因果関係の例え話
「恐らくは……六千年前。『封印の聖女』が『大いなる災い』を封印した時代を夢に視ることが多いです」
自分の過去視の範囲がどれだけのものかを九十九と雄也さんに伝えたのは、多分、初めてだ。
いや、あれらの夢が本当に、過去にあったことを視る「過去視」だったと知ったのは、実は、モレナさまとの会話だった。
近年を視る他の過去視と違って、「封印の聖女」の時代と思われた話は、薄い色彩だったり、古い写真のような暗褐色とか、白黒だけの単色が多かったので、ちょっと自信はなかったのだ。
「六千年前……」
九十九は茫然と呟き……。
「栞ちゃんの魔力の強さが分かる話だね」
そして、雄也さんは平然とそう言った。
「ああ、それで、もう少し先の文章に『六千年前』の記述が何度か出てくるんだな」
「確かに『過去視』という言葉もあるな」
「「…………」」
二人で紙を見た後……。
「「では、もう少し先にその話をしよう」」
見事に兄弟でシンクロした。
それも、動きまで同じだった。
尤も、その声色は全く違うものだったけれど。
それを見て、思わず口の端が緩んだ。
「少しそれてしまったが、あの方の話では『確定された未来は変えられる』……。つまり、未来視で視た夢も変えられるということで良いかな?」
「恐らくは……」
雄也さんの言葉でわたしもできるだけ思い出す。
ただ、「未来視」が本当に変えられるかは分からない。
そもそも、九十九のように「未来視」の的中率がそこまで高いことも知らなかった。
―――― 現実には過去改変を認識するのは難しい
―――― 改変自体が本当にあったかも分からない
―――― その世界の正史は一つだけだから
もし、「未来視」が確定された未来を視ているというのなら、過去改変を認識するのが難しいとはちょっと違う気がする。
「九十九は、未来視の未来を変えようとしたことはある?」
「だから、オレの『未来視』は直前までそれが未来を視ていたことだって気付けないんだよ。その出来事が起きてしまった後で、『ああ、これ、夢で視ていたのと同じだ』と思い出す感じだな」
「なるほど」
そう聞けば、過去改変を認識するのは難しいってことに繋がる気もする。
それが未来だと意識していなければ、何もせずに時間は過ぎていくだろう。
そして、未来は何も変わらないまま、その時間に到達する。
目の前の料理を食べるとお腹を壊すことを知らないまま口にして、お腹を壊した後で、この結果を夢に視たと思い出すということだ。
うぬう。
単純に過去に起こった出来事を夢に視ているだけの「過去視」と違って、まだ誰にも分からない将来を夢に視るという「未来視」は結構、複雑なのか。
「それならば、『意識の変化が未来の変化』というこの言葉はありがたいな」
雄也さんは次の文章を口にしながらそう言った。
「これまで九十九は『未来視』は確定していて変えられないと思っていたから、夢に関しては何も気に掛けていなかったということだな?」
「そうなるな」
どこか気まずそうに九十九は顔を逸らす。
「だが、変わる……、いや、変えることができると言うことを知った。それならば、それを視るお前の取るべき行動は?」
「……夢を記録して報告する」
「その通りだ。お前の視る夢が全てただの夢と切り捨てることができなくなった」
だが、九十九は視線を彷徨わせ、わたしと目が合うと、何故か下に落とした。
「ぬ?」
「ああ、青少年にありがちな夢までは報告しなくても良い。それは万一、現実となっても、他者が覗き見るものではないからな」
「うっせえ!! わざわざ栞の前で言うことじゃねえだろ!!」
雄也さんの言葉に九十九は顔を上げたが、その顔は真っ赤だった。
その表情と、二人の会話の内容からわたしは少し考えて……。
「……えっと? 九十九の年代では、えっちな夢を見ることって普通だと思うから、そこまで気にしなくて良いと思うよ?」
健康的な男性はそういった夢を見ることがあるって聞いたことがあるので、そう当たりを付けて口にする。
万一、これで違ったらちょっとしたセクハラになるよね?
でも、それ以外考えられなかった。
「~~~~~~っ!!」
ますます九十九は顔を紅く染めると……。
「うっせえ!! こんな時だけ要らん気を回すな!!」
さらにそう叫ばれてしまった。
「別に気を回した覚えはないのだけど……」
わたしの前でそんな話をしたところで、まあ、多少、居心地の悪さを覚えるぐらいで、そこまで過剰に反応されるのも困る。
わたしが首を捻っていると……。
「落ち着け、九十九」
どこか呆れたような雄也さんの声。
「そこまで過剰反応すれば、栞ちゃんが言ったことを自分でも認めたことになると何故、気付かない?」
「もとはと言えば、兄貴が悪いんだろうが!!」
「それは認める。確かにお前が言うように、わざわざ主人……、いや、女性の前でするような話ではなかったな」
そして、雄也さんはわたしを見て微笑む。
「ごめんね、栞ちゃん。俺も配慮が足りなかった」
さらに頭を下げられた。
「いえ、本当に気にするほどのことではないので、大丈夫ですよ」
こういう時、性別が違うっていろいろ面倒だと思う。
もし、わたしがこの護衛兄弟と同じ男性だったらもっといろいろ話は違っただろう。
九十九だって雄也さんだって、今より気安い感じで接してくれたと思う。
性別が違うから、いちいち彼らに余計な気を使わせてしまうのだ。
だが、女性として生まれてしまった以上、それは今更の話で、できるだけ、彼らに気を使わせないように、いろいろさらっと流せたらと思っている。
こう大人の女性っぽく!!
わたしは決意を新たにする。
「その逆に、『過去改変は神の領域』とある以上、これまでに変えられた過去もあるということかな?」
「その点は聞いてないですが、神さまたちはこの世界の時の流れと別の世界にいるので、人間の時間のように進むこともあれば、遡ることすらあるとモレナさまは言っていました」
少し考えて……。
「創造神さまにとって、『救いの神子』の話は、この時代より未来の話になってもあの方は驚かないとも」
伝えるかどうか迷っていた言葉を口にする。
「『救いの神子』……? ああ、『救国の聖女』たちのことか。だがそれは……、『忘れられた時代』に近しい。ああ、なるほど、時間というものが人間の世界とは違うのか」
「『忘れられた時代』って、相当昔だよな?」
「古代魔法が開発され、様々な文化が発展していたとされる時代だな。だが、人口衰退によって、それらのほとんどは失われたとも言われている。現存している古代魔法の大半は、その時代のものともまた違うらしい」
「そうなのか?」
「残されている資料が少ないから推測の域は出ないようだ。ストレリチア城やカルセオラリア城の書物庫を見た限りの判断だがな」
それは、普通は入れないはずの場所まで含んでいるんだろうな。
雄也さんなら、禁書庫と呼ばれる場所に入っていても驚かない。
「まあ、神々の過去改変についてこんな場所で論じても仕方がない。仮にそれが起きたとしても、我々は気付くことすらないのだろう。過去から改めて世界が作り替えられるか、この世界とは別世界が新たに存続していくのかも分からないだろうがな」
おおう。
SFのタイムトラベルの作品系でたまに見かけるタイムパラドックス的な話ですね?
過去から世界が作り替えられるというのは有名な映画にもあった話。
今いる世界とは別世界の存続は、割と近年見られる設定だったはず。
そして、有名な国民的アニメである未来から来た猫型ロボットの例の結婚相手が変わっても子孫に影響はないという設定は認めない派ですね?
いや、雄也さんがそこまで多岐に亘る作品をしっかり読み込んでいるかは分からないけれど、有名どころの作品は押さえていると思っている。
ギリシャ神話とかも知っていたのはそういうことだろう。
それ以外にも漫画やアニメ、ゲームのような作品はこの世界にないから、九十九も興味を持っていたっぽいからね。
「モレナさまは言っていました。きっかけは些細なことでも、それによって人間の意思が変化して、訪れる少しだけ別の方向へ向かうことになる、と」
「よく因果関係の例に出される右の道を選ぶか、左の道を選ぶかでその人の運命が変わるという話みたいな話と考えて良いかな?」
「恐らくはそういうことかと」
雄也さんはSFとかも好きなのだろう。
話が通りやすくて助かる。
「なんだ? その右か左かで運命が変わるってのは」
「ああ、よくある不幸な運命の例え話だな。幸運も不運も選んだ道一つで変わるというものだ。右へ行けば交通事故に遭い、左に行けば落とし穴に落ちる」
そんな話でしたっけ!?
交通事故に遭うか逢わないかどうかは、これまでに選んだ道の違いぐらいの話だった覚えがあるのですが!?
「どちらに行っても災難しかないのか!?」
そして、雄也さんの酷い例に九十九が突っ込んだ。
確かにどちらに行っても不幸しかない例もどうかと思う。
その人に救われる未来はないのですか?
「何を言う? 人間ならば、交通事故と落とし穴では怪我の度合いも変わるし、回避しようとする手段も変わる。それによって生命保険の種類も変わるし、状況によっては賠償金請求の話も出てくる。その流れだけでも、相当、運命は変わっているぞ?」
確かにそうだけど……、そんな話だったっけ?
そして、さらにそれを聞いた真面目な九十九が考え込んでしまったのは、言うまでもない話なのだった。
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