不機嫌な理由
モレナさまとの会話の内容を九十九と雄也さんに話す時に、個別に話をするか、それとも、同時に話をするかで少し悩んで、結局、同時に話をすることにした。
個別の方が都合よい面もあるのだけど、モレナさまの言葉の大半は、護衛である九十九と雄也さんに話していた方が良いものだったから。
でも、それぞれに話さない方が良いこともあるので、そこは話し過ぎないように注意すべきところである。
なんという高等技術を要するのか?
わたしは情報国家ではないというのに。
でも、すっごく薄くはあるのだけど、わたしにも情報国家の血は流れてなくもないんだよね。
この世界を救った「封印の聖女」である「ディアグツォープ=ヴァロナ=セントポーリア」さまは、セントポーリアのたった一人の王女であった。
だけど、最終的には国を飛び出して、イースターカクタスに身を寄せ、そこで娘を一人生むのだ。
セントポーリアの歴史に「封印の聖女」であるディアグツォープさまの名はなく、「聖女」としか記されていないのは、恐らくそのためだ。
世界を救った聖女であっても、国を捨てた王女であったのだから。
そこに至るまでの経緯も理由も理解できる身としてはいろいろ思うところはあるのだが、それぞれのお国事情というやつもある。
ディアグツォープさまが愛したイースターカクタスの王子である「ディドナフ=ティアル=イースターカクタス」さまもまた一人息子だった。
つまり、互いに唯一の王位継承権所持者同士の恋愛だったために、お互いに差し出せない立場の相手だったということになる。
その時代の王族は、「大いなる災い」の脅威もあり、どの国もその数はかなり少なかったらしい。
その「大いなる災い」によって殺された王族もいたし、未来に希望が持てないようなそんな時代に子供を産んで育てるような余裕もなかった。
魔法が使えなかったアリッサムの王女も、一人娘だったから、大いに悩んだわけだしね。
そして、王族だからこそ個々の感情に振り回されれば、国家が成り立たなくなる。
それでも、国の思惑に逆らい、我を貫き通す選択をせざるを得なかったのが、ディアグツォープさまだ。
そして、イースターカクタスでディドナフ王子殿下の子を産んだ。
それが、「ライアジオ=プルア=イースターカクタス」さま。
後にイースターカクタスが「情報国家」の名を冠するようになる礎となった王女である。
そして、後を継ぐべき王族がいなくなってしまったセントポーリアの直系王族の血は薄まったが、そのさらに子をセントポーリアの王族に入れることで、なんとか、血統を保ったそうだ。
そして、以降、純血主義に拍車がかかるという結果になる点が救えない。
一時は、親子兄弟姉妹間で婚姻を繰り返し、血の濃さに固執することになったらしい。
だから、各国の王族が増えても、セントポーリアの王族は他国に比べて極端に短命だった時期があるそうな。
あの「救いの神子」たちが、人口衰退期から世界を救う以前は、世界的にそうだったらしいけど。
多分、近親交配による、遺伝子や染色体に異常があったのだろうね。
人間界に「血は水よりも濃い」という諺があるけれど、濃くするのも限度はあると思うのですよ?
そんなわけで、一応、わたしにもイースターカクタスの血は流れていることになる。
尤も、六千年近く前に、たった一回だけ入った血なんて、もうほとんど残ってもいないはずだ。
それ以降は純血主義だったわけだしね。
でも、親子兄弟姉妹での婚姻って、人間界でもあったらしいけど、個人的な感覚としては、正直、ゾッとする。
確かにセントポーリア国王陛下は若いし、お顔も整っていらっしゃるけれど、父親と知っているためか、そんな対象として見ることは無理だ。
知らなければ、どうだっただろう?
親子関係については、今更、記憶から抹消できないのでそれを考えること自体ができないけど、母の想い人という点で、やはり無理かな?
それに個人的には、やはり年の近しい男性が良いとも思ってしまうし。
年が離れすぎていると、「この人から見れば、わたしは小娘だろうな」という意識が先立つから。
―――― コツコツコツ
来訪を告げる音が聞こえてくる。
この叩き方は雄也さんかな?
彼らは兄弟でもノックの仕方は違う。
「どうぞ」
わたしは持っていた紙の束を机に置いて応えた。
「失礼するね」
部屋の扉を開けたのはやはり雄也さん。
そして、その背後に九十九もいた。
でも、どことなく不機嫌な顔。
何故に?
この宿泊施設では、わたしや水尾先輩や真央先輩は個別の部屋だけど、彼らは同じ部屋にいたはずだ。
だから、一緒にいることはおかしくない。
尤も、彼らは基本的にはあまり一緒に行動しないから、別々にいた時のために、最初に雄也さんに連絡を入れて、その後に九十九に連絡したのだけど。
通信珠は二つあるけれど、流石にこんなちょっとした呼び出しで、頭に直接通信する方は、使わなかった。
アレは本来、緊急時以外にはあまり使いたくないものだ。
安眠妨害するほどのものだし。
だから、同時に通信は考えなかった。
だけど、そんなことぐらいで九十九が不機嫌になるって考えられないよね?
確かに僅かながら時差はあるけれど、緊急呼び出しでもないのだ。
それに、九十九の上司は兄である雄也さんだし、行動指針を示すのも基本的には雄也さんだ。
それを知っているので、わたしがそちらから先に連絡を取るという選択も別におかしくはないと思う。
だから、この不機嫌顔の理由は別の部分にあると見た。
でも、分からないから、放置しよう。
触らぬ神に祟りなし。
不機嫌九十九に手立て無し。
自然に機嫌を直してくれることを祈ろう。
九十九はデキる男だから、何かあったとしても、精神の立て直しはわたしよりずっと早いからね。
「お呼び立てして申し訳ありません、雄也」
まずは先に入室した雄也さんに頭を下げて謝る。
「九十九も呼び出してごめんね」
次に、後ろにいる九十九にも同じように頭を下げた。
「いや、こちらこそ、こんな時間にごめんね」
「ほ?」
言われて外を見ると、真っ暗だった。
考えてみると当然だ。
モレナさまとお話したのは日中だったけど、彼らが迎えに来てくれたのはもう日が傾いていた。
そして、それから部屋に籠って執筆活動。
それも、十数枚に亘る箇条書き。
夜中と言うほどでもないけれど、割と遅い時間になっていたようだ。
「栞、メシは?」
「えっと……?」
なんだろう?
ここで食べてないと言ったらこの不機嫌顔がもっと不機嫌になる気がした。
そして、同時に、この顔は、わたしが食事もせずにひたすら文章を書き続けていたことに対する怒りだと知る。
「この宿泊施設にもルームサービスがあることは理解しているよな?」
「はい」
九十九からの問いかけに思わず丁寧な返答になる。
基本的にこの世界の宿泊施設は食堂形式が多いのだが、カルセオラリア城下にあった宿泊施設や「ゆめの郷」の高級宿泊施設は機械化されていて、ボタン一つで選べる食事が出されていた。
この宿泊施設はそっちに近いが、食事メニューは給食の献立のように毎食違うけど、選べないタイプ。
それよりも九十九の食事の方が良いし、外の露店区画や商業区画も選択肢は多い。
「オレを呼び出すか、そちらを利用しろと言っていたよな?」
「はい」
その声は分かりやすく怒りを孕んでいて……。
「勿論、お前のことだから兄貴に頼りもしていない」
「おっしゃる通りです」
わたしは小さくなるしかなかった。
自分の不摂生を護衛に咎められる主人。
これは、なんて、情けない図なのだろうか。
しかも、これは九十九がわたしのことを心配しているからこその言葉なのだ。
「そこまでにしておけ」
「兄貴は黙ってろ。オレは栞の食事にだけは口出しさせない」
雄也さんの助け舟も一蹴。
専属料理人は本当に食事のことに厳しい。
「ド阿呆」
だが、そこで退く雄也さんでもない。
「説教よりも食事が先だ」
冷ややかなその言葉を待っていたかのように……。
くきゅぅ~~~~~~~
わたしの体内から放出された締まらない音が室内に響き渡ったのだった。
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