神言を書き出して
一頻り、唸りながらも、モレナさまとの会話を紙に書きだしたが、それがとんでもない文章量になってしまった。
要点を箇条書きにしただけでもまさかの10枚越えなど、誰が予測できたものだろうか?
確かに長い時間、話し込んでいた気がするけれど、ここまでいっぱいになるなんて思わなかった。
ちょっとした小話並の文字を書いたために、手が少し痛くなったほどだ。
そして、絵を描くのと、文字を書くのは同じ時間を掛けても、随分違う。
絵を描く方が遥かに楽だよね。
それにしても要点だけでこれなら、あの時のモレナさまの言葉を全て書き出したら、どれだけの文字数になるのだろうか?
いや、流石に全ては覚えていないから、あの方の言葉を全部書き記すなんて無理なのだけどね。
わたしに九十九や雄也さんほどの記憶力はない。
そして、彼らほどの記述能力もないのだ。
この箇条書きメモは自分で書いておきながら、パッと見ただけでは何が何やら分からなかった。
おかしい。
要点を書き出したはずなのに。
誰か、わたしに文章を纏める能力をください。
人間界にいた時は、国語の成績は胸を張れるほどのものだったんだけどな~。
そして、会話の最後に出てきた「神言」についてだけど、これだけは、しっかり思い出せたので、箇条書きではなく、普通に文章化してそれだけを単独で書き出している。
後で、雄也さんと九十九に見せやすいように。
だけど、不思議なことに、わたしはその「神言」を書く時に、何故か、変わった漢字を当てはめたのだ。
それは、書いて読み直した後に首を捻るほどであった。
何も考えずに書いたのだけど、「くらえ」という言葉を聞いて、「闇え」と書いたのは生まれて初めてだと思う。
普通なら、「食らえ」、「喰らえ」と書くだろう。
「闇」って漢字そのものは好きなのですよ。
人間界にいた時の最愛キャラの職業? にも付いている言葉だったし。
いや、「くらえ」も好きなキャラクターがよく口にする言葉だったけど。
それでも「闇い」で「くらい」って普通、書かないし、読まないよね?
これって、ファンタジー小説によくある当て字みたいなものなのかな?
普通は読めないのに、無理矢理読ませる時があるよね?
そう考えてしまうと、なんとなく、自分がイタい人間になってしまった気がするのは何故だろうか?
それ以外には、「撚りて」「捩じりて」「糾い」……。
そんな漢字、いつもなら、パッと出てこないよ?
何より、本当にこれで、「撚りて」「捩じりて」「糾い」と読むのだろうか?
そして、怖いのは自信満々で書いておいて、雄也さんから困った顔をしながら、「これ、なんて読むの? 」と聞かれた時だ。
それって、かなり恥ずかしいよね?
日本語は好きだし、漢字も少しぐらいなら読めるとは思うけれど、人間界にいたのは中学三年生までだった。
つまり、義務教育の範囲内しか書けないのだ。
読むのは、まあ、漫画や小説でよく使われる漢字なら読めなくはないと思っている。
具体的には、「天叢雲剣」とか、「八尺瓊勾玉」とか、「八咫鏡」とかね。
日本の「三種の神器」はいろいろな意味で心ときめく要素がある。
個人的には「草薙剣」という方も好きだったけれど、それだとなんとなく、「草薙楓夜」と「三剣恭哉」という二人の名前を思い出しちゃうんだよね。
……って、もしかして、二人はそれから名前を取った?
いやいや、二人は一緒にこの世界に来たわけではないと言っていた。
今度、聞いてみよう。
でも、そんなどこかで見たことがあるような漢字ではなくて、自分でも首を捻ってしまうような特殊な漢字を書いたのだ。
これって、どういうことだろう?
しかも、シルヴァーレン大陸言語とか、この世界ではない文字で書いて、そんな現象が起きるって不思議じゃない?
それだけ「神言」の力が凄いってことだろうか?
でも、以前、リュレイアさまから「神言」を受けた時にはそんな現象は起きなかった。
その後の、お弟子さんであるクロネスさまの言葉でも。
この違いは何?
単純に、わたしがこの文字を当てたくなっただけ?
それとも、それだけモレナさまの「神言」が凄いってこと?
そのどちらもありえる気がする。
これを含めて、二人に伝えた方が良い気がした。
それに、クロネスさまから「神言」を伝えられた時は、九十九も近くにいたから、わたしにはない視点から話も聞けるだろう。
彼のことだから、あの時のこともちゃんと記録して残しているはずだからね。
わたしは机に散らばった目の前の紙を束ねて、軽く揃える。
さて、これを使って、彼らに話をするべきなのだが、上手く話せる自信はなかった。
あまりにも、自分にとって衝撃的すぎる内容も少なくはなかったから。
でも、水尾先輩や真央先輩はともかく、彼らはわたしの護衛として伝えておかなければいけないことだというのも分かる。
特に「聖女」としては、経験談を交えていたために、分かりやすくて……、うん、知らなければ良かったとも思うし、知って正解だったとも思う。
それでも、今回聞いた話は、恭哉兄ちゃんにはかなり申し訳ないとも思った。
知らない所で、そんな話をされたくもなかっただろうし。
そして、恭哉兄ちゃん自身は知っているのだろうか?
自分の生まれた経緯はともかく、養父だと思っていた人が実は本当のお父さんだったとか、「盲いた占術師」と呼ばれるような人が実のお母さんだったとか、その辺のことを。
知っている気がするね。
その上で、わたしにそれとなく、話してくれた気もする。
いつか、わたしが、「盲いた占術師」と呼ばれる女性に出会った時のために。
あの「盲いた占術師」と呼ばれた人は、聖堂が認定した「暗闇の聖女」でもあるのだ。
そして、わたしは同じく聖堂が公認している「聖女の卵」である。
つまりは、同類項。
勿論、持っている「神力」は比べるべくもないのだけど、それでも、どこか似たような存在なのは確かだろう。
わたし自身は、あんなに凄い人と似ているとは思えないけどね。
そして、あの「盲いた占術師」と呼ばれる人は、いつ、どこで、どんな形で出会うか分からない。
恭哉兄ちゃん自身だって、そんな感じのことを言っていた。
探しても会うことはできない……、と。
それでも、「聖女の卵」であるわたしといつかは接触する可能性があった。
だけど、「盲いた占術師」と自分、そして、当時の大神官との本当の関係なんて、簡単に言える話でもない。
誰がどう聞いたって、世界を揺るがすほどの大醜聞だ。
それに、わたしの口が軽いことも考えられるし、そうでなくても言葉巧みに誘導されたワカ相手につい、ポロっと話すことも予想された。
だから、それとなく、自分の昔話を装って、少しだけ話してくれたのかもしれない。
その本人の人柄も含めて。
全てを伝えず、でも、いざという時の衝撃を少しでも和らげようとする辺り、雄也さんに似たようなものを感じる。
まあ、その気遣いの結果、衝撃は軟着陸ではなく、胴体着陸のような激しい硬着陸だった気がしなくもないけれど。
個人的には、その情報がなくて、全くそれらのことに気付かなければ、もっと他人事でいられたなというのが正直なところである。
尤も、わたしが気付かなければ、モレナさまはもっと直接的な言葉を使ってきそうな予感はある。
その方が彼女にとっては、「面白い」から。
わたしが我慢しきれず、何度も「ほげえええっ!? 」と叫ぶさまを見て、満足げに微笑まれたことだろう。
精霊族の血が流れていると聞いていたけど、その性質的には、暇を持て余して人類を覗き見て娯楽とする神さまみたいな人だよね。
わたしは、そんな結構、失礼なことを思いつつ、通信珠を手にするのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




