仙人掌
う~む……。
これは確かに九十九が頭を抱えたくなるのは分かる気がする。
わたしは目の前の光景を見た時、素直にそう思うしかなかった。
「これも美味い! すっげ~な、笹ヶ谷弟……じゃない九十九少年の料理。菓子類までいけるのがとにかくすごい!」
わたしたちは先ほど、話をしながら食事をしたはずだ。
それなのに……、水尾先輩はまた食べている。
人間界ではここまでじゃなかった気がするんだけど、わたしが気付いていなかったってことか。
しかも、それなのにあんな細い身体なんて、世の中いろいろとおかしいと思うのはわたしだけ?
「高田はもう食わんのか?」
焼き菓子を口に入れながら、水尾先輩はわたしの方にお皿を向ける。
「い、いえ……、流石に先ほど食べたばかりなので……」
「そうか。少食なんだな」
今の水尾先輩と比べたらほとんどの人類は少食になってしまうと思う。
それぐらい食べていたのだ。
テレビに出れば、間違いなく大食いチャンピオンになれるぐらいだろう。
話が終わった後、九十九は通信珠を持って自室へ向かった。
恐らく、雄也先輩と話をするためだろう。
母も部屋に戻っている。
そんなわけで、ここにはなんとなく残ったわたしと、まだ食べ続けている水尾先輩と二人でいるのだ。
「自分で作れるって良いよな~。私が作ろうとすると、何故か爆発するからな~」
「ああ、わたしも料理は炭化しやすいですね~。魔界の食材で料理をするって本当に難しいです」
爆発、炭化……。
それが料理中に発生する現象というのは本当に不思議だ。
目の前で何の前触れもなく素材が黒くなってしまうのは、いろいろと申し訳のない気持ちでいっぱいになってしまう。
化学変化ならぬ魔界変化してしまう料理たちは、まるで調合を失敗する魔法薬のような印象が強い。
「高田……、この焼き菓子は何だ? 私の国にはないが……、何故か懐かしくて美味い!」
水尾先輩は小さく四角い焼き菓子を次々と口に入れながら嬉しそうにそう言った。
「それは人間界で言うクッキーですよ。材料やその工程は違うらしいですけれど」
九十九が言うには「クッキー」に似せた焼き菓子……、らしい。
「クッキー」を名乗るには、材料やその作り方が違い過ぎるので、認めたくないそうだ。
「は? 人間界の料理を再現って……できるのか?」
わたしの言葉に水尾先輩は目を丸くした。
「今のところその作り方で同じものを魔界では見たことないと雄也先輩すら言っていたので、九十九オリジナルってことになるのでしょうね」
「オリジナル……」
水尾先輩は自分が摘まんでいる焼き菓子を茫然と見つめた。
その反応だけで、それがどれだけ凄いことなのかがよく分かる。
「九十九曰く、まったく同じものは無理だけど、料理によっては類似品の作成は可能なものもあるとか」
九十九はそう言っていたが、わたしが同じ手順で作っても上手く作ることはできる気がしなかった。
わたしはこれまで人間界で何度かクッキーを焼いたことがあるが、その最中に火花が弾けるなんて、見たことないよ?
「は~、あの少年。かなりの天才だな、料理に関して……」
サクサクと音を立てて、クッキーを嬉しそうに頬張る水尾先輩。
これだけ美味しそうに食べられたなら、作り手も料理も本望だと思う。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「お? もらえるか?」
九十九に言わせれば、魔界の大半のお茶は温度と時間に気をつければ消失することだけは避けられるらしい。
未だに一番好きなお茶は無理だが、魔界の一般的なお茶ならなんとか淹れることができるようにはなった。
余所見をせずに集中する必要はあるけどね。
「なあ……、高田……」
お茶を淹れ終わったわたしが対面に座ると、水尾先輩が声を掛けてきた。
どうやら、わたしに用があってここに残っていたのかもしれない。
いや、彼女のお腹に収まったクッキーの数が10や20では済まない辺り、本命はやはり食べることか?
「ちょっと、高田に謝っておきたいことがあるんだ」
思わぬ方向から話が来た気がする。
でも、なんのことかさっぱり分からないから、先の言葉を待つ。
「まずは人間界での嘘について。最後に会った時、旅行に行くとか行っていたけど……、実際は魔界に還るところだったんだ。悪い……」
先輩がここにいるということで、それぐらいのことは見当が付く。
あの状況で、魔界なんて言葉を使うことなどできなかっただろうし、それは仕方ないことなのではないだろうか?
「では、あのまま人間界に残っていたら、先輩にはこうして会うことができなくなってしまったんですね」
そう考えると縁というのは本当に不思議な偶然の積み重ねなんだと思う。
ほんの少しのすれ違いで大きくその先が変わるのだから。
「そうなるな。まあ、高田たちもやっているとは思うが、人間たちに対して記憶の操作をするから、いなくなったことにも気付かなかったとは思うけどな」
それは雄也先輩が言っていた。
わたし自身は何もしていないから正直、ピンとはこないのだけど。
「それでも覚えていることができたのは、高田が魔気は感じなくても、魔界人だったからなんだろうな」
「人間とのハーフですけどね」
わたしは純粋な魔界人ではない。
父親はこの世界の人間だけど、母は地球人だ。
「……高田の母君……か。あの人はただの人間だとは思えないよ。だからこそこの世界に呼ばれたんだろうしな」
「……まあ、普通の人間は魔法なんて使いませんよね」
わたしの母は魔界で暮らしていた経験があるためか、魔法を使うことができる。
人間界に戻った後は、母も記憶と魔法を封印していたために使用をすることができなかったらしいのだが、その封印ってやつは解かれ、そのことを思い出してからは立派に魔法使いしていたりする。
しかし、考えてみて欲しい。
三十代で魔法使い……魔女? の母を持つ娘の気持ちを……。
「とにかく、悪かった」
水尾先輩は再度、頭を下げる。
「でも、それは仕方ないのでは? 嘘も方便といいますし。水尾先輩に悪意はないってことぐらいは分かっていますから」
「でも、結果として騙したことには変わりはないだろ?」
「その辺についてはお互い様だと思いますよ。わたしなんて何も言わずにここに来てるからある意味、もっとタチが悪いかもしれませんが、それを先輩は責めますか?」
「む……」
この問題は恐らく、言ったか言わないか……になってしまう。
人間界に行った魔界人である以上、どちらかを選ぶしかないはずなのだから。
「完全に人間界……、住んでいた場所から離れることを隠さなかった先輩の方が、わたしよりよほど良いと思いますけど?」
わたしと同じように、何も言わずに去る事だってできたはずだ。
それなのに、水尾先輩はそうしなかった。
記憶からなくなるものとして扱わずに、少しだけ別れを伝えてくれたのだ。
「じゃあ、この件に関してはお互い様ってことで手打ちにする。だけど、後、もう一つあるんだ……」
「はて? 何でしょう?」
やっぱり、心当たりはない。
「高田からもらったサボテン……、持って来れなかったんだ」
サボ……?
水尾先輩の言葉に一瞬、首を傾げ……、自分が彼女たちの誕生日に渡したプレゼントだったということを思い出す。
「ああ、それも仕方ないですよ」
わたしはそう言って笑った。
それを贈った本人すら忘れていたのに。
「持って来たかったんだ……。でも、その……」
「持ってきてくれる気だったんですか? それはちょっと喜んでしまいますね」
確かに魔界へ来る前に、サボテンを贈ったけれど、そこまで気にしてくれているとは思わなかった。
その気持ちだけで、後輩としては喜んで良いだろう。
「でも……、せっかくくれたのに……、本当に悪いな」
「いえいえ……。わたしはもう会えないと思っていた水尾先輩に再びこうして会うことができて本当に嬉しいんですよ。だから、気にしないでください」
元々、サボテンにしたのだって……、わたしが魔界に来て、先輩たちに会えなくなるからそれを選んだのだ。
だから、サボテンを持って来ることができなかったというも、わたしのそんな気持ちがどこかで不思議な力として働いたのかもしれない。
いずれまた会うなら、ただの記念など必要ない……と。
「そうか……。私も、また会えて嬉しいよ、高田……」
そう言って頬杖を付きながら微笑む水尾先輩は、女性にしておくのが惜しいほど、すごく格好良かった。
人間界でも人気があったのはよく分かる。
尤も、そんなことを本人に言えば、また不機嫌になってしまうかもしれないけれどね。
念のための補足
今回のタイトルは「サボテン」と読みます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




