お腹に例えられた未来
「『確定された未来は変えられる』とある。それならば、『不確定で危うい未来』は、簡単には『変えられない』と言えないかい?」
そんな雄也さんの言葉にわたしは固まるしかなかった。
だけど……。
「それは兄貴の考えだろ?」
それを九十九が否定した。
「栞の未来がその……なんだ? 『選択肢が多すぎるアドベンチャーゲームで、ランダムイベントも頻繁に発生し、さらに気が遠くなるほどの数のマルチエンディングが用意されているために、伝えるルートの説明が難しい』だって言うなら、予測ができないだけで、変えられないってわけではないとオレは思う」
だけど、その言葉を言ったのはリュレイアさまであり、モレナさまはそうは言っていないのだ。
「何より、変える必要のある未来なのか?」
「ふえ?」
九十九が言った言葉の意味が分からなくて変な声で問い返す形となる。
「占術師の女が視た未来なんか、オレには視えない。それが普通のことだ」
九十九はいつものように真っすぐな言葉を突き付ける。
「オレはどんなに無謀でも栞の選んだ道を信じるし、栞を支えるつもりだ。勿論、分かりやすくアホ過ぎれば突っ込むし、命の危険があれば身体を張って止めるけどな」
さらに、わたしの顔をまっすぐに見ながら、九十九はそう言い切った。
「確かに、お前にしてはマシな言葉だな。知りもしない未来を考えるよりは、主人を諫める方が建設的だ」
……諫めるって。
その時点で、わたしが何かやらかすことが前提の話ではないでしょうか?
「そして、その次に書かれた『お腹で例えられた話』という文章から導き出される未来は、俺にも予測できないな」
「奇遇だな。オレもだ。栞は国語に強いはずなのに、なんで、要点の抜き出しはこんなに不思議な言葉なんだ?」
そう言われたって仕方ないじゃないか。
あの時の言葉を思い出しながら抜き出しただけなのだ。
「九十九は栞ちゃんとの会話で予想外の方向に向かうことはないか?」
「ある」
雄也さんの言葉に即答する九十九。
いや、今の返答は質問よりも前に準備してなかった?
問いかけ終わりと九十九の「あ」の言葉との間にあるはずの思考時間がコンマの世界だった気がする。
「つまりはそういうことだろう。『盲いた占術師』と呼ばれるほどの者でも、我らが主人には敵わないらしい」
「最強だな」
「そうだな」
いやいやいや!
そこの護衛たち?
仮にも主人の前で語るような話じゃないよね?
しかも、なんで二人とも楽しそうに笑っているの!?
そして、わたしへの擁護はないの?
しかし、待ってもわたしに対する慰めの言葉はないようなので、大人しく雄也さんの問いかけに答えることにする。
「お腹に例えたのはモレナさまの方ですからね」
だから、わたしは悪くない!!
―――― 食えば腹を壊すと分かっている料理を食う阿呆が世の中にどれだけいる?
「未来を変える具体例として、食べるとお腹を壊すと分かっている料理を食べる人がどれだけいるか? と、問いかけられました」
「……水尾さんや真央さんからの命令ならば、胃腸薬を用意して食うかな」
その時のわたしと同じような九十九の答えに苦笑したくなった。
そして、さらに思い描く具体的な料理人の姿も同じという点も笑えてしまう。
「俺なら、できるだけ回避する理由を並べるかな」
胃腸薬を準備してでも食べる方向になる九十九と、お腹を壊す未来そのものを全力で回避しようとする雄也さん。
この時点で、進む道が分かれている。
尤も、それは二人の性格にもよるだろうけどね。
「モレナさまが言うには『普通は食わない』らしいです」
「オレが食わなければ、栞に向かうだろう」
単純に上位者からの命令というだけではなかった。
ちゃんとそれ以外の護衛としての理由もあったらしい。
「処分すれば済むことでは? もしくはトルクに食わせる」
「前者はともかく、後者が酷い」
雄也さんに対する九十九の言葉に頷きつつも、雄也さんならそれぐらいさらりとやりそうなのが怖い。
「二人の解答からも分かるように、『その時点で、その人間の腹の運命は変わる』ということらしいです」
できるだけモレナさまの言葉を真似てみる。
あそこまで、軽口を叩くことはできないけどね。
「そうか? 始めから『食わない』って選択肢が出ている時点で、もともと腹は壊さないってことじゃねえのか?」
「ん~? でも、そのお腹を壊す料理と分かっていても、九十九みたいに食べようと試みることもできるわけだよ。そうなると、一口食べて吐き出す。胃腸薬を飲む。お手洗いの住人になる。瀕死状態。ほら、可能性は無限大!」
どこか納得できない九十九にも分かるように説明する。
九十九は、時々、例え話でも真面目に捉えて考え込んでしまうことがある。
当人は、わたしに噛み砕いた説明をするのが上手いのに、不思議だよね?
「そんな風にお腹の運命というものは変えられるそうだよ?」
わたしがそう言うと、九十九は目を丸くして、雄也さんは噴き出した。
モレナさまの言い回しは、雄也さんにウケたらしい。
「未来が変えられないって考えられるのは、その料理を回避しても、結局、別の料理で腹を壊すことがあるからなんだって。どんなに回避努力をしても、その人のお腹は壊す定めにあると考えられちゃうってモレナさまは言ってた」
「ああ、それが『腹の運命』なのか……」
さらに続いた九十九の言葉に雄也さんが口を押さえて横を向いた。
どうやら、笑いのツボに入ってしまったようだ。
「だが、その例えだと、結果は一緒でも既に過程が変わっているよな?」
九十九は横で肩を震わせている兄を無視して話を続ける。
「目的地が『腹を壊す』となっているから結果が同じように見えているだけで、腹を壊す予定だった料理とは別の料理を食ったという結果については、既に変わっていることになるから……」
九十九が真面目に考え込んでいる。
こんな話は雄也さん向けだと思っていたので、九十九の方が、話題に対しての食いつきが良いのはちょっと意外だった。
いや、笑っていなければ雄也さんもしっかり反応したかな?
「そうなると、ずっと変えられないと思っていた『未来視』も変えられるってことか?」
「へ? 『未来視』って変えられないの?」
そう言えば、九十九は「過去視」のわたしと違って、未来を夢に視ると聞いている。
人間界で言う予知夢のことだ。
「少なくとも、オレがこれまでに視た未来視は一度たりとも変わったことがない」
そして、「未来視」がそこまでの的中率だったと聞いたことはなかった。
「実は、九十九は占術師だった?」
「男は占術師になれないって聞いたが? それに、オレは『未来視』を外したことはないが、起きている間に未来を予測しても、外すことだってある。だから、性別に関係なく占術師は無理だ」
ここで、単純に性別だけを理由に否定しないことが九十九の良い所だと思う。
「特にオレの主人の言動は予測できない」
「占術師の能力を持っても、わたしの行動予測って難しいらしいよ?」
「…………」
わたしの言葉に九十九が閉口してしまった。
「俺は栞ちゃんと同じで過去視だから、未来視の詳細は体感できないけれど、魔力が強いほど、その確率は上がるとは聞いているかな」
ようやく笑いから復活した雄也さんが会話に戻ってきた。
「それなら、九十九は相当、未来を予測できるのでは?」
九十九の魔力はかなり強いと思う。
あちこちで貴族と間違われるのはそういうことだろう。
尤も、貴族ではなく血筋的には、間違いなく王族なのだから、それも当然と言えば当然なのだろうけど。
「さあ? 弟は未来視の結果をなかなか俺に教えてくれないから、それが当たっているかどうかも俺は分からないな」
「当たり前だ。オレ自身、視た夢が未来視だったなんて、その未来が目の前に来た時にしか分からないんだからな」
「分からないの?」
それはちょっと意外だった。
この世界の人たちが持つ「夢視」と呼ばれる能力は、普通の夢とは全く違うものなのだ。
「逆にお前は自分の過去視が分かるか?」
「……多分」
わたしが答えると、九十九が驚きの顔を見せる。
そんなに驚くことなのかな?
「基本的にほとんどの夢は思い出せないけど、わたしの夢って、なんか、白いことが多いからじゃないかな」
「「白い? 」」
九十九と雄也さんが同時に確認する。
「えっと、人間以外が白い世界というのが多いんです。でも、過去視の方は全然違って、相当、昔の話でなければ、フルカラーでくっきり、はっきりしています」
夢のことだからか、なんとなく、雄也さんに答える。
「相当、昔の話とは?」
「恐らくは……六千年前」
雄也さんに促されるまま、わたしは告げる。
「『封印の聖女』が『大いなる災い』を封印した時代を夢に視ることが多いです」
これまで、二人には一度も言ったことがなかった事実を。
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