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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 暗闇の導き編 ~

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名を残すことが許されなかった

 気が付けば、わたしは一人でベンチに座っていた。

 まるで、長い夢でも見ていたかのような気分だ。


 (ナス)はすっかり傾き、もうすぐ夜の(とばり)が下りようかという頃だった。

 わたしは、そのまま、ぼんやりと考える。


 ―――― あれは、どこまで現実だったのだろう?


 一言で言えば、「現実味のない時間」。


 多くのことを告げられ、知らなかったことまで聞かされ、そして、わたしのこの先を示唆された時間でもあった。


 実は、ここに来て、日が暮れるまでの間、白昼夢でもみていたのではないだろうか?


 そんな考えも少しだけ頭にちらつきはしたが、それでも、あれが夢ではないことは、わたしのすぐ傍にある幾分、軽くなった籠が教えてくれている。


 ここで、「女子会」という名のお茶会をした跡だ。


 まあ、お茶会といえるほど豪華ではなかったが、それでも、出したお菓子は間違いなくこの世界でも有数の品だと思う。


 実際、わたしの護衛の作ったお菓子(一口パイ)はお口にあったようで、綺麗さっぱりなくなっていた。


 でも、それを見て、ちょっと疑問。


 ここは野外でテーブルもない場所だったので、全部は出せなかったはずだけど、籠に残していた分まで空っぽになっていたのだ。


 記憶違いかな?


 籠の中を確認した後も、すぐに動くことができなくて、なんとなく、ベンチに座ったままでいた。


 周囲に人気はない。

 だから、慌てる必要もないだろう。


 少しでも、頭の中を整理しておきたいので丁度良かった。


 わたしがここで出会った女性。

 彼女は、わたしに「モレナ=バーダン=テシュタイン」と名乗った。


 わたしは、何度か彼女の偉業、というか、数々の出現記録を見たことがあるけれど、その名を見たのは一度だけ。


 つい最近、購入したばかりの一冊の本だった。

 しかも、それは彼女自身が書いた本であって、彼女について書かれたものではない。


 つまりは、その本の作者として名を刻んだだけであって、それ以外の意味はないのだ。


 よく考えてみれば、それはかなりおかしな話なのである。

 彼女自身は、この世界でもわたしが知る機会があるぐらいには、有名な人なのに。


 尤もその偉大なる名がどこにも記されていないのは、彼女自身が名乗らなかったのかもしれない。


 記録者の記録漏れかもしれない。


 自分が見た記録に載っていなかっただけだったのかもしれない。


 あるいは、本人から記録するなと言われていたのかもしれない。


 いろいろ考えられるけれど、それでも、ここまで記録が少なければ、かの「聖女」さまのように、名を残すことが許されなかった可能性はある。


 ―――― 次があるかは分からないけれど、とりあえず、よろしく


 最初の名乗りの直後、彼女自身がそう言った。


 つまり、もうわたしと会う気はないのだと思う。


 最初で最後。

 でも、わたしに与えた衝撃は間違いなく過去最大級のものばかりだった。


 どれだけ、いろいろなことを話したのだろう?


 とりとめのないような会話から、過去や未来の話まで本当に多岐に亘り過ぎて、よく分からない。


 だけど、今も世界で恐れられている理由はよく分かった気がする。


 本当に怖い人だった。

 自分の全てを見透かされているような言葉の数々に、戦慄しない人間など稀だろう。


 過去、現在、未来。

 その全てを見通すことができる歴史上最大の占術師と謳われた人。


 だけど、わたしはどうやって、あの方と別れたのだろうか?

 どうしても、別れの挨拶を交わした瞬間を思い出せなかった。


 最後の「神言」と思われる言葉を聞いた後からの記憶が全く残っていないのだ。


 ―――― 運命の女神は勇者に味方する


 それが、自分の記憶にある最後の言葉だった。

 それ以後、どうなったのだろうか?


 だが、占術師たちはいつでも、この言葉を口にする気がしている。

 九十九から聞いた言葉はそれから始まっていたらしい。


 わたしが初めてその言葉を意識したのは、人間界だった。


 今でも、それは誰が口にした言葉かははっきりと分かっていない。


 状況的にはソウが口にしたと思っているけど、それを本当に言ったのかは本人もよく覚えていなかったから。


 よくよく考えれば、ソウも下神官まで上がっていたと聞いている。


 つまりは法力を持っている人だ。

 もしかしたら、神力所持者だったのかもしれない。


 ソウはミラージュで、ライトに近しい立場にいたっぽいから、その可能性はあるだろう。


 尤も、それを確認する方法なんて、もうないのだけど。


 でも、神力や法力を持っていないはずの雄也さんもわたしの手を繋いだだけで、一時的に神力を持っていなければ視えないはずの「創造神の彫像」を視ることができたらしいし。


 あの頃のわたしにそこまでの神力を持っていたかは分からないけれど、近くにいたソウに影響を与えたか、その逆に影響を受けたかもしれない。


 肩が接するほどには近くにいた記憶があるし、

 そして、「神言(しんげん)」を受けやすくなった?


 いや!

 ソウと一緒にいた時に自分の耳に届いた声は、ライファス大陸言語……、いや、英語だった気がする。


 ――――  Fortune favors the brave.


 あの言葉は自動変換されていない言葉だった。

 つまり、あの世界でいうところの英語で……、ん?


 でも、人間界では自動変換ってされるんだろうか?

 されるよね?


 そうじゃなければ、この世界の魔界人と呼ばれる人たちが行った後で困ったことだろう。


 あれ?

 でも、読み書きは無理だから、勉強することになるとは聞いている。


 そうなると、会話は?

 わたしは英語のヒアリングについては、さっぱりだった。


 読めるし、書けるけど、聞き取りと発音が苦手だったのである。

 それは、勿論、英語が日本語に聞こえなかったということになるわけで……。


 ……一体、どう言うこと?


 ……。

 …………。

 ………………。


 うん、後で、雄也さんに確認しておこう。

 わたしがここで頭を悩ませるよりも、その方が確実で、早い。


 それよりも――――。


「栞!!」


 わたしを呼ぶ声があった。


 この世界に来てから、恐らく、最も聞いている声。


 わたしが顔を上げると、珍しく走って近付いてくる黒髪の青年の姿があった。

 いつものように移動魔法を使わなかったのは、あの方との約束があったからだろうか?


 そして、その後ろにはその兄の姿がある。


 その光景に何故か、ホッとした。


 ここまで完全に離れているのはあまりない。


 今にして思えば、九十九の気配すら感じなかったのだから、もしかしたら、知らない間に結界の中にいたのかもしれない。


 そう言えば、彼女は言っていた。


 ―――― 今のワタシたちの話に邪魔は入らないから


 それは、結界で周囲を遮断していたということだったのかな?

 考えてみれば、周囲にも人はいなかった。


 あれだけ広い場所で、結構、長い時間、話をしていたはずなのに。


「栞、大丈夫だったか!?」


 わたしの前に来るなり、そんな大袈裟なことを言う護衛。


「大丈夫だよ」


 少なくとも、そんなに心配されるような目には遭っていない。


「いろいろ嫌なことを言われてないか?」

「言われてないよ」


 衝撃的なことならいっぱい言われた覚えはあるが、それを「嫌なこと」とは言わないだろう。


「それ以外なら……」

「まずは落ち着け」


 まだ何かを言おうとした九十九の頭から、スパーンっと小気味よい音が周囲に響く。


 雄也さんは、どこから、そんな懐かしさを覚えるような物を出したのだろうか?


「何、すんだよ!?」

「人間界で言う『()(おうぎ)』と呼ばれるモノで、煩いお前の頭を張っただけだが?」

「ただの『ハリセン』を小難しい言い方に変えただけじゃねえか!!」

「だから、往来で喚くな。みっともない」


 雄也さんは、大きく息を吐きながら、人間界でもテレビでしか見たことがないような大きな「張り扇(ハリセン)」を肩に載せた。


 本来なら、ネタとかギャグにしか見えないようなこの行動でも、見目の良い殿方だと絵になるんだね。


 そして、それに九十九が突っかかっているので、どうしても、ド突き漫才を見ているようにしか見えなかった。


 だけど、こんな二人の姿も随分、久しぶりに思える。

 それが、嬉しくてつい、笑ってしまった。


「気遣いの足りない弟でごめんね、栞ちゃん」


 そう言いながら、雄也さんはわたしに手を差し伸べる。


 それを見て、同じように九十九も手を出した。

 但し、こっちは無言。


 両側から差しだされた二本の手。


 これは、介助の行動ってことだろう。

 紳士的な護衛たちだ。


 そう思いながら、わたしは二人の手を握ってゆっくりと立ち上がらせてもらう。

 ずっと座っていたせいか、身体が少し重く感じた。


 だから、つい、「どっこいしょ」と力強く口にしたら、九十九は分かりやすく、雄也さんはわたしから顔を逸らして肩を震わせ、笑われてしまったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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