もっと……」
聞こえてくるのは後悔の声。
わたしはまだそんな悔しい思いをしたことがない。
もっと頑張ればよかったと思うことは結構あるけど、そこまで苦しくて苦い思いの経験はまだないと思う。
卒業式の時に、「悔しい」より、「なんで通信珠を忘れたのだ~」という後悔はあったけど、それは同列に語るべきではないと思う。
「ははっ、みっともないところを見せたな」
そう言って力なく笑う水尾先輩に私は黙って首を横に振る。
みっともなくなんてない。
そう言いたくても声にならない。
「でも、大丈夫。姉貴たちも、他のヤツらも無事でいるはずだ。誰かが死ぬところを見たわけじゃねえ。だから、必ず見つけてやる」
水尾先輩のその言葉に、表情に、わたしは炎の熱を感じた気がした。
わたしには魔力……、魔気というのはよく分からないけれど、もしかしたらこんな感じ方をするのかもしれない。
「あ、高田……。もう一つ良いか?」
暫くして、水尾先輩はわたしに問いかける。
「え? クッキーならどうぞ」
「どんだけ食わせる気だ?」
そう言いつつも、しっかり手に取っているのだから、説得力はない。
本当にいくつ食べる気なのだろう?
そして、同時に九十九はどれだけ作ったのだろう?
その上で、水尾先輩は改めてわたしを見て言った。
「もし、私がただの貴族ではなかったらどうする?」
今回の話に補足。
日本には馴染みがない言葉ですが、「王配」という言葉は一応、あります。
女王の配偶者。
有名なのは英国ですね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




