少年は運命に出会う
「高田――――っ!」
思わずオレは、彼女の名前を叫んでいた。
この距離では間に合わない!?
オレは、ヤツが必要としていたのは彼女の身柄だと思っていた。
だから、彼女に危害を加えるつもりはなく、その炎だって、オレの方に向かってくると思っていたのだ。
危機感が足りなかったのはオレの方だった。
相手の意表を突く行動は、戦法の基本だと何度も教えられてきたのに。
オレの予測が大きく外れてしまったため、情けないことに反応も少し遅れた。
時間にして一秒にも満たないもの。
だが、そんな僅かな遅れもこんな状況ではまさに致命的だろう。
彼女が闇のように黒い炎に包まれる。
自然現象では決して生まれるはずがない炎。
それが彼女の小柄な身体を覆い尽くし、より一層、激しく燃え盛ろうとする。
「くっ!!」
オレがその炎を消そうとした瞬間だった。
「――――っ!?」
その炎から、かなり異常な気配を感じたのだ。
こんなの、人間の身ではありえない。
そんな感覚が全身を駆け巡り、思わずそこから飛びのいた。
それと同時に……。
―――― カッ!!
眩しい光とともに黒い炎は中から破裂するように、膨らんで弾け、やがて……、跡形もなく消え失せた。
そして……、そんな光の中心部から現れたのは……。
「なっ!?」
『ほぅ……。これは見事だ』
そこにいたのは、小柄で見知った顔のはずだった。
しかし、オレはソレが誰なのかを理解するまでに、かなり時間がかかってしまったのだ。
「た……かだ?」
オレはそこにいたはずの人間の名を口にする。
しかし、ソイツは虚空を見たまま、オレの声にも全く反応しなかった。
本当にコレは……彼女なのか?
そんな疑いさえ沸いてきてしまう。
状況からそれ以外に考えられないというのに。
そこにいたはずの人間は、「高田栞」という名前の少女だったはずだ。
黒い髪と印象的な黒い瞳を持つ年齢よりも遥かに小柄な身体の中学生。
それがオレの知る彼女の姿だった。
だが、今は不思議な光を纏っていることもあってか印象が違いすぎるのだ。
一番の違いは、あの髪だった。
黒かったはずの髪は、眩いばかりに光り輝く金色になってしまっている。
光に包まれてそう見えるわけじゃない。
あの髪の毛は間違いなく変化している。
だが、不思議なことに、オレは初めて見るはずのその姿に、どこか懐かしいものを感じていた。
オレの頭は混乱のあまりどうかしてしまったのだろうか?
激しく胸を締め付けられるほど苦しい感情。
こんな感覚に覚えはなかった。
『やはり……、お前こそ……』
紅い髪の男がそう言いながら彼女に手を伸ばそうとする。
突然湧き起こった感情に呆然としていたオレが、それに気付いて止める間もなく……。
――――― バチッ!
『うっ!?』
静電気が弾くような音がして、顔をしかめながらヤツは出した手を引っ込めた。
何かの防御が働いたんだろう。
そして、その行動が何かの合図になってしまったのか。
彼女自身に再び変化が表れ始める。
―――― バチバチッ!!
今度は、目に見えるほどの電気のようなものが彼女の周りを囲み始めたかと思うと、激しい音をたてて弾けた。
「うわっ!?」
『なっ!?』
オレたち2人と、地面に転がっていた3人はその衝撃で吹っ飛ばされる。
「まさか……」
そして、彼女はその電気のようなものを纏ったまま、右手を上に翳すと……。
『雷撃魔法』
無感情な彼女の言葉と同時に、オレたち5人が凄まじい雷の渦に襲われる。
これはオレが知っているものじゃない。
こんな激しい力は知らない!
少なくとも……、雷では。
「うわっ!?」
なんとか、直撃は避けた。
だが、流石にこれは、少しまずい。
この状態は……。
『チッ。厄介な……。暴走したか』
紅い髪の男は舌打ちをする。
髪をかき上げている辺り、まだ大丈夫そうに見えるが、その表情からは先ほどまでの余裕は感じられなかった。
それは当然だ。
普通、こんな状況で悠々と構えることができるヤツは……、一人ぐらいしか心当たりがねえな。
あの男がいれば、事態はもう少しマシだっただろう。
そして、ヤツの意見と同じ結論なのはなんとなく嫌だが、この状態は、「力の暴走」としか考えられない。
彼女は無意識で、自分を制御できない状況にある。
つまり、力だけが勝手に暴走している状態なんだと思う。
『こうなる前に、あの男の封印を先に解くべきだったか』
「は?」
オレの疑問符に、ヤツは手で素早く口を覆った。
どうやら、オレに聞かせたくない言葉だったらしい。
「あの男の封印って何のことだ?」
『さあな。それより、今の状態をなんとかするべきじゃないのか? ナイトさんは』
そう言いながら、紅い髪のヤツは皮肉げな笑みを浮かべた。
「そうだな。とにかく、なんとかしねえと……」
この状態の彼女を止めるには、気が進まないが、この男に協力してもらうべきか?
いや、それはムリだ。
この男とはオレが共闘したくねえ。
何より、この状況を作り出した原因はどう考えたって、アイツらにあるんだ。
オレがこの男を助ける義務の方が全くねえ。
『じゃあな』
「へ?」
だが、オレの思考を読んだのか。
ヤツは気絶していた3人とともに、さっさと消えてしまった。
「おいっ!」
既にこの場から消え去った人間がオレの呼びかけに応えるはずもない。
そうして、この空間には、オレと金色の髪をした彼女だけが残された。
そりゃあ、この空間を作り出していたのがヤツらなら、出入り自由だよな。
当然だよ、コンチクショー!!
「くそっ! あの男め……」
と、苛立ちを込めて口にした時、ゾクリと背後から寒気がした。
嫌な予感しかない。
素早く振り返ると、彼女が既に手を翳している姿が目に入る。
「やべっ!」
オレは咄嗟に全力で身を守る態勢をとった。
こんな状態の彼女相手に、どこまで通じるか分からないが、何もしなければ確実に訪れるのは先ほどの炎より深い闇だ。
そして、彼女が再び光を放ったのは、ほぼ同時のことだった。
****
気がつくと、オレと彼女は元の歩いていた道で倒れていた。
幸い、もともと人通りが少なかったためか、特に騒ぎになることもなかったようだ。
いや、ここまで不自然に人の気配がないのは、流石になんか別の力が働いているような気もする。
だが、余計な仕事をしなくて済んだのは良かったと素直に思うことにしよう。
細かいことを考える気力なんか今のオレにはほとんどねえし。
「8時……、45分……か」
何故かほとんど時間は経っていなかった。
これは不思議だとオレも思う。
あれほどのやりとりがそんな短時間で済むとは思えない。
時間に作用する力が働いている?
それはオレの知識にはないものだった。
オレは傍らにまだ倒れている彼女を見る。
彼女はすぅすぅと寝息を立てていた。
いつの間にか髪の色が、いつもの黒に戻っていることに、オレは少しだけホッとする。
「のん気なもんだぜ。そして、どうせ、何も覚えちゃいないだろうな」
満天の星空の下。
周囲に明かりはほとんどなく、通りかかる人もいないため、暫く、眠る彼女の傍に腰を下ろしたまま、ぼんやりと空を見上げる。
そして、オレは誰も聞いていないのを良いことに、一人、彼女を見つめながら、慰めにもならないような言葉をこぼした。
「やっぱり、動き出しちまったなあ、お前の運命」
普通の人間として生きていたならば、絶対に関わることのない世界。
その扉は向こう側から開け放たれた。
そして、開かれてしまった以上、逃げることも隠れることも難しくなる。
何より……、彼女自身が普通の人間ではないことは、既にオレ以外のヤツも知っていた。
アイツらの意思や本当の目的は結局分からないままだったが、恐らくは、もう、今までのように平穏な生活は望めないだろう。
そのことが、彼女自身にどんな影響を与えるのかは、今のオレには想像することしかできなかった。
しかし、この時のオレは全く気付いていなかったんだ。
運命が動き出していたのは彼女だけでなく、オレ自身も例外ではなかったことを……。
この時のオレは、まだこれから先のことについて深く考えていなかった。
彼女に全てを伝えた後に起こることも、それ以外のことも、本当に何一つとして気付いちゃいなかったんだ。
ようやくここで第一章が終わります。
次回からまた更新時間を変更しますのでご了承ください。
その方が自分には管理しやすいことに気付きました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。