【第93章― 未来はいつだって目の前にある ―】伝えないと伝わらない
この話から93章です。
よろしくお願いいたします。
顔の良い殿方から手を差し出された上、彼らを両側に侍らせての移動。
それは、普通なら心ときめく行動なのだと思う。
だが、思い出して欲しい。
わたしは日本人の一般的な女性としてはかなり背が低く、雄也さんは男性としては平均的、九十九がそれより少しだけ高いぐらいである。
そんな三人組が手を繋いだように見える状態。
つまり……。
「捉えられた火星人の図」
わたしが何気なくそう呟くと、両側から噴き出された。
意外にも、九十九より、雄也さんの方が、口から吐き出された息の勢いが激しい。
そして、二人して、そのまま顔を逸らしたが、わたしに触れている手が震えている辺り、我慢はできていない。
「お前、いきなり何を言いだすんだよ? そして、もう少し他に表現はなかったのか?」
九十九が、自分の口元に右手をやりながらも、雄也さんより先に復活した。
だが、少しだけ目元に涙が滲んで見える。
そこまで笑うようなことだっただろうか?
「いや、なんとなく、真ん中に小柄な人間。そして、両側に背の高い男性二人に、繋がれた手。これで両腕を万歳させられていたら、あの写真に似てない?」
わたしが小学生の頃愛読していた学年雑誌には、夏になると、オカルトな話が載っている小冊子が付録として付いてきた覚えがある。
その中にあった、一枚の宇宙人の写真というやつを思い出しただけだ。
あの手の不思議な話は、その信憑性はともかく、当時のわたしは好きなジャンルだったのでよく覚えている。
そして、彼らにも伝わったと言うことは、あの写真を知っているってことだよね?
「残念ながら、オレたちが今、同行しているのは火星人ではなく、地球人の血を引く主人だな」
「おおう」
言われてみれば、彼らはこの世界の……、アクアと呼ばれる惑星に住む人間である。
そして、わたしにはその惑星の住民の血も流れているが、半分は地球という別の惑星の人間でもあるのだ。
でも、この惑星の人間たちは、地球の中に溶け込んで生活できるだけあって、日頃はそこまで「異星人」というものを意識していない。
それは、会話ができているという点が大きいだろう。
勿論、文化は違うし、建物や周囲の人たちの容姿なんかは完全に「異世界」だ。
しかも、この世界には「魔法」や「法力」、「神力」と呼ばれる不思議な能力もある。
そんな世界で、わたしが戸惑いながらもなんとか三年間も生活を続けることができたのは、この両側にいる彼らの存在が大きいだろう。
だが、今のこの状況。
囚われの火星人……、違った、連行される主人の図。
本来なら、冴えない主人を介助してくれる素敵な護衛たちの図に見えるはずなのだ。
だが、わたしにはどうしてもそう思えなかった。
先ほどから妙な緊張感が両側にあるのだ。
それも、わたしのような鈍い人間でもはっきりと分かってしまうほどのものである。
それに気付いてしまえば、浮かれた気分になれるはずもない。
そして、その理由に関しては心当たりもある。
―――― 盲いた占術師
それが、わたしと少し前まで会話していた人の通称である。
尤も、当人は「占術師」ではないと言っていたので、この呼び名は正しくもないのだろうけど、この世界ではその名があまりにも売れていた。
特に、王族と呼ばれる方々ほど警戒するような存在らしい。
過去、現在、未来。
その全てを見通すことができる歴史上最大の占術師と謳われた人。
そんな有名な人と、主人が一対一での語り合い。
それを気にするなというのが無理だろう。
この世界に来て、初対面と言える相手と、まともな仲介や紹介もなしに、二人きりで話すことはほぼなかったと思う。
必ず、護衛である九十九か雄也さんが傍にいてくれたのだ。
だが、今回に限ってそれができなかった。
決して、会話中に危険な目に遭ったわけではない。
でも、あれらの話を聞いている間に、何度もあったわたしの衝撃は、彼らにも伝わっていたと思う。
わたしに対して過保護な彼らの心境は如何ばかりだっただろうか?
実際、あの方との対話は衝撃の連続だった。
自分のことだけでなく、遠い昔に起こった出来事や、知人たちの身に起きたことなど、正直、ここまで聞いても良いのだろうか? と何度も思ったものだ。
だが、無意味なことをする人だとも思えなかった。
確かに、どこかわたしの反応を楽しんでいるような言葉も何度かあったけれど、それ以上に、警告や忠告染みた話だったと思っている。
だけど、その全てを理解できたかと言えば、正直、さっぱりだった。
いや、全く理解できなかったわけではない。
でも、多分、一番、大事な部分。
あの方が、わたしに伝えたかった本質的な部分を受け止め切っていないのだろうなとは思っている。
具体的に、どこ? どれ? というのは分からない。
だからこそ、少しでも、覚えて帰らなければならないだろう。
耳で聞いた言葉。
頭の中に留めた言葉。
それらを書き出して、何度も読み込んで、噛み砕こう。
耳だけの情報よりも、目からの情報も大事だ。
学校の勉強だってそうだったよね?
授業とかも、先生の話を聞くだけで覚えていられるほどわたしの頭は良くなかった。
ノートに書き留めて、何度も目で読んで、さらに口にして、それでようやく少しだけ記憶できたのだ。
そうなると、彼らに話すのはちょっと遅くなっちゃうかな?
でも、それは仕方ない。
少し間違えれば、いろいろと零れだしそうな状態でもあるのだ。
口からではなく、頭から。
しかも、自分に対して言われた言葉よりも、他人の裏事情について述べられたことの方が頭に残っている状態なのだ。
あの時の言葉をできる限り、忘れないように、忘れないように。
わたしは今、それだけを願って、足を進めていた。
何か言いたそうにしている彼らも、そんなわたしの考えに気付いているのだろう。
だから、気になっているのに、すぐに確認しようとはしないのだと思う。
忘れないように、ここで、紙と筆記具をお願いしたかったけれど、それを誰が見ているかも分からないし、九十九と雄也さんに伝えたい情報はそれぞれ違うのだ。
だから、彼らの目の前で書くこともできないのだ。
そして、彼らには悪いけれど、わたしはどちらにもあの会話の全てを伝える気はない。
彼らに伝えるのは、わたしが判断に困ったようなことだけ。
そうでなければ、あの方が、彼らを外させた意味もないだろう。
ある程度は自分で考えて判断しろということなのだと思う。
「栞ちゃん」
「はい!!」
不意に呼びかけられて、わたしは無駄に良い返事をしてしまった。
しかも、背筋、伸びちゃったし。
自分自身も緊張していることを、わざわざ護衛たちに伝えてどうするんだ?
いや、わたしが彼らの状態に気付いているのだから、彼らだって気付いてはいるのだろうけど!!
「あの方とのお話。俺たちに話したくなければ、何も言わなくて大丈夫だからね?」
雄也さんからそんなお優しい言葉があった。
話さなければ、話さないで良い、と。
だけど、それに甘える気はない。
「いえ、大丈夫です。でも、雄也と九十九にお話する前に、ちょっとだけ先にその内容を整理しておきたいので、部屋に戻ったら紙と筆記具をください」
全ては話せない。
でも、わたしは全てを隠す気もないのだ。
寧ろ、彼らにこそ相談したいことだってあった。
「承知した」
雄也さんが微笑んで了承してくれた。
そして同時に、左手と右手にあった緊張が解れた気配がする。
もしかして、わたしが、話す気がないと思われていた?
違うな。
わたしがずっと変な顔をしていたから、二人も緊張していたのかもしれない。
伝えないと本当に伝わらないね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




