勇ましいお姫様
「その『思考は数十種類の定型がある』の一文も気になるかな」
雄也さんは先ほどの言葉をさらりと流して、話を進めた。
「かの方は、他にも何か言っていた?」
―――― ある程度、人間の考え方は似たようなものになる
―――― 勿論、性格を含めた様々な要素などで、多少の変化はあるけれど、どうしても、数十種類ほどの定型に収まっちゃうんだよね
あの方の言葉はどれだけ強いのだろうか?
何故か、耳に残ったまま、再生される。
「ある程度、人間の考え方は似たようになるそうです。勿論、性格を含めた様々な要素で多少の変化はあるらしいのですが、数十種類の定型に収まってしまうとか」
「なるほど……。それは、思考を読める人ならではの言葉だね」
確かに。
普通はそんなこと、分からないか。
ほとんどの人間は、口から出た言葉を信用するしかないのだ。
「それが、この後に続く『わたしはそれから外れているそうな』と、『人間界でもかなり型破りだと言われた』に繋がるのか?」
「さっきから九十九、酷くない?」
なんで、そんな所だけ拾い上げるの?
「オレは事実確認をしているだけだが!?」
「そうかもしれないけど、選んでいる文章がさっきから酷くない?」
「それ以外を兄貴が選ぶから仕方ないだろ?」
そうかな?
……そうかも。
雄也さんの方が、判断が早いってことかな?
「お前も酷いこと考えてないか?」
「ソンナコトナイヨ~?」
絶対、九十九もわたしの心を読めている気がする。
最近、特に!!
「それで、どうなんだ? お前の思考が人間界で育った人間としても型破りってことは間違いないのか?」
「……らしいよ。普通は、他者のために動くって、口では言えてもなかなかできることではないって」
「ああ、そういうことか。確かにそこだけ見れば、型に嵌らないという言葉も納得はできる」
納得されてしまった。
「つまり、『卒業式、カルセオラリア城は普通の神経では無理』というのもそのことかい?」
「はい」
さらに、雄也さんの言葉に頷くしかない。
「カルセオラリアのことはともかく、人間界のことも知っているのか」
「それらについては、多分、わたしの記憶を読んだのだと思います。人間界には自分の力が届かないと言っていたので」
それでも、その世界に行った人間は増えたから、情報だけは入ってくるとは言っていた。
それって、人間界に行った人の心も読んでいるってことだと思ったのだ。
だから、わたしからだけじゃなくて、それ以外の「卒業式」の現場に居合わせた人の記憶を読んでいる可能性はある。
心当たりがあるだけでも、あの卒業式のことを知っているのは、先に何回か接触している九十九とか、この町にいる後輩の菊江さんがいる。
さらにあの方は、わたしの同級生でもあるワカのことも知っていた。
しかも、ワカについては、人払いした大聖堂での会話の内容まで細かく知っていたのだ。
内容的にあの場にいた誰もが言えるはずもない言葉だったのに。
そこで引っかかったのは、その時に聞いた「それが耳に届いた時」という台詞だ。
だから、あの方の情報収集能力は、占術師の能力か、精霊族の術のどちらかを使った可能性がある。
「椅子のことは聞かなかったのか?」
「椅子?」
九十九の言葉に首を捻る。
「卒業式のことを知っていたなら、あの時、紅い髪に向かって椅子をぶん投げたやつのことも知ってたんじゃねえのか?」
「あっ!? そうか!! 九十九、頭いい!!」
そんなこと、全然、考えもしなかった。
あんな状況だったのに、わたしを助けようとしてくれた人を知る機会だったのに……。
「聞かなかったんだな」
「その時点では、あの方が『盲いた占術師』と呼ばれる人だって知らなかったんだよ」
「『占術師』であることは知っていたのに?」
「うぐう」
ああ、やはり、彼らが近くにいなかったことが悔やまれる。
「いやいや、これは、恩人を自分の力で探せってことなんだよ。試練なんだよ」
だから、そう思い込むしかない。
「どんな試練だよ」
「少なくとも、あの状況で動けたのは魔界人しかいない。いつか、会えると信じ込む!!」
「あの後輩の女は違うらしいぞ」
この町で会った後輩の菊江さんにも、九十九は既に聞いてくれたらしい。
わたしのことなのに、九十九の方が気にしてくれているんだね。
「うん。在校生ではないはずだよ。多分、卒業生……、わたしと同じ学年の生徒だ」
「もしかして、誰か、分かっているのか?」
九十九が意外そうな顔をするが……。
「ん~。わたしとライトの立ち位置から判断した限りだけどね。でも、だいぶ、ふらふらしていたし、記憶がほとんど飛んでいるから自信はない」
あの場にどれだけの魔界人がいたかは分からないけれど、少なくとも、一人には今後、会う可能性が高い。
その人にも心当たりを聞いてみれば良いか。
「でも、その助けてくれた人だって、ある意味、わたし以上に型破りな人だよね?」
「あ?」
「法力国家の王女殿下であるワカですら、自分の身を護ろうと友人であるわたしを見捨てるぐらいだよ? そんな状況で、わたしを庇おうってするのは凄くない?」
尤も、ワカがあの場でわたしを助けなかったのは、自分の命を守るためというよりも、家出……、ならぬ、城出中だったことが大きいらしいけど。
法力国家ストレリチアの王女がそんなことをしていたのがバレると、あとあと、大問題になる……、というよりも、連れ戻される方が面倒だったようだ。
そして、ライトとの会話の内容から、わたしがあの場ですぐに殺されることはないと確信しての行動だったらしい。
だけど、その椅子を投げた人は何のメリットもないのに、わたしを助けようとしたのだ。
しかも、名乗らなかった。
それって、かなり凄いことだと思っている。
「そうだね、それだけの勇気ある行動は普通、できないと俺も思うよ」
雄也さんも賛同してくれる。
「恐らく、その相手は、栞ちゃんのことが好きだったんだろうね」
「「へ!? 」」
さらに続いた言葉に、わたしと九十九の声が重なった。
「人間にしても、魔界人にしても、自分も命の危険があるような中で、誰かを助けようなんてそれだけの無謀なことができるのは、好きな子のため……、だろ?」
「ふわあっ!?」
その可能性は全然、考えていなかったために思わず叫んだ。
「え? ええっ!?」
あの頃のわたしは完全に魔力が封印されていたために、セントポーリア国王陛下の血を引いていることは、この兄弟やライトたちを除けば誰にも知られていなかったはずだ。
あの体内魔気に敏感な真央先輩ですら気付けなかったらしいから、恭哉兄ちゃんの封印は本当に完璧だったのだろう。
そして、まだ「聖女の卵」でもなかった。
つまり、魔界人としての価値は知られていなかったはずだ。
「何、顔を赤らめてるんだよ?」
「いや、だって、あの頃のわたしのことを好きになってくれた人がいたのかもって思うと……、つい……」
勝手に顔が赤くなってしまうのだから仕方ない。
「兄貴の推測だろ?」
「でも、説得力はあるよ」
それこそ、身を張って助けようとしてくれるなんて、少女漫画の主人公みたいで、一種の浪漫じゃないか。
……って、ここにいる護衛たちはそれを当然のようにしてくれることを思い出す。
九十九はいつだって、身体を張って護ってくれているし、雄也さんだってその身を犠牲に助けてくれた。
いやいやいや、彼らは護衛、護衛!!
わたしに対する好意じゃないのだ。
「栞ちゃんは、昔から魅力的な女の子だったから仕方ないね」
「ふおっ!?」
「兄貴、これ以上、揶揄うなよ」
九十九に同意する。
これ以上、そんなことを言われ続けたら、恥ずかしくて死ねる気がする。
「魔力を感じない女の子が、あちこちに火傷を負いながらも、突然現れた謎の男から自分たちを護ってくれる。俺なら十分、心が動かされる行動だと思うけどな」
それだけ聞くと、少女漫画のかっこいい主人公だよね。
だが、残念ながらわたしができたのは九十九が来るまでの時間稼ぎだけだった。
それ以上のことは何もできなかったのだ。
「そうか? オレなら、女に限らず、誰かに庇われるのはカッコ悪いって思うけどな」
そして、護衛らしい発言をする九十九。
そこで「女性」でなく、それを含めた「他人」に庇われるのが嫌だと言うのもいかにも……って感じだよね。
「だから、その椅子を投げた誰かさんもカッコ悪いって思ったのかもね。勇ましいお姫様に護られるだけではなく、護りたいって思ったんじゃないかな」
「勇ましいお姫様」
雄也さんの言葉を繰り返した後、九十九はチラリとわたしを見た。
そして、ふっか~い、溜息。
勇ましくって悪うございましたね!!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




