護衛の反応
祝・1700話!
でも、山もオチもありません。
「ううっ」
なんとも恥ずかしい話である。
殿方の前で自分の奇妙なお腹の音を披露。
九十九だけならともかく、雄也さんまでいる場だったのだ。
それが、なんとも情けなくて呻き声をあげるしかない。
「食ってないお前が悪い」
九十九は平然と言い放つ。
それはそうなんだけど!!
それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ!!
ああ、でも、このお肉と野菜の香草煮込みは美味しい。
思わず、もくもくと食べてしまう。
「美味いか?」
「うん」
九十九がわたしに出してくれる料理が不味いはずがない。
今日の味は、身体に染み渡るようなほっこりとした味。
恐らく、疲労回復系の効果があると思われます。
食べている途中でも分かりやすく身体が軽くなっていく。
そして、それを準備してくれた九十九は、折り畳み椅子を取り出して真向かいに座って、いつものようにわたしを見ていた。
つまりは、今日も護衛に見張ら……見守られながらのお食事タイム。
そして、今日は部屋の隅にもう一人の護衛がいる。
壁に寄りかかって、わたしが食事を終えるまで待ってくれている図は実に絵になるものだ。
この壁に寄りかかるって、普通の人間がやるとだらしない印象になるけど、かっこいい人がやると様になるよね。
その空間を切り取って絵にしたいぐらいだ。
でも、なんとなく、雄也さんのその視線はわたしではなく、九十九を見ているような気がするのは気のせいかな?
それも難しい顔で。
そんなに見張らなくても、こんな状況で九十九がわたしに何かする危険なんて、全くないですよ? 雄也さん。
九十九は鋭い目をわたしに向けているけれど、これはいつもの健康観察ってやつなのです。
わたしの食欲とかを見ながら、さり気なく肌や髪のツヤにまでチェックが入っているのだろう。
今も、あちこちに強い視線を感じているから間違いない。
でも、そんなに観察されると視線で穴が空いてしまいそうだ。
流石に魔界人でも眼力だけでそんな効果はないだろうけど。
目から穴が空くようなビームなんて、人間界でもロボットぐらいじゃないかな?
わたしの護衛は時々、不思議なところに力を注ぐよね。
だから、無駄話をせず、もくもくと食べる。
うん、本当に美味しい。
思わず、口元が緩んだ。
自分は本当に幸せ者だと思いながら。
こんなにも心配してくれる護衛が二人もいるんだ。
幸せでないはずがない。
―――― 今あるものを大切に
そんな声が耳に蘇る。
―――― 失ってから後悔しても遅いからね
占術師の能力を持つ女性の言葉。
そして、その言葉は箇条書きにしなかった。
あれは、わたしに向けられたものだ。
だから、書き記して、誰かに伝えても仕方ない。
分かっています。
失いたくないから。
「ごちそうさまでした」
わたしは手を合わせて一礼する。
「どういたしまして」
そう言いながら、九十九は手早く目の前の食器を取り、「洗浄魔法」を使った後、「収納魔法」を使う。
こんな時、魔法は本当に便利だよね。
「洗浄魔法」の方はわたしももう使えるのに、九十九はそれをさせてくれない。
食器の回収が以前より早くなったのはそのためだと思う。
まるで仕事を奪うなと言わんばかりの速さだ。
そして、そのまま、机を拭く。
こっちは何故か魔法を使わない。
気分の問題だそうな。
分かる!
やはり、机は自分で拭き上げてこそ! ……だよね?
便利だけど、魔法でパパッとやってしまうのは何かが違うのだ。
そして、歯磨きをしっかりした後。
「大変、お待たせしました」
わたしはそう言いながら、二人に一礼する。
思ったより、時間をとらせてしまった。
文章をまとめた後に食事していれば、こんなことにならなかったのに。
でも、結果として九十九の料理を食べられたのだから、良いかと思い直す。
ここの宿泊施設の料理は不味いわけではないけれど、やはり九十九の料理には敵わないのだ。
水尾先輩ほどではないけれど、わたしもすっかり胃袋を掴まれているらしい。
―――― 未来の夫は貴女の手料理を食う機会が永遠に失われる
そんな声が蘇る。
いやいや、あれは例え話であって、予言ではない。
予言ではないのだ、絶対に。
でも、九十九の手料理に慣れてしまうと、自分で料理をする気がなくなってしまうのも事実なのだけど。
「そんなに待っていないから大丈夫だよ」
雄也さんは微笑みながらそう言ってくれるが、九十九が料理の準備をして、わたしがそれを食べて、さらには後片付けや歯磨き。
九十九の準備は早かったし、わたしも急いで食べたつもりだったけれど、結構な時間の消費だったと思う。
忙しいのに、手間だけでなく時間も取らせて申し訳ない。
「それで、珍しくオレと兄貴を同時に部屋へ呼び出した理由は、あの占術師の件か?」
九十九が早々に確認する。
「うん。長くなると思うから、雄也も座ってください」
わたしがそう促すと、雄也さんは窓と入り口を確認した後、軽く息を吐いて自分が座るための椅子を出した。
それを見た九十九が何度か目を瞬かせた後、わたしの方を向く。
二人並んだその構図に、なんとなくあの「音を聞く島」を思い出した。
あの場所から離れてまだ一月と経っていないのに、随分、前のことのような気がするのは何故だろう。
「とりあえず、二人にこれを」
そう言って、それぞれに紙の束を差し出す。
「あの占術師の能力を持った女性から聞いた話を書き出したものです」
「分かった」
「ありがとう」
わたしがそう言うと、九十九と雄也さんはその紙の束を受け取り、二人はすぐにその紙を読み始める。
当然ながら、その目は真剣そのものだった。
美形兄弟の真剣な眼差し。
それが自分に向けられたものじゃなくても、真正面から拝見させていただくなんて、あまりにも「眼福」で、思わず拝みたくなるよね。
本当ならこの図を絵に残したいけれど、流石にそれは許されないだろう。
だから、これは心の中にしっかりと保存しておかなければなるまい。
いつでも再現できるように。
こうして、「護衛観察日記」に新たなページが追加されてしまうわけだ。
でも、これは、彼らが紙に残したくなるぐらい良い男過ぎるのがいけないと思うのです。
彼らが読んでいる途中で何らかの質問が来るかと思ったけれど、二人は何も言わずに文章に集中している。
それを見ているだけでも不思議と退屈しない。
二人がそれぞれ、紙を捲る音だけが部屋に響く。
雄也さんは目線だけが動いていたけれど、九十九の方はそれだけでなく、ちょっとした変化が見られた。
その変化は表情ではなく、漂ってくる体内魔気の方。
だから、当人自身も気付いていないかもしれない。
でも、読んでいる途中でどちらも表情をほとんど変えないのは流石だと思った。
わたしなら、最初から声を出していただろう。
いや、最初の一文はどうかと自分でも思ったんだよ?
でも、掴みってあらゆる意味で大事じゃない?
そう思ったら、それを書かずにはいられなかったのだ。
それ以外にも何度か衝撃的な文が続いているというのに、二人に動揺はない。
九十九の体内魔気の変化だって、すごく気を付けなければ分からない程度のもので、もしかしたら、普通ならば気付かれないかもしれない。
あれ?
それって、もしかして、わたしの文章ではあれらの衝撃の数々が伝わらなかった?
どれだけ、わたしの文章力ってないの?
それとも、わたしが驚きすぎ?
つまり、二人にとっては想像の範囲内の会話だったってこと?
わたしがそう思って一人でアワアワしていると、雄也さんが顔を上げる。
「栞ちゃん、この文書について、質問は許されるかい?」
「え? あ、はい」
流石にあの箇条書きで伝わるとは思っていない。
寧ろ、伝わらないことの方が多いはずだ。
それでも、二人して何の反応も見られなかったから、わたしが勝手に困っていただけである。
「それでは、少しずつじっくりと確認させてもらおうかな」
雄也さんの微笑みに、背筋に何かが伝う気がしたのは気のせいでしょうか?
毎日投稿を続けた結果、もう1700話となりました。
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最近では、スマホからの閲覧も増えており、心から感謝しております。
まだまだこの話は続きますので、最後までお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




